第396話 愛と知っていたのに

「ええっ!? 堀さん、高橋に告白すんの!?」



 ——ゴッ!



「もう、桐島くん! 声が大きいよ! 恥ずかしいじゃない!!」

「みゃーっ! 堀さん、すごい! 覚悟を決めたんだねーっ!!」

「堀先輩って高橋先輩の事が好きだったんですか!? もっと詳しく教えてください!!」


「先輩!? 桐島先輩!! ゔぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」

「お、鬼瓦くん……。そのオチ、ちょっと、早、過ぎる、よ……」

「ゔぁぁぁぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁっ!!!」



 お聞きの通りである。

 堀さんが、半月後に迫ったクリスマスに向けて動き出した。

 かつての勅使河原さんもそうだったが、恋する乙女はなにゆえ生徒会室へ相談に来るのか。


 そして、もうとっくにご存じなんだろう?

 堀さんの愛の告白をすると言う告白を聞き返したところ、照れ隠しの正拳突き。

 だから(俺は)滅びた。


「とにかく、こういう事は男子の意見も聞かなくちゃだよーっ!」

「そうです、そうです! 公平先輩なら、高橋先輩と仲良しですもんね!!」


「桐島先輩。出番のようですが、立てますか?」

「おう。俺は桐島。立ち直りの早い男……」

「さすがは僕の先輩だ! 何ともないや!!」


 いや、割と深刻なダメージだよ?

 具体的には、俺の額に「致命的なエラー」って表示される寸前。

 でも、まだ平気。立てるわ、あたい。


「あの、ね。桐島くん。ハッキリ教えて欲しいんだけど」

 長い髪をいじりながら、乙女なゴリ……堀さん。

 俺は悟った。

 ここで返答をミスると、死ぬ。


「コウちゃん、出番だよっ! 恋する乙女を救うのだっ!!」

「公平先輩も最近は乙女心が分かって来ましたもんね! 頑張ってください!!」

「……おう。任せとけ。こちとら、決死の覚悟じゃい」


「き、桐島くん……! 私のために、そんなに本気になってくれるの!?」

「おう」


 堀さんのために本気になる事が、俺のためにもなるのだからね。

 ガチのマジだよ。


「た、高橋くんってさ。ど、どういう子が好みなのかな? 例えば、髪型とか?」


 あのアメリカン野郎はかつて、「彼女にするなら、パッキンのボインちゃんだぜ! ヒュー!!」とか言っていやがった。

 ボインちゃんって。

 お前、キャラのブレに加えて、言語の時代的な齟齬そごまで出し始めるとか。

 生き残りに必死だな。


 そして、俺はバカではない。

 その事実を新鮮素材のまま堀さんに伝えると、多分俺のライフがなくなる。

 嘘をつかない事が俺の信条だった時代は終わったのかもな。


「……ロングヘア―の子って、言ってたよ! ……うな気がするよ」

「そ、そうなんだ? あの、私って、結構髪長いよね?」

「うん! すごく長いよ!!」


 嘘をつくときは言い淀む。

 事実を認める時はハキハキと小学生のように。

 俺が新たなスタイルを発見、発現した瞬間であった。


「堀さん、すごーい! 高橋くんの好みにバッチリ合うよーっ!!」

「これはもう運命と言っても良いですよね!? キャー! ドキドキしてきましたー!!」

「そ、そうかな? そうだといいんだけど!」


 俺の身の安全も守れたようで、一安心。

 鬼瓦くんと歓喜の抱擁。そして高い高い。うふふ、天井が近いや!


「あ、それからさ、桐島くん」


 まだご用ですか、ゴリさん。


「高橋くんって、好きな子とかいるって言ってた? もしもいたら、私じゃ勝てないかもしれないし……」


 ゴリさん、意外と繊細である。

 瓦を叩き割る力を持ちながら、恋のスタイルは臆病とか、萌え要素じゃないか。

 そこで俺は、精一杯の力で背中を押してあげる事にした。


「大丈夫! そんな話は聞いたことねぇし、堀さんは可愛いから! ぜってぇ高橋のヤツ、飛び跳ねて喜ぶぜ? あいつ、堀さんの話することあるしぜって」



 ——ゴッ!!!



「も、もう! 桐島くんってば、気が早いよ!!」


「でも、今日告白するつもりなんだよね!? 堀さん、頑張れーっ! みゃーっ!!」

「あのあの、ちょっとだけ様子見に行っても良いですか!? お邪魔はしませんから!!」

「あ、それは嬉しいかも。私も、一人だと心細かったし」

「じゃあ、生徒会で堀さんの恋を応援しに行こーっ!!」

「はーい!! お仕事も溜まってますけど、それより大事なのは恋ですもんね!!」


「桐島ぜんばい!! ゔぁあぁぁっ! 息を、ゆっくり吸って! お願いです、息を!!」

「鬼瓦……くん……。瓦と、俺の右肩、どっちがさ、固いと、思う?」

「ゔぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁっ! 先輩、ぜんばぁぁぁぁぁぁいっ!!」


「なにしてるの、コウちゃんと武三くんっ! 行くよーっ!!」



 毬萌はん、それ、俺も行かなくちゃダメ?



