第400話 毬萌とプロテイン
「コウちゃーんっ! 来たよーっ!!」
「ドラえもーん!」とのび太が叫んだり、「うわぁぁ、姉さん!!」とカツオが逃げたり、それらはお約束であり
そして、物語の始まる合図。
うちの毬萌が呼んでもないのに部屋にノック無しで乗り込んで来る。
つまり、今日は夕方からの話で、もしかすると桐島家の食卓回かな、などと予想までできる。
「どうした? もう晩飯は終わったぞ?」
「むーっ。人を食いしん坊みたいに言わないでよっ!!」
「お前が食いしん坊じゃなかったら、食いしん坊呼ばわりされている世の中の大半の人が救われるだろうな。で、どうした? 寒かったろ?」
残念、食卓回ではございませんでした。
先ほど俺は、チクワとカマボコの炒め物を食べ終えている。
練り物を敢えて炒めるうちの母のセンスよ。
えっ? カマボコって結構高いだろうって?
大丈夫。うちのカマボコ、捨てちゃう食材だから。
パート先のスーパーの冷凍庫の端から出て来たんだってさ。
ちなみに賞味期限は1年過ぎてた。あと15個もあるよ。
「んっとね、おばあちゃんが足治ったからって、リンゴいっぱい送って来てくれたの! お裾分けしに来たのだっ!」
「マジか。毬萌のばあちゃん足良くなったんだ。そりゃあ何より。また畑仕事バリバリやってんの?」
「うんっ! 昨日はね、畑荒らしに来た
毬萌のばあちゃん、格闘家だっけ?
俺の記憶が確かならば、じいちゃんと
と言うか、足怪我してたのに猪とバトルする
おかしいな。
毬萌のばあちゃんに会ったのは随分前だけど、そんなストリートファイターに出て来る感じのばあちゃんじゃなかったのに。
まあ、良いか。
リンゴ食おう。リンゴ。
「おっし。じゃあ下に降りるか!」
「ところでコウちゃん、さっきまで何してたの?」
「見てたら分かるだろ? 筋トレだよ!」
「あ、やっぱり! 小鹿のマネかと思ったけど、一応聞いて良かったよぉー」
「腕立て伏せしてたんだけどな!?」
「じゃあコウちゃん、腕触らせてーっ!」
「……別に良いけど。言っとくが、アレだぜ? 俺ぁ最近ペースアップしてっから」
「にははーっ! プニプニもしてなーい! 食べ終わった後の手羽先みたいだねっ!!」
それ、骨じゃねぇか!!
「お前……。何なの? 俺を泣かせに来たの?」
かつて毬萌に筋トレ勝負を挑んでボコボコにされた事は2回や3回じゃないので、「じゃあ、お前、勝負だ!」などとは口が裂けても言わない。
口が裂けるか、筋肉の繊維が裂けるか、俺の戦意が裂けるかの違いである。
どれも大差ない?
うん。俺もそう思う。どうせなら俺は裂けるチーズが良いな。
「にははーっ! コウちゃん、コウちゃんっ!」
「もう良いから、リンゴ食いに行こう。体動かしたから、小腹も減ったし」
「コウちゃんには、リンゴよりとっても良いものを持ってきたのですっ! じゃーん!!」
「……お前んちの前にあるドブの水?」
「違うよぉ!!」
毬萌が取り出したのは、ドブ色の液体、と言うか、液体と固形物の中間の物体。
さっきから、その容器がかたむく度に「ニチャァ」って嫌な音がしてるんだけど。
「これはね! 毬萌特製、プロテインなのだーっ!!」
「いらん!!」
「なぁんでぇーっ!? せっかくコウちゃんのために作って来たのにぃー!! なんでぇー!? 即答で否定するとか、ひどいよぉー!!」
「だって絶対体に悪い色してんじゃん! 知ってんだぞ!? 結局お前に無理やり飲まされて、俺がゔぁぁっとか言って泡吹いて倒れるんだ!! そんなオチだろ、今日!!」
「コウちゃん……。かわいそう。筋肉が足りないから考えまで痩せ細って……」
上手いこと言いながら俺をディスるのはヤメろ。
「このプロテインは、おばあちゃんも怪我してる間、毎日飲んでたんだよっ! すっごく美味しいって喜んでくれたんだからねっ!!」
「えっ!? ばあちゃん、これ飲んでたの!?」
俺の中にここまでの情報が集積されていく。
猪を蹴りで撃退した毬萌のばあちゃん。
以前はとても温和で、足だって普通だったにも関わらず、である。
すると、答えには簡単にたどり着く。
毬萌印のプロテイン、さては天才的なドーピングが施されているな?
