第405話 公平と好きな人

「それで、どうされるのですか。桐島先輩」

「どうもこうも、5時に待ってるって書かれちゃ、行かねぇ訳にゃいかんだろ」


 思い起こされるのは、先日の氷野さんを罠にはめた嘘告白。

 もしかしたら、俺もターゲットにされたのかもしれない。

 だからと言って、行かない理由にはならない。


 嘘なら行けば済むし、本当であっても行けば済むからである。


「か、花梨、ちゃん! し、しっかり! き、気を、確かに、ね!!」

「ファー。ファー」


「街中は早くもクリスマスのイルミネーションに飾られはじめました。初氷が張っているのをみて冬が到来したのを実感しています」



 これを放置して行って良いのか。

 それが問題である。



 花梨は壊れたファービーみたいになっているし、毬萌は時候の挨拶を手紙12通分くらい喋っている。


 大惨事じゃねぇか。


 こういう時に頼りになるのは氷野さんなのだが、彼女はさっきも話に出したけども、嘘告白の一件以降元気がない。

 そんな彼女を呼びつけるのはかなりはばかられた。


 仕方がない。

 恩返しの催促みたいで何だか申し訳ないが、彼女を呼ぶか。


 5分後に堀さんが来た。酸素ボンベと救急箱を持参。

 さすがゴリさん。「いいからテーピングだ!!」って言うのかしら。


「桐島くん、ここは任せて! 私、二人の命を留めて見せる!!」



 そんなに重症なの!?



「桐島先輩、そろそろお時間が」

「お、おう。そんじゃ、行ってくるけど、マジで大丈夫?」

「はい。真奈さんもいますし、ここは僕たちが。そんなことよりも、先輩に不作法をさせてしまう方がよほど気がかりです」

「そうか。んじゃ、ちょいと行ってくらぁ」


「勅使河原さん、いいからテーピングよ!!」


 あ、やっぱり言うんだ。ゴリさん。



 指定された場所は中庭。

 吹きさらしになっているため、冬場の放課後になろうものならば人気ひとけのない事は保証済みのスポットである。


 約束の時間は5時。

 10分も前に来てしまった。


 初めてのラブレターに浮かれちゃって、このシャカリキボーイ! とか思いながら額をコツンとやっていたらば、既に彼女が待っていた。


 後日堀さんに殴ってもらおう。

 それでどうか、お勘定にさせて頂けませんか。

 何はともあれ、急ぎ彼女の元へ。



「す、すまん! まさか待たせちまうとは!! うおっ、部活抜けて来たのか!? ユニフォーム、見てるだけで寒そうだなぁ。マジで申し訳ない!!」


 俺、到着早々、セクハララインを軽々突破。

 先輩が後輩のテニス部のユニフォームを見て、さらにあらわになった脚を見て、感想を述べる。

 これはセクハラですか。


 ゴッドの声が聞こえる。

 はい。セクハラですね。


「ああ、いや、すまん! つい目が! いや、脚が綺麗で長いから! ……おう。ごめんな、小深田こぶかたさん!! 気持ち悪ぃことばっか口走っちまって!!」

「ふふっ。いえ、私、先輩と前からずっとお話してみたいなぁって思ってたので、嬉しいです。脚、お好きなんですか?」


「お、お好きじゃ、ないよ?」


 ちくしょう! お好きだよ!!

 ああ、今のは嘘だよ!! ちくしょう!! 男ってやつぁ、ちくしょう!!


「あー。えーと、そのだな。手紙の件なんだが」

「ご、ごめんなさい」


 あれ? 罰ゲームで言わされましたパターン、来る?


「お返事を聞く前に、少しで良いので、お話したらダメですか? ダメですよね。ごめんなさい、先輩、生徒会で忙しいのに」

「いや? 全然構わんぞ? 今、生徒会死んでるから」

「え?」

「おう。何でもねぇ。ここで良いのか? 寒ぃだろ?」

「あ、全然平気です」


 とは言え、テニスのユニフォームって初めて間近で見たけど、ナニコレ、冬場って地獄のように寒いんじゃないの?

