第399話 さようなら、セッスクくん

 本日、全校朝礼アリ。

 俺と毬萌は打ち合わせ中。

 花梨と鬼瓦くんは会場のセッティング中。


 1年コンビの風紀委員との連携もすっかり慣れたもので、俺たちもこっちに集中できる。

 そこへ、ヤツの影が近づいて来た。



「ハーイ。コウスケ、おはようございマッスルね」

「おう。どうした、セッスクくん。いつもの悪気わるぎがないな?」


 久しぶりに登場した、歩く猥褻わいせつ拡声器かくせいき

 またの名を英国紳士の面汚し。

 その名もセッスク・アドバーグ。

 しかし、なにやら今日は様子がおかしい。


「みゃーっ! コウちゃん、悪気じゃなくて、元気だよぉ!」

「バカ! 毬萌、出てくんな! こいつ、自分の名前をお前に言わせようとしてくるぞ!! 下がれ、下がれ!! 俺の後ろに!!」

「オーウ。酷いデスね、コウスケ。ワタシ、セッスクです」

「お前! 自分の名前を平然と間違えるのをいい加減に……直せ……?」



 あれ? なんだろう、この違和感。



「おい、お前。てめぇの名前を言ってみろ」

「オーウ。ワタシはジャギよりもトキみたいだと思いマース。セッスクです」


 大変だ。



 セッスクくんが、セックスって言わねぇ!!



 何事だよ!? どうした、体調悪いのか!?

 ……いや、待て、落ち着け、桐島公平。


 良いじゃないか。卑猥ひわいな事をセッスクくんが言わないなんて。


 セックスって言わないセッスクくんは、英国紳士みたいなものである。

 むしろ、普通に二か国語喋ることが出来る、万能留学生ですらある。

 返す返すも良い事じゃないか。

 これで誰もが顔をしかめずに済む。


「今日の朝礼は、今年最後の日本体験記だからな。気合入れて行こうぜ」

「オーウ。最後、そうデスね。最後、デスね」

「どうしたんだ!? キャラ変更してんの!? それは大変素晴らしい事だけど、元気だけは出していかねぇと! ちゃんと朝飯食って来たのか?」


「実は、食欲があまりないのデラックス。喉を食事が通りまセンターバック」

「食事にはちゃんと喉を通ってもらおうな。しかし、マジで具合悪ぃのか。今日は日本体験記、ヤメとくか? しゃあねぇ、学園長の話伸ばすか」


 すると、俺の肩に手を置いて、首を横に振るセッスクくん。

「オーウ。コウスケは優しいネ。ホント、色々な事がありましたネ」


 なに、この澄んだ青い瞳。吸い込まれそうなんだけど。


「ったく、悩み事か? 仕方ねぇから聞いてやるよ。言ってみ?」

「ハハハ。コウスケがいかに万能平均点マッスィーンでも、解決できないこともありマッスル」

「聞き捨てならんことばかり言うな。どこからツッコミを入れて良いのやら。俺のトラブル処理能力舐めんなよ! とりあえず、言ってみ!!」



「ワタシ、イギリスに帰る事になりマーシタ。お別れデース」

「——えっ?」



 セッスクくんは留学生。

 そう遠くない未来に別れの時が待っている事は承知していた。

 だけど、しかし、こんな中途半端な時期に!?


