第三楽章 心が落ち着く音
ピアノを
卵焼き、
料理する母の姿を見ては、
「僕も、やってみたい」
と背伸びする。幼い息子に与えられたのは、真空パックの
「ラルムちゃん、お手伝い、ありがとう」
母はセラミックのキッチン
「持っていてあげる」
食材と一緒に長い毛先を切ってしまわないように、ラルムは母の三つ編みを
パンケーキは毎日の主食だった。朝食にも、おやつにも、最適な一品。
学校から帰ると、甘い匂いと甘い音に迎えられていた、あのころ。
少年が、幸せだったころ。
壁伝いに聴こえるドビュッシーを聴きながら、
ひとりでパンケーキを食べるのは淋しくなかった。
母と、ふたりきりの生活だったが淋しくなかった。
*:..。o♬*゚・*:..。o♬*゚・*:..。o♬*
今は、どうだろう。兄弟ができたのに、父と名乗る人もいるのに、
淋しいと言うより怖い。
怖い気持ちを落ち着かせる術も無い。
音楽室でピアノを借りて弾いていると、決まって邪魔が入る。
級友を引き連れた弟に、
「女みたいな奴」
と
心が落ち着く音を、探してやまない。
「お加減、
ラルムは、
仰向けのまま、天井の高い室内に視線を泳がせている。
パフュームキャンドルが連なる部屋は、幻想的な暖色に染まっていた。
起き上がって見渡すと、幻想的な
彼女は、目も冴えるような黄金と
何よりも際立って美しいのは、視線を合わせる者を吸い込むような、暗闇の
「彼女が、たからちゃんと称されるのが分かるよ。たからものみたいな美しさだ」
たからに
「あなたの、こどもさんなの?」
「いいえ。違います」
「じゃあ、妹さん?」
「いいえ」
たからの肩を抱き、貴婦人は真顔で述べる。
「こちらはオートマティックメロディードール・たから。
私の、たからもの。少女の形をした自動ピアノ弾き人形です」
ラルムは、半信半疑で、たからを見詰める。
「あなたの、たからもの?」
プラスティック質の少女の肌は、一生、衰えを知らぬまま、白く滑らかなのかもしれない。瞬かない瞳は、海の底に眠る宝石のように穏やかに輝く。貴婦人の言うことに、嘘はないのであろう。
「御人形さんだったのか。羨ましいな。
この世のものではないのなら、哀しみを感じることもないよね。
生涯、壊れない甘い夢だけ、見ていられるのだから」
錯乱する人間関係の糸に絡まることも、性急な時間に追われることも無い。
来る日も来る日も、閉ざされた森の屋敷で夢の音だけ
上等のドレスに彩られて。
「自動演奏は
屋根は
「たからちゃんの音を、聴かせて」
ラルムの答えに、たからの
第四楽章『心が飛び行く先に』に、つづく
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