 と、凝視していたところ、小深田さんが説明してくれる。


「今日、次の大会のレギュラーに選ばれたんです。嬉しくって、ついユニフォームを着て練習してしまいました。すみません、抜けてますよね、私って」

「いやいや。気持ちは分かるぜ? レギュラーおめでとう! 頑張ったなぁ!! ……ただ、ちょいと刺激が強めなので、俺の汚ぇ上着で恐縮だけども、よっと!」


 小深田さんの太ももに、俺の制服の上着をファサっとエレガントに広げた。

 まあ、ひざ掛けにしては頼りないが、無いよりはましだろう。


「あの、先輩? 私、結構汗かいてますよ? 制服が汚れてしまいます」

「おう。平気、平気! 美少女の汗とか、男子にとってはご褒美みてぇなもんよ!」


 再びセクハララインを突破。

 いつもセクハララインが地下に埋没まいぼつしている生徒会シスターズを相手にしているばっかりに、俺の中でのエチケットが行方不明。

 もとから存在感が薄かったから、いつ旅立ったのかすら分からない。


「小深田さん、なんか飲む? 温かいヤツが良いか。それとも、運動して来たならスポーツドリンクか」

「いえ! 結構です。そんな、お呼び立てしたのに、ご馳走になるなんて」

「遠慮しなさんな! うちの会計は優秀だから、これは経費で落ちるんだ!」

「ふふふっ! なんですか、それ。じゃあ、ポカリお願いします」

「あいよ。俺ぁ紅茶花伝にしちゃう。よっと、はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


 小深田さんが柔らかく笑った。

 ややクール系の美少女に不意打ちで笑顔を頂戴すると、ハートの残機が減るよね。

 事実、俺のライフは一旦ゼロになったよ。

 寸前のところでE缶使ったから耐えられた。


「テニス部、どうなの? 今年はユニフォーム新調したんだったよな! あ、つーか新人戦で活躍した選手って、小深田さんの事だろ!」

「は、はい。あの、どうして分かったんですか?」

「いや、一応俺、副会長だし。各部の試合結果とかは、可能な限り全部目を通してんだ。それに小深田さん、名字が珍しいから。こんなに可愛いとは思わんかったが」


「や、ヤメて下さい! そうやってさっきから褒めるの!!」

「うおっ!? どうした!? 俺、気持ち悪かった!?」


「ち、違います! あの、私、緊張すると慌てちゃうので、普段からテンション低めにしているんです。大事な告白の前だと思って、余計にそうしてました!」


 ああ、それで手紙くれた時と会ってからで、少しだけ印象が違った訳か。

 納得、納得。


「なのに、先輩ときたら、綺麗とか可愛いとか、言いたい放題です! ちょっとはこっちの身にもなってください!!」

「これは、なんつーか、申し訳ない」


 そう言えば、かなり前、花梨に同じような事言われたなぁ。


「……あの、桐島先輩。ラブレター読んでくれて、そしてお話に来てくれて、嬉しかったです!」

「おう。おう? いや、あの返事を考えて来たんだけど」


「あ、それは結構です」

「つまり、どういうことなの?」


「だって、先輩、好きな子がいるんでしょう? なのに、優しいから、わざわざ直接断りに来てくれたんですよね」

「あー。んー。参ったな。……そう、だな。小深田さんの言う通り」


「ですよね。だから、思い出作りにお話しできて、すっごく嬉しかったです」

「そうか。あのな、俺の好きなヤツってのはな」


「あ! 待ってください!!」


 俺の言葉を制する小深田さん。

 そして、口を尖らせる。


「それ、まだ好きな子にも言っていないですよね? 好きだよって」

「おう。確かに、言ってねぇなぁ」

「じゃあ、私に言うのはヤメて下さい」

「いや、しかし、それじゃあ君に対してあまりにも失礼じゃないか」


「ふふっ。私、先輩のそういうところ、とっても好きです。だけど、最初の好きは、直接大切な相手に言ってあげて下さい。私がここで聞いちゃうのは反則です」


 なんと、恋愛にはそんなルールが。

 しかし、彼女がそれで良いと言うのなら、これ以上俺が異議を申し立てるのもおかしな話。


 そして彼女は「ありがとうございました!」と頭を下げて去って行った。



 良い子だったなぁ。



「おーい。帰ったぞんびぃぃぃぃぃ」


 最近は佐賀で熱いモンスターの名前を叫んで俺は扉に貼り付けにされた。


「コウちゃん! コウちゃん!! どうだったの!? この浮気者ーっ!!」

「そうです! そうですよ!! 何て答えたんですが、このナンパ先輩!!」


 とりあえず、現実に復帰してくれてありがとう。

 残りの仕事を3人分しなくても済みそうだ。


 俺は、軟体動物のように二人の間をすり抜けて、自分の席に座る。

 それでもなお、目に涙まで浮かべて俺を見る毬萌、そして花梨。


 やれやれ。信用がないなぁ。


「ったく。お前らがそんな調子で、俺がよそに恋人作ると思うか? 心配し過ぎて2時間で破局するわい!!」


「みゃっ!!」

「先輩!!」


「いいから仕事しなさい」



 こうしてラブレター騒動は終わる。

 もうじきクリスマス。


 好きな相手と過ごしたいのが人情である。



 そして、小深田さんには俺なんか消えてなくなるくらい、ステキな恋人を見つけて欲しいと、切に願う。

 そんな冬の放課後。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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