第407話 氷野さんと公平

「それでは、皆さん楽しく芋を掘って、寒さに打ち勝ちましょう! 掘ったお芋は、すぐに焼き芋と豚汁にしますからね!」


 冬場に食べる焼き芋は最強のほこ

 サツマイモの入った豚汁は最強の盾。

 俺は里芋よりもサツマイモ派! だって甘いんだもん!!


 そして不意に訪れる疑問。



 俺、この地域のイベントに無断で参加していいのかしら?



 心菜ちゃんの許可は取り付けた。

 世界の真理的には、もはやそれで全ての話が終わる。

 だが、自治会費も払っていない俺が地域イベントに参加するのはまずいのでは。


「あら、そこのお兄さん」


 終わった。

 ピンクのウインドブレーカーを着たマダムに声を掛けられた。

 多分、この人はジャッジメント。

 この後すぐに腕章を付けて「ジャッジメントですの!」って言うんだ。


「夏休みにラジオ体操のお手伝いしてくれていた子でしょう? あらぁ、久しぶりねぇ!」


 あれ? 終わってない?


「ちょっとー。あっくんのお母さんとよしくんのお母さん! ほら、このお兄さん! ねぇ! 夏休みの時にお世話になった子!!」

「まあまあ、本当だわ! 厚着してても細い体! 間違いないわね!」

「やだ、ラジオ体操のお礼しようって話してたら、最後の日だけ急に来なくなっちゃうんだから! 細い体に似合わず、伊達男だねぇ!」


 どうやら俺、夏休みにこのマンションのラジオ体操で氷野さんの手伝いをしていた事により、存在を認めてもらえていた様子。

 追い出されるどころか、ありがたがられている。


 あと、あっくん? お母様? 息子さん、東小に通っておられます?


「今日はどうしたの?」

「心菜が呼んだのです! 兄さまは心菜の仲良しなのです!!」


 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!


「そうかい、心菜ちゃんの仲良しさんかい! と言うことは、丸子ちゃんのいい人なのかねぇ? あらやだ、おばさん、ついつい立ち入っちゃったよ!」

「やだぁー! もう、ひろくんのお母さん! 今日は楽しんで行ってね! 細いお兄さん!」

「そうよぉ! しっかり食べないと、死んじゃうわよ! 若いんだから、今日くらいはたくさん食べなさい!!」


 なんか知らんが、俺はこの自治会に公認を貰っているようだった。

 あと、貧困にあえいでいる認定もされているらしかった。


 おば様方。細いのは自前です。一応、食うものは食っております。


「……はあ。あんたの参加費は、私が出しといたのよ」

 ため息と一緒に、氷野さんがポツリ。


「マジでか! そいつぁ申し訳ねぇことを! いくらだった? 払うよ!」



「500万」

「遠洋漁業に出て来るから、半年待ってもらえる?」



「……いいわよ、500円くらい。私が出しといてあげるわ」

「いや、そういう訳にゃいかんよ! 勝手に来ておいて無銭飲食じゃあ、いくらなんでも厚かまし過ぎる!!」


「ホント。あんたってさ」


「おっ! 心菜ちゃん! ここにでっけぇ芋が!! ほら、来てごらん! 俺の腕より太いよ!! こいつぁ大物だ!! 早く早く!!」

「はわわ! 兄さま、一緒に掘るのです!」

「よし来た! ……おう、氷野さん、何か言いかけた?」

「……別に。ほら、しっかり掘りなさいよ。心菜の半分も進んでないわよ」


 そして俺は芋掘りを楽しんだ。

 心菜ちゃんと芋掘りが出来るこの世界の事を、人は桃源郷と呼ぶ。


 幸せな夢を見せられているだけ?

