第401話 氷野さんと悪意と本気パンチ
そろそろクリスマスが視界に入り始める冬の日。
最近は、あっちこっちでカップルが誕生している。
どいつもこいつもクリスマスの空気に当てられおってからに。
とは言え、幸せそうな学友を見るのは嫌いじゃないし、楽しそうにしているカップルを見るとなんとなく心が穏やかになる。
これも副会長職が板について来た証拠かしら。
「桐島先輩。すみません、少しお話が」
「おう。一緒にお花でも摘みに行くか」
「ゔぁい!」
生徒会室へ向かう途中で、鬼瓦くんとバッタリ。
そして流れるように仲良くお花摘みへ。
これは男の嗜みの一つであるが、近場のお花畑が故障中のため、視聴覚室の脇まで遠征する事になった。
「マジか! 鬼瓦くん、店のクリスマスケーキのデザインすんの!?」
「はい。父が、人生のをぅ、伴侶を得たからにぃは、お前もぉう、一人前だぁよぅ……と言ってくれまして。1種類だけですが」
鬼瓦くん、自分の父ちゃんのモノマネ、クオリティ高いなぁ。
順調に道を踏み外すことなく歩いて行く我が愛する後輩。
「すげぇじゃん! ……で、俺に話って?」
「子供向けに、キャラクターのケーキを作ろうと思うのですが、先輩は」
「ピカチュウ!」
「ですよね。でも、真奈さんはイーブイが良いんじゃないかって言うんです」
その手があったか。
イーブイは、見た目のインパクトこそピカチュウに一歩先を譲るものの、総合力でいけばピカチュウに匹敵する実力者。
なにより、鳴き声が可愛いよね。
俺、小学生の時にやってたポケモン、頑なにイーブイ進化させなかったもん。
ピカチュウは知らんうちにライチュウになってたけどな。
……まあ、その話はもう良いか。
「んー。ピカチュウ至上主義者の俺も、ここは勅使河原さんに一票かな。イーブイの色って、チョコとかで再現できそうだもん。絶対可愛いよ」
すまん、ピカチュウ。今回ばかりは浮気を許してくれ。
「そうですか! 真奈さんと先輩の意見が一緒だなんて! これはもう決まりですね!!」
「おう。勅使河原さんと俺を同列にすると、彼女に怒られるぞ」
「何を言うんですか! 僕の中でお二人の順位は常に同列! 同列です!!」
「お、鬼瓦きゅん!」
「ちょっと一旦、手を洗おうか」
「そうですね」
ハンカチ口にくわえて仲良く手洗い。
そして再開。
「鬼瓦きゅん!!」
「ゔぁあぁぁっ!! 先輩、僕ぁ、僕ぁ、先輩の後輩でよがっだでずっ!!」
熱い
そして鬼瓦くんは、「僕は先に職員室で資料を受け取って来ます」と言う。
何と言う働き者だろうか。
来年あたりに『はたらく鬼神』ってアニメを流してあげたい。
それじゃあ、俺ぁ生徒会室へ行きますかね。
そう思い、回れ右した俺の腕を引っ張る誰か。
「あぁぁぁぁぁぁいっ!」
俺の取り扱いがまだまだである。
急に腕引っ張ると、抜けちゃうんだよ? 俺の細腕。
「待ってください! 副会長! 桐島先輩!!」
「お、おおう、おう。やあ、松井さん」
「あ、あれ? すみません、私なにか失礼をしちゃいましたか?」
「ううん。ちょっと腕がモキョっただけ。気にしないで」
松井さんを見て、ああ、なるほどと納得。
視聴覚室は、放課後になると風紀委員会が使用している学園防御システムの本丸。
鬼瓦くんと手を繋いで花摘みに来たところ、彼女たちのテリトリーに侵入していたと言う訳である。
それにしても、挨拶は嬉しいけど、もう少しソフトなヤツが良いな。
そんな注文をしようかしらと考えていると、松井さんが興奮気味に言う。
「聞いて下さい、先輩! 来たんです! ついに来ちゃったんです!!」
「そうだねぇ。もう年の瀬がそこまで来てるねぇ」
「違います! 氷野委員長に来たんです!」
「えっ。男子ボクシング部から助っ人の依頼が!?」
「男子からって言うところしか合ってないです!!」
「だよね、氷野さん蹴り専門だもんね!? よし! すぐに鬼瓦くんを呼ぼう!!」
「ダメです! この件は、なるべく内密にしておきたいので!!」
この松井さんの慌て方には何かある。
そうは思っていたものの、まさか、そんなサプライズが待っているなんて。
さすがに俺も驚いた。
4パターンも用意しておいた想定を軽々超えていくとは。
なにはともあれ、俺は走った。
視聴覚室はすぐそこだ。俺の全力疾走でも耐えられる。
そしてドアを開けて、叫ぶように確認する。