毬萌の天才発明品は、当たりハズレの判定が結構ガバガバなので正直怖い。
しかし、しかしである。
その恐怖を乗り越えて、一歩踏み込んだ先に、筋肉が待っているとしたら?
俺は迷わずに踏み出すだろう。一歩だって、百歩だって。
ただ、一応材料だけは聞いておこう。
念のためである。石橋は叩いて渡るタイプの俺。
「んっとねー、バナナ味だよ! 大豆を基本に、豆乳とかね、きな粉とか! あとはゴマでしょ、ヨーグルトと蜂蜜に、隠し味でキウイをちょっぴり!!」
あれ? なんか普通に美味しそうである。
「じゃ、じゃあ、貰おうかな?」
「にへへっ、最初から素直にされば良いのにぃー! コウちゃんの照れ屋さんっ!!」
「う、うるせー。……おう、見た目の色の悪さは大豆が荒ぶってたからか。匂いは割と普通、と言うか、結構いい匂いがするな」
念には念を入れて、スマホをポチポチ。
自作プロテインのレシピを見ると、毬萌のメニューと大差ない。
あれ、これ普通のプロテインじゃないの?
いや、でも、あっと驚く仕掛けがあるはずなのだ。
そうでなければ、ばあちゃんが急に
スマホはもう良いかと思い、ベッドに投げた。
そして、最後に見た内容を、何の気なしに口に出した俺。
はい。今日の失敗はここでした。
「ははあ、最近は女の人もプロテイン飲むんだなぁ」
「ほえ? そうなの?」
「お前、ばあちゃんに飲ませてたって言ったじゃねぇか」
「あれは栄養補給のためだよぉー」
「なんでもな、豊胸効果があるとかないとか。まあ、どこまでが本当なのかは分からんが、そうまでして胸をデカくしたいものかね? ……おう。プロテインは?」
「みゃーっ!! んっ、んむっんむっ! ぷはっ!」
俺のプロテイン、毬萌に一気飲みされる。
「あああっ! おい! 俺の筋肉が!! 俺の明るい筋肉の未来が!!」
「むむーっ? おっきくなったかなぁ?」
「なるかい!! そんなすぐに効果出てたまるか! ……いや、効果が出るのか!? 毬萌のドーピングプロテイン!!」
「んー。よしっ! もう一杯飲もっと!!」
毬萌さん、バッグから2つ目の容器を取り出す。
こいつは逃がす手はない。
「おおおおい!! もう1個あるなら、俺にくれ! ああ、分かった、全部とは言わん! 半分! それがダメなら、5分の1でも良い!!」
俺の必死さが通じたのか、筋肉の神に願いが届いたのか、毬萌の慈悲が目覚めたのか。
理由などもはやどうでも良い。
大事なのは、彼女が「仕方ないなぁ」と俺にプロテインを差し出してくれているこの現実、その一点のみ!
「い、いただきます!! ……おう。普通にうめぇ」
「にははーっ! でしょー? コウちゃんのために頑張って作ったのだっ!」
そして、ピッタリ5分の1で俺の手から奪われるプロテインちゃん。
待っておくんなまし。
コウちゃんのためって言いはったやないどすか!!
「んむ、んむっ! ぷはーっ!! これでおっきくなるかなぁ?」
「お、俺も、筋肉が目覚めるかしら!? いつ来るの!? もう来る!?」
「何言ってるの、コウちゃん。筋肉ってそんなにすぐ付かないよ?」
「えっ!? だって、お前のばあちゃんの驚異的な脚力はプロテインで!」
「おばあちゃん、去年からキックボクシング習ってるんだよっ!」
「ばあちゃん!! 足ねん挫したの、ぜってぇ畑仕事のせいじゃねぇじゃん!!」
「ところで、わたしのおっぱい大きくなったかなぁ?」
「なってねぇよ!! 普通のプロテインなら、普通の効果しか起きねぇよ!!」
「みゃーっ……。コウちゃん、わたしのおっぱいのサイズ、知ってるの?」
あ、これ、イエスもノーもダメなヤツだ。
ハンター試験にこんな問題あったわねと、沈黙を貫いたところ、毬萌が「みゃーっ!!」と鳴きながら俺のうっすい胸板に飛び込んで来た。
「うんっ! とりあえず、コウちゃんよりはおっきいのだ!!」
「俺と同じサイズの乳した女子高生がいるか!!」
遠くの方で、死神の鎌の音がした気がする。
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