 その後、鬼瓦くんにお姫様抱っこされた状態で舞台移動した俺。

 文芸部の子がキャーキャー言いながら写真撮ってた。

 キャーキャー言って泣きたいのは俺の方である。


「じゃあコウちゃん! 高橋くん呼んできてっ!!」

「えっ!? 俺が!? 正直、もう今日は帰って横になりたいんだけど」

「だって、公平先輩が一番高橋先輩と仲が良いですし、呼び出すのも自然な形になると思います! せーんぱい、ファイト!!」


「もう、アレで良いんじゃない? ラインで告白するって形で」


 どうやら、言ってはいけない事を口にした模様。


「コウちゃん! 何言ってるのっ!? 大事な告白だよ!? 直接気持ちを伝える事が大事なんじゃん! ラインとか、ウーバーイーツのクーポン取るんじゃないんだよ!?」

 毬萌さんから厳しいお言葉を頂戴した。


「公平先輩、今の冗談ですよね? あたし、相手が先輩でも、大好きな人にラインで告白されたら、何するか分かりませんよ?」

 花梨さんの瞳から光が消えた。ヤダ、怖い。


「は、ははは! 冗談に決まっているじゃないか! いやだなぁ、君たち! ハハハ!!」


「つまんない冗談言ってないで、早く行って来てよ、コウちゃん!」

 なんか毬萌、今日は俺に冷たくない!?


「良かったですー。公平先輩がそんな意気地なしだったら、あたし自分が抑えられないところでしたよぉー。もぉー」

 花梨さんに至っては、もう怖い。ずっと怖いよ?

 この子、本当に恋に関する話への食いつきと真剣さがすごい。


「桐島先輩……。僕は無力です……」

「おう。気にすんな。ちょいと行ってくらぁ」

「あ、ちょっとすみません。真奈さん? うん、分かったよ。あとで連絡するね」


 鬼瓦くん?


「先輩……。僕は、先輩の事を一番に思っています……」


 信憑性が一気に薄れたなぁ。うちで飲むカルピスみたいになっちゃったよ。

 ちくしょう、俺の味方が一人もいねぇパターンだ、これ!!



「おーい。やっとるかね、君たち」

 結局、場の圧力に屈した俺は、伝令として本陣から蹴り出された。

 自然な感じで手を挙げてご挨拶。

 運動大嫌いな俺が用もなく体育館にいる不自然さにはこの際目をつぶって下さい。


「桐島じゃないか。どうしたんだ?」

「おう。茂木よ。ちょっと頼まれてくれるか?」


 高橋よりも先に茂木とコンタクトを取れたのは僥倖ぎょうこうであった。

 ヤツの操縦法ならば茂木に聞くのが最良であり、無駄もない。

 食べ残すところがないマグロみたいな男である。よ、マグロ!!


「ははあ、なるほどな。事情は聞くまでもなく分かったぜ。自然に連れてくるよ」


 このマグロ、察しが良すぎない?


「ヒュー! 誰か来たって言うから、てっきり天使のお迎えかと思ったら、公平ちゃんだったぜぇー! ヒュー!!」

「おう、すまんな、練習中に」

「ヒュー! 相変わらず、水質汚染が深刻だぜぇー? オレたちの間に水臭い事はなしだぜ? ヒュー!!」


「ちょっとな、来て欲しいんだよ。用があってだな、お前に」

「ヒュー! 愛の告白かい? ヒュー!!」

「んなワケあるかい!! ちょっとで済むから、良いから来いよ!!」

「ヒュー! やれやれ、公平ちゃんは強引だぜぇー! そこがまた魅力的だけどな! 自由の女神の次にな! ヒュー!!」



 そして、体育館裏にて、告白タイム。

 これだけお膳立てが済んでいれば、もう俺の出番は終わりだろう。


 堀さんが、勇気を持って一歩踏み出す。

 高橋と一言、二言、短いやり取りが行われる。


 祝福のクラッカーを鳴らそうとしていると、堀さんが駆けだした。

 その瞳にはうっすら涙が。


 どうしてこんな事に。

 俺は慌てて高橋の元へ走る。


「おい!? お前、堀さんに何言った!?」

「ヒュー! どうしたんだい? ドッキリだろ? って言っただけだぜ? ヒュー!」

「バカ! バッカ!! お前ぇぇ!! 普段はとぼけてるけど、人の心が分かるヤツだと俺ぁお前の事を信じていたのに!!」


 熱く高橋を糾弾する俺。

 その俺が半端ない勢いで倒れこむまで、あと数秒。


 高橋が言った。



「だって、公平ちゃんが、愛の告白じゃないって言ったからよー? オレは、事前にドッキリのネタを教えてくれたと思ったんたぜぇー?」



 記憶の糸を恐る恐るたぐり寄せると、高橋に「愛の告白か」と聞かれ「んなワケあるかい」と元気に否定する俺がそこには居た。



 ひ、ひぃやぁああぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!



 えらいこっちゃ! えらいこっちゃ!!

 俺ってば、なんてことを!!


 主に俺のせいでもつれた赤い糸。

 正しく結び直すべく、緊急ミッションが始まる。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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