 さては映画館で鬼滅の刃見て来たな? ヘイ、ゴッド。

 ここには下弦の壱の鬼はいません。パンフレットを置いて来なさい。


「兄さまー! 心菜、豚汁を作る係に選ばれたのですー!!」

「マジか! すごいなぁ! 責任重大じゃないか! さすが心菜ちゃんだなぁ!!」

「はわわ! 恥ずかしいのですー! えとえと、兄さまは姉さまと一緒に、待っていて欲しいのです!!」


 心菜ちゃんが俺の目をじっと見る。

 心菜ちゃんの希望は全て叶えるべく、天使についての勉学にいそしむ俺であるが、今日はその知識を動員せずとも彼女の願いは伝わった。


 俺は、「姉さまの事は任せておくれ」と言う代わりに、短く返事をした。


「おう! 一緒に待ってるよ!」


 心菜ちゃんはパアッと顔をほころばせて、トテトテと駆けて行った。

 慌てて転ばなければ良いが。



「よし、氷野さん! 学園の風紀について語り合おうか! いい機会だ!!」

「……あんた、つくづくバカね」



 俺の『氷野さんとの距離を仕事の話からジワジワと詰めて行こう大作戦』が、発動の号令と共にとん挫した瞬間であった。


「よ、よよ、よし! じゃあ、昨日の香港市場の終値について話そう!」

「あんたは知ってんの?」


「……ごめんなさい。知りません」


 『なんかインテリな話で氷野さんの興味を引こう大作戦』が、発案と同時に爆発四散した瞬間であり、俺の万策が尽きた瞬間でもあった。

 なんたる人間の底の浅さか。


「……あんたさ。この間の、暴行未遂。あれ、どういうつもりでやったのよ?」


 そして氷野さんの方から話の核心をついて来た。

 ちょっとお待ちになっておくんなまし。

 まだこちら、準備が出来ておりません。


 俺のシミュレーションでは、その話に移行する前に場の空気がホットになっている予定だったのです。


「うん。そりゃあ、男として当然の行動をだね」

「そういうの良いから」

「はい……」


 だから言ったじゃないか。

 場の空気をホットにしてからじゃないと無理だって。

 今の状況?


 キンキンに冷えてやがるよ! 犯罪的なまでに冷え切ってるよ!!


「私、あんたに助けてもらわないといけない程、弱い女だって思われたのかしら?」

「いや、そんな事は」

「男が嫌いなの、知ってるでしょ? 私があんな事で傷つくと思ったの?」

「……おう。少し」


「むしろ、あんたなんかにそんな風に思われてた事がショックだわ」

「そりゃあ、なんつーか、申し訳ない」

「……だから、もう2度とあんな真似しないで」


「いや、それは無理だよ」

「はあ?」


 いつの間にか帰って来ていた、俺の信条。

 嘘は言わない。特に大事な事ほど嘘で誤魔化してはいけない。



「俺は、氷野さんが同じ目に遭っていたら、何回だって、何十回だって、同じ行動を取るよ。たとえ氷野さんに嫌われても。たとえ何の役にも立てなくとも」



「……なんでよ? 別に私はあんたにとってただの知り合いでしょ? そこまでする義理とかないでしょ!?」



「氷野さんにとってはそうかも知れんが、俺にとっちゃ! 氷野さんは、誰も代わりなんてできねぇ!! 世界で一人の、大切な人だよ!!」



「………………」

「………………」



「あんたさ、もしかして私に告白してる?」

 ひ、ひぃ……。


 ひぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 お、俺ってば、勢いに任せてなんてことを口走ってるのかしら!?

 確かに、どう聞いても愛の告白じゃないか!


 あたい、死にたい!!


「いや、違う! 氷野さんは好きだけども! 違う! いや、そうだけども!! 違うんだ! いや、違わない!! なにこれ、永遠に答えが出ない!?」


「……ぷっ。……ふふっ」

「お、おう?」


「あはははははっ! あんた、ホントにどうしようもない男ね!」

「……返す言葉もございません」

「あーあ! なんか、へこんでた私もバカみたい! 仕方がないから、今回の件は水に流してあげるわ! 感謝しなさいよ!」



「——公平!!」



「あれ? そう言えば氷野さん、この間の時から、俺の事、名前だけで呼んでる?」

「ゔぁあぁぁっ! ち、ちがっ! 違うわよ、バカなんじゃないの!? このバカ!!」


 あ、氷野さんが、いつもの氷野さんみたいな顔になった。

 さっきまでの物憂げな表情も美しくてステキだったけども、やっぱりいつもの顔が俺は好きだなぁ。


「こ、これは、別に、アレよ! そう、こっちの方が、文字数が少ないから!!」

「でも、他の人の事はフルネームで呼んでるよね? 相変わらず」

「だ、黙れ!! なによ、嫌なら言いなさいよ!」


「とんでもない! なんか距離が縮まった感じがして、嬉しいよ!!」


「……………っ!! ほんっとーに、バカじゃないの!? この程度で女子との距離が縮まる訳ないでしょ!? このバカ! 公平バカ!! バカ平!!」

「氷野さんの語彙が!! そして原形が! 俺の名前の原形が!!」



「姉さまー! 兄さまー! 豚汁が出来たのですー!!」



「ほら、心菜が呼んでる!」

「おう。こりゃあいけねぇ!」

「とっとと行くわよ、公平!!」

「よし来た、丸子さん! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」


「気安く呼ぶな! このバカ!!」


 氷野さんが久しぶりに繰り出すローキックは、冷えていた俺の尻を温めた。

 振舞われた豚汁は体を温め、デザートの焼き芋は実に甘かった。



 そして、翌日。

 いつもの氷野さんが戻って来ていた。


「ちょっと、公平! あんた、インフルエンザ予防の挨拶当番サボったでしょ!?」

「え、いや、それはナニがアレして」

「堀さんから聞いたんだからね!? 今日は私が見張るから! 行くわよ、公平!!」

 しまった、ゴリさんの方に口止めするのを忘れていた。



 ところで。

 氷野さんと距離が近くなったと思うのは、やはり俺の感性が未熟だからだろうか。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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