第394話 突撃・毬萌が晩ごはん!

 俺は女装を……。

 いや、女装だけならまだしも、ブラジャーを……。


 あれ、誰のだったの!?

 もうヤダ、マヂ無理!!


 絶望に暮れていると日が暮れて、そろそろ年も暮れるんですって。

 悲しみの夕暮れ。そして夜。


 ピンポーン、と我が家の呼び鈴が鳴った。



 本日、母さんはパート先のお食事会。

 「帰りはタクシーで帰るから、心配しなくていいよ!!」と言って出て行った。

 酒を飲む気満々である。


 それを受けて父さんは「よーし、公平! 晩ごはん代の2千円、父さんに預けてごらん! 今夜はパーティーだ!!」と、千円札二枚握りしめて出動。

 どこにって?


 パチンコ屋だけど?


 ちなみに時刻は午後7時。

 腹が減ってきた。

 冷蔵庫チェックをしてみよう。


 モヤシと、キムチチゲの素がある。

 晩ごはんのメニューが決定した瞬間であった。


 父さん?



 帰って来ねぇよ!!



 「男ってのはね、公平。一度勝負を始めたら、絶対に逃げちゃダメなんだ」と幼少期から語っていた俺の父。

 当時は「お父さんってすごいカッコいい事言うなぁ!」と思っていたけども。


 それが「パチンコ屋の閉店まで帰らないよ!」と言う意味だと知るのは、俺が中学に上がってすぐの事だった。


 愛妻家の父さんは、母さんが帰る頃には必ず家にいる。

 そして、年に数回ある、母さんの帰宅が遅い日には、決まって戦いの場におもむく。


 せめて500円置いといてくれよ、父さん。


 しかし、私立である花祭学園にこの経済情勢で通わせてもらっている以上、強く言えない俺である。

 父さんだって、日頃から会社で辛酸を舐めているだろうし。

 むしろ、辛酸舐めに会社に行っているまであるだろうし。

 たまのストレス発散くらいさせてあげたい。


 よし、モヤシだけの鍋でも作るか。

 そんな切ない決意をした瞬間の出来事。


 そして話は冒頭に戻る。



「コウちゃーん! 来たよーっ!! 開けてーっ!!」

「なんだよ、毬萌か。つーか、開いてるぞ? 普通に入って来いよ?」

「みゃーっ! だって、両手が荷物でいっぱいなんだもんっ!」


 荷物とな。

 何を持ってきたんだ?


 あれ? もしかして、新作のひぐらしのなく頃に、見た?

 凶器持って来たの?


「おら、よっと。おう、マジで大荷物だな」

 毬萌の両手には、スーパーのビニール袋が2つ。

 確かに、これじゃあ玄関で足止めを喰らう訳である。


「コウちゃん、今日おばさんいないんでしょー?」

「おう。……ああ! そうか、毬萌の母ちゃんが差し入れしてくれたのか!!」


 これは助かる。

 救援物資が届けば、あとは料理をするだけ!

 さよならモヤシ! 俺は育ち盛りらしく、栄養のあるものを食べる!!


「にへへーっ! 今日はね、わたしが晩ごはんを作ったげるのだっ!!」

「……えっ?」


「わたしが晩ごはんを作ったげるのだっ!!!」

「聞こえてるよ!! 今のは聞き返したんじゃなくて、戸惑ったの!! なんで、どうしてそんなことに!? 何かあったか!? 悩みなら話してくれよ!!」


 すると毬萌の頬っぺたが膨らむ。

 口の中に飴玉を錬成したのかな?


「もうっ! せっかく世話焼き幼馴染がお料理作りに来たのにぃ!! コウちゃん、嬉しくないのっ!?」

「えっ!?」

「なぁーんでぇー!! 言い淀まないでよぉー!!」


 いや、だって、毬萌さん。

 お前、今までずっと、ずーっと食べる人サイドの幼馴染だったじゃん。

 そりゃ、確かに文化祭を経て、料理スキルを得たかもしれんが。


 なにゆえこのタイミングで!?

 なに? 俺、明日死ぬのかい?


 俺のTOMADOIを察したのか、毬萌が言う。

 あと、GLAYっぽく言ったつもりが、彼らの名曲はひらがなだった。

 とまどい、ね。


「あの、さっ! コウちゃんにさっ! させちゃったじゃん……っ!!」

「なにを!? もしかして、俺ってば知らんうちに連帯保証人にされたの!?」

「違うよぉー! させちゃったじゃんっ! わたしのために、その……女装……」


 JYOSOH!


 ダメだ! GLAYっぽく言っても心が痛い!!

 そうだった、俺はこの1カ月で2回も変身したんだった!!

 一瞬だけでも忘れていたのに!!

 こんなにハイペースで変身するのはフリーザ様か俺くらいだよ!!


「おう……。そうだった……」

「みゃっ!? げ、元気出してよ、コウちゃーん!! だからねっ、あのねっ、今日はわたしが、幼馴染っぽく、ご飯作ったげる!」


 なるほど。

 ようやく合点がいった。

 毬萌なりのお詫びって事か。


 別に気にしないでも良いのにと思わなくもない。

 今回は確かに羞恥心を遠投して、何か大事なものを失った気もするが、『毬萌を守る』と言う決意の延長線でそうなったのだから、仕方がない。

 むしろ、結果として毬萌を守れたのだから、それで良い。


 いささか心は痛むけども。

 まあ、それもそのうちカサブタになって、時間が経てば傷も治るさ。


「みゃーっ!! 見てて、コウちゃん! わたし頑張るからねっ!!」


 とは言え、張り切る幼馴染の好意を無下にすることもない。

 これで毬萌の罪悪感が薄れるならば。

 それに、どの程度毬萌の料理が進化したのか、興味もある。


「そんじゃ、今日はご馳走になるか!」

「うんっ!」


 毬萌のお料理大作戦がスタートした。


「ああ、そうだ。父さんが帰って来てねえんだけど」

「ほえ? おじさんならね、ラスベガスの前で会ったよ!」


 ラスベガスとは、近所のパチンコ屋である。


「そうなの? 何か言ってた?」

「うんっ! ご飯作りに行きますって言ったら、それならまだ戦えるから、ハリウッドに行くって言ってたーっ!」


 ハリウッドも、近所のパチンコ屋である。

 そうか、父さん、西海岸を目指すのか。

 生きて帰って来ると良いなぁ。



「今日はね、なんとっ! カレーを作りますっ!!」

「……おう? なんだろう、今、胃が一瞬すげぇ痛くなった」

「えーっ? 平気なの、コウちゃん!?」

「おう。すぐ治ったよ。全然平気」


 多分、俺の胃は覚えていたのだろう。

 かつて、合宿で、キャンプの定番料理のカレーによって、胃の粘膜が大災害に巻き込まれた事を。

 はたらく細胞だったら、それだけで1話作れそうな惨事だった。


「まっかせてー! んっとね、平野レミのレシピ本読んで来たからっ!!」

「おう。楽しみにしてるