第402話 怒りのパンチと正義と断罪

 その場の全員が呆気に取られて、しばし沈黙。


 俺は全力の本気パンチが普通に空振りして唖然あぜん

 ゴミ野郎その1は、パンチを余裕で避けたのに鼻血を出して唖然。

 ゴミ野郎その2は、相棒が負傷して唖然。

 そして氷野さんは、俺が急に出て来て唖然。


 まさか、この俺のパンチに時間を止める特殊スキルが備わっているとは。


「お、お前ぇぇっ! 何してくれてんだよ!」

「おい、大丈夫か? 山根!」

「大丈夫じゃないよ! 鼻が痛い! 湯田、ティッシュくれ!」

「すまん! ハンカチしかない!」

「じゃあハンカチくれよ!」

「嫌だよ! 汚れるだろ!?」


 ゴミ野郎その1が山根。その2が湯田ね。

 出席番号が近くて仲良くなった口かな?


「あ、あんた! ホントになにしてんのよ!? きりし……っ!!」

「別に氷野さんが気にする事じゃないよ。ほら、急にムラムラする事ってあるじゃん? ちょっと俺ぁ我慢できなくなっちまって」


 氷野さんが俺の名前を言い淀んだのは、身バレを防ぐためだろう。

 俺が何をして、その結果何が起きて、この先何が待っているか。

 聡明な氷野さんには、瞬時に計算ができたのだ。


 とは言え、それも一時、その場しのぎである。

 だって、俺の制服の胸には生徒会役員のバッジが付いているんだもの。


「こいつ! 副会長じゃねぇか!」

「マジで? な、なんでそんなヤツがここに!?」


「おう。俺ぁ生徒会の副会長。桐島公平。ここにゃ、大事な、大切な友達が、くそみてぇな悪意で傷つけられた気がして飛び込んで来た」


 嘘です。

 氷野さんが告白される瞬間を冷かそうと思って、そこの陰でウキウキしてました。


「バカ! あんた! もう良いから! どっか行きなさいよ!!」

「氷野さん、風紀委員長がそんなこと言っちゃいかんよ」

「どこまでバカなのよ!!」


 俺たちの押し問答で、湯田くんが先に気付く。

 そして、鼻を抑えて涙目の山根くんに耳打ち。

 彼らの顔色が一気に良くなった。


 やっとこさ悟ったらしい。

 そうとも、アドバンテージは君たちにある。

 というか、俺にとってはもう負けイベントみたいなものだ。


「お前! 生徒会役員のくせに暴力を振るったな!?」

「そ、そうだ! 停学だ! いや、退学ものだぞ!!」

「ちょっとオレ、先生呼んで来るわ!!」


 湯田くんが回れ右して走り出そうとした瞬間。

 聞き慣れた声が聞こえて来た。



「あーらら。教頭先生、これ見えますか? 老眼で辛いんじゃないですかー?」

「バカにしないで欲しいですねぇ。こんな大きな画面なら、見えますよ」


 学園長と教頭が登場。

 傍らにはスマホを二人に見せている松井さんと、風紀委員たち。


 確かに、俺は忖度そんたくしないで良いと言った。

 言ったけども。

 俺の覚悟は、氷野さんを守るための覚悟は、固く、簡単には砕けない。

 でも、少しだけ。



 わざわざ学園のツートップ連れて来なくてもええんやで!?



 俺の計算では、浅村先生が呼び出されて、厳重注意の後に停学。

 悪かったら、生徒会役員の資格はく奪もあるかしらと思っていた。

 けども、これはちょっと、心がモニョっとするな。


 マジで退学すらあり得るシチュエーションである。


 私立の学園において、学園長の一言は何よりも重い。

 「んじゃ、君、退学ね。お疲れ様」と言われたら、そこでおしまい。

 高校中退のエノキタケの誕生である。


 こんな重たい十字架背負ったら、エノキタケ潰れちゃうよ。


 とは言え、繰り返しになるが、覚悟を持って臨んだ蛮行ばんこうである。

 今さらジタバタしても、デロリアンでもない限り起きた事実は変えられない。


「先生! こいつ、暴力を!! 見て下さいよ、山根の鼻血!!」


「暴力の現場はバッチリ見てるよー。ここにいる松井さんがね、ずーっと動画撮っててくれたんだよねー」

「ハッキリと映るものですねぇ。最近のスマホは凄いですねぇ」

「あっはっは! 教頭先生、未だにガラケーですもんね! ウケるー!」

「……まあ、今は呪わないでおきましょうかねぇ」


「見てもらえましたか!? この、生徒会副会長の暴力!!」


「あらら、教頭先生。そっちは見ました?」

「暴力と言うのはねぇ、脅威として捉えられてはじめて暴力になりますからねぇ。桐島くんのは暴力と言うか、スキンシップじゃないですかねぇ。と言うか、大層な剣幕の割に当たってすらないですからねぇ。……素振りですかねぇ?」


 なにやら、審議中の様子。

 そもそもなんでそんな前から動画が? と首を傾げたら思い出した。

 「面白いから動画に撮っとこう!」って言ったの、俺だ! いっけね!!