「氷野さん! ラブレター貰ったってホント!?」
「なっ……! え、あっ……」
えらいこっちゃ。
氷野さんが、頬を赤らめて
「氷野さん! マジか! 氷野さん!! え、誰から!? 同学年!? 下級生!? 先輩かな!? ああ、もしかして先生!? 氷野さん、ねえ氷野さ痛い痛い痛い痛い痛い」
俺の頭を締め上げる腕。
押さえつけられても特に感触もなくカサッとしか言わない胸。
良かった。いつもの氷野さんだ。
「すみません。私が慌てたばっかりに……」
「はあ。もう良いわよ。私も慌てて松井に言ったのは良くなかったわ」
「本当にすみません。桐島先輩も。これ、お茶です」
「おう。ありがとう、松井さん」
そうだ、他にも男子委員が2人、女子委員が1人部屋にはいる。
人の口に戸は立てられぬと言うが、それでも施工工事くらいは試みなければ。
「みんな! 氷野さんがラブレター貰ったってのは、ここだけの話だべぃぃぃす」
「黙りなさいよ! あんたぁ!! ぶっ殺すわよ!?」
「ははは! 氷野さん、これから恋に生きようって人が、そんな物騒な言葉を使っちゃいかんよ! ははは!!」
「くっ。こいつ、普段から私に恋愛事情を色々言われているからって、ここぞとばかりに……!!」
氷野さん、頬をさらに赤らめて、オークに捕まった女騎士みたいになる。
これはいけない。
氷野さんだって花も恥じらう乙女。
間違っても「くっ、殺せ」と言わせるわけには。
「それで、どういう内容だったの? 差し支えなければ教えてよ」
「……はぁ。まあ、私も実際、どうしたものか決めかねてたから? 第三者の意見も欲しいし、特別に、あんたに相談してあげるわよ」
氷野さんは語った。
差出人の名前もないその恋文は、熱烈に彼女への愛が溢れており、放課後4時半に教室棟の裏に来て欲しいと結ばれていたそうな。
「それで、どうするの?」
「どうするって……。い、行かないと、可哀想じゃない!」
「氷野さん! 俺ぁ嬉しいよ! 女子としての幸せを氷野さんが掴む日が来るなんて!!」
俺の心の叫びに、その場にいた全員が頷いた。
「じゃ、じゃあ、ちょっと行ってくるわよ。留守番よろしく」
ぶっきらぼうに言って、氷野さんは廊下へ。
背筋を伸ばして校舎裏へと向かった。
「あの、桐島先輩」
「松井さん。みなまで言うな」
他の風紀委員たちも、俺の言葉を待っている。
その望み、俺が叶えよう。
「こっそり様子見に行こうぜ! なに、責任は俺が取る!!」
こんな面白そうな、もとい、
俺と風紀委員たちは、忍び足で校舎裏へとダッシュした。
「あ、あの、桐島先輩」
それから10分と少し経っただろうか。
握りしめた右の拳は、爪が肉を裂き血がにじんでいた。
伸びた爪の手入れはしっかりこまめに。脳内に刻み込む。
俺のかつてない怒りの形相を見て、松井さんはたじろぐ。
そんな彼女に、俺はなるべく穏やかに伝える。
「松井さん、みんな。俺ぁ、今からあのくそゴミ野郎どもをぶん殴る。暴力沙汰だ。君らはしっかりと責務を果てしてくれりゃ、それで良い。
「あ、桐島先輩!」
覚悟は完了。
ゆっくりと歩み寄る先には——。
「氷野さんさぁ! マジで自分が告られるとか思ったの!?」
「ありえねー! クリスマスなんて関係ないわ! みてぇな顔して、中身はしっかり乙女じゃんか! ぎゃはははは!!」
氷野さんは、嘘のラブレターで呼び出されたのだった。
それを、俺ときたら、何を浮かれていたのか。
名無しの恋文に
せめて、彼女を
彼女はただ立っている。
気丈な性格だから、きっと弱みを見せまいとしているのだろう。
傷ついていないはずなど、ありはしないのに。
涙の一つでも流したいほど悔しいだろうに。
彼女の負った傷について、責任の何割かは俺にもあるはずであり、ならば、ここで俺が取るべき行動も決まりきっていた。
「てっめぇぇぇぇぇっ!! 恥を知れよ、この大馬鹿野郎がぁぁぁぁぁっ!!」
「うおっ!? あいてっ」
俺の大振りの右ストレートは見当違いの方向に空を切る。
ちくしょう、小学生の頃は上手くいったのに。
が、驚いてすっ転んだゴミ野郎は、顔をコンクリートの壁に打ち付ける。
ポタリと垂れる鮮やかな赤は、鼻血。
つまり開戦の合図。
桐島公平、人生2度目の
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