「どうしたの? お家の事情かなぁ?」

 毬萌も心配な様子。


「もしかして、イジメか!? それなら、俺に任せとけよ!!」

「オーウ。コウスケじゃ、返り討ちデース。あと、ここの人たち、みんな、みんな、グッドルッキングガイばかりネ。イジメなんてないヨ」


 セッスクくんの表情が、ひときわ暗くなる。


「イギリスのおとんとおかんが、帰って来いって言うのデース。ワタシ、留学費用、出してもらってマース。だから、逆らえまセンターバック」

「マジか。家庭の事情じゃ、おう、アレだな。立ち入れねぇわな……」


 言葉を失う。

 そうか、この口を開けば猥褻な言葉を吐く金髪少年ともお別れか。

 何もしてやれないのなら、せめて希望を叶えてあげたい。


「……なんか、俺に出来る事はねぇか?」

「……だったら、最後の日本体験記、ワタシ、コウスケと一緒にやりたいデース。ワタシの一番のフレンド、コウスケね? ダメですか?」


「ダメなわけがねぇだろうが! 今日は最高に盛り上げようぜ!! 毬萌、スピーチの原稿、これな! ちょっと俺、セッスクくんと打ち合わせするわ!!」

「うんっ! わたしはコウちゃんがサポートしてくれたら平気だから、気にしないで良いよっ!!」

「おう。すまん! もう俺が講壇に潜むの前提なのは気になるけど、すまん!!」


 そして、俺はセッスクくんと打ち合わせ。

 彼の希望をふんだんに盛り込んだ、はっちゃけ日本体験記が出来上がった。


 朝礼が始まり、毬萌のスピーチを講壇に潜みサポート。

 今日は太ももを2回しか叩かずに済んだ。


 続いて、一旦ステージの幕を下ろす。

 俺が講壇から出るためである。

 急な要望だったが、事情を話すと氷野さんが快諾してくれた。


「コウスケ、ありがとネ」

「おう。最高の日本体験記をみんなに聞かせてやろうぜ!!」


 なあ、セッスクくん。

 君とは色々やったなぁ。


 主に悪い思い出の面でさ。


 今年の苦い記憶を振り返ると、結構な頻度で君が出て来るよ。

 でも、そんな君でも、いなくなるってのは、アレだなぁ。


 やっぱり、寂しいもんだなぁ。


 とは言え、後ろを向いてばかりもいられない。

 彼を笑顔で送り出してあげよう。

 そうとも、セッスクくんの花道を飾るのは、俺の役目だ。



「花は桜木、男はセックス! どうも、桐島セックスです!!」



 セッスクくん。打ち合わせ通り言ったけどさ。

 俺、早速すげぇ勢いで後悔してる。



 だって、俺を見上げるみんなの顔がさ。

 まるで可哀想な生き物を見つめる時のそれなんだもの。

 でも、良いさ。

 今日だけは、君の言うとおりにするよ。


「オーウ! コウスケ、朝からそのノリはノーね! ワタシはセッスクです!!」

「おい!? おまっ!! ええっ!?」


 打ち合わせと違うんだけど!?


「さて、この度はワタシと桐島セックスの話を聞いてくださり、ありがとございマッスル! ワタシは清純派! コウスケは汚れた日本男児! 皆さん、オーケイ?」

 会場から笑い声が起きる。


「えっ!? ちょっ、まっ!! お前! セックスって重ねて言うって、そう言う話だったじゃねぇか!?」

「オーウ、ノーノ―! セックスを重ねたらノーよ、コウスケ! このドスケベ!!」

「違う! なんだよ、この野郎! もうイギリスに帰るって言うから、俺ぁ!!」

「帰りますネー! だって、もうじきクリスマスよ! うちは、クリスマス、家族そろってご飯食べるのが決まりなのデース!」



「お前ぇぇっ!! それ、ただの帰省じゃねぇか!!」



「なんデスかー? コウスケ、ワタシを強制送還させる気デスかー? その手は食わないデース! 朝礼でセックスとか言い出す人の手は食べたくないデース!!」

「えー。ご静聴、ありがとうございました」

「…………」

「幕下ろして!? 鬼瓦くん!?」


「大魔神には、コウスケが何を言っても、それはフリだから、無視するようにと伝えてありマース!!」

「このド外道イギリス野郎!! 鬼瓦くん! 違うの! これマジのヤツ!!」

「…………」

「鬼瓦きゅん!!」


「そう言えば、日本ではクリスマス、恋人と過ごすらしいデスね?」

「知らねぇよ!!」

「性の6時間って知ってマース! ワタシたちが神聖な気持ちで過ごしてる時に、コウスケってば、このドスケベ!!」



 ちくしょう!

 もうぜってぇ中庭でバドミントンの相手してやんねぇからな!!



 そして、朝礼は終わった。


「コウちゃーんっ! 教頭先生が話あるんだってー! 呼んでるよーっ!!」

「……おう。今行く」



 セッスクくん。

 君が帰ったら、学園がすげぇスッキリしちゃったよ。

 でも……すぐに慣れると思う。


 だから……、心配するなよ、セッスクくん。



「オーウ! 朝から教頭センセーイとセッションとか、景気が良いデスね!!」

「うるせぇ! はやく飛行機に乗って実家に帰れ!!」



 その後、教頭のありがたいお説教を拝聴していると、いつの間にか1限が始まっており、俺は欠席以外で初めて欠課けっか扱いを喰らった。

 保健室で女医の大下先生に悲しい現実を語っていると、学園長がどこからともなくやって来て、一言。


「僕は良かったと思うよ? 来年も楽しみにしているからね、セックス体験記!!」

「学園長……。ぜってぇ嫌です」


 チョビ髭を見ていて思い出したことがある。

 教頭先生、憎しみで人を殺す秘術はまだ習得できませんか?

 完成したら教えてください。


 俺の念を、イギリスまで飛ばします。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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