「それよりボクはねぇ。人の心を傷つけるような嘘を暴力と呼びたいですねぇ」

「教頭先生!? あらら? それ僕が言うはずだったじゃないですか!?」

「手紙と言うのは、手で作る事のできる最も大きな包帯になることもあれば、最もたちの悪い凶器にもなるからねぇ。……君たちの作った手紙は、どちらかねぇ?」


「えっ、いや、暴力が!」

「そうですよ! オレ、被害者っすよ!!」


「そうだねぇ。今は、暴力の加害者である、君たちに話をしているんだけどねぇ。被害者は、そっちの風紀委員長じゃないかねぇ?」


 なんか、思ってたのとだいぶ展開が違うんだけど。

 そして、教頭がすごくカッコよく見えるんだけど。

 もしかして、悟りの書を持ってダーマ神殿行きました?


「え、いや、オレたちは、悪ふざけで!」

「そうっすよ! 軽いイタズラにマジになったのはあっちで!!」



「イタズラをするのは勝手だけどねぇ。それが軽いか重いかを判断するのは、君たちじゃないよねぇ? 君たちはアレかねぇ? どこかの国の大統領かねぇ?」



「よっ! 教頭のおじき! フゥー! カッコいいー!! 今、動画撮ってますよー!! 今晩行くガールズバーで、この動画見ましょうねー!!」


 学園長、完全に賑やかしモードへ移行。

 そして教頭の快進撃は続く。


「この場で誰かを傷つけた者がいるとすれば、それは心と言う、目には見えないけども大切な器官を傷つけた、君たちじゃないかねぇ!!」


 そして教頭、くるっと回転してカメラに向かって指をビシッとさす。


「教頭先生ー! 撮ってるカメラ、松井さんのじゃなくて、僕のですよー! ぷー! くすくす!! これは盛り上がるぞー!」


「な、なんだよ! い、行こうぜ山根!」

「ああ、そうだな!」


「まだやるべき事が済んでいないよねぇ?」


 逃走を図る山根くんと湯田くん。

 しかし、ここは狭い校舎裏。

 出入口は風紀委員が両手を広げて完全ガード。


 そうなると、隙間を抜けるしかないが、その前に立ちふさがるのは中性脂肪の塊。

 知らなかったのか? ババコンガからは逃げられない。


「手打ちになってないってことはだねぇ。ボクが君たちを処分するってことになるんだよねぇ。言葉の暴力、そして暴行を受けたと虚偽の報告。重たいねぇ?」


 決定打であった。

 「あばば」と慌てた二人は、両膝ついて氷野さんの前で額を地面にごっつんこ。


「すみませんでした!」

「も、もう、こんな事しません! 許してください!!」


「どうだい? 氷野さん? 許してあげるかい?」

 学園長、動画を撮りながらもあくまで優雅に。

 そしてスムーズに、この場の決定権を氷野さんに移譲する。


「……条件があります」


「うん。言ってごらん?」

「はい。このバカ……桐島公平の行動が不問になるなら、私は何もなかった事にして構いません」

「あららー、青春だね! で、そっちの二人はどうだい?」


「や、自分、勝手に転んだだけなんで!」

「副会長のパンチとかでケガする訳ないじゃないっすか! やだなー!!」


 俺のパンチをディスるんじゃないよ。本気パンチだぞ。



 こうして、俺の罪が消えたのだが、それでは勘定が合わない。


「あの、学園長。教頭先生。俺は、害意をもって、二人に殴りかかりました。それは事実ですので、正しく処分して下さい」


「ちょっ! あんた、なんで!?」


「氷野さんの事で頭に血が上った事実を嘘にしたくないんで。そして、俺ぁ彼女が同じ目にった時にゃ、絶対に同じこと繰り返しますんで!!」


「……君は本当にバカだねぇ」

「そんな事言ってぇ! 実はバカが好きなんですよねー、教頭のおじき!!」


「じゃあ、こうしよう。桐島くんには反省分ならぬ、反省ポエムを終業式まで毎日書いて来ること! 教頭先生と行くガールズバーの女の子がポエム好きなんだよ!」

「が、学園長!! ぼ、ボクは、家に誰もいないから、暇潰しに行っているだけで! ヤメてもらえますかねぇ!?」

「でも、モモカちゃん、教頭先生のポエム楽しみにしてましたよ?」


「……桐島くん。しっかりと励んでもらおうかねぇ。仕方がないからねぇ」

 お、おじき……。


「分かりました。その処分、受けます」


「うん。結構。内申書にはポエム上手って書いとくから、心配しなくて良いよー。じゃ、教頭先生、行きましょうか! ガールズバー!!」

「……そんなに誘われると、仕方がないですねぇ」



 権力を持ったおっさん二人が立ち去って、俺は彼女に弁解した。


「なんかすまん、氷野さん。俺が大事おおごとにしちまって」

「……バカ」


「おう。申し訳ねぇ」

「……あのさ、公平」

「おう?」



「……手紙くれたのがさ、あんただったら、良かったかもね」



 そう言って、背筋を伸ばして、胸を張って。

 松井さんたちを回収して去って行く氷野さん。


 俺の親友は、何があっても威風堂々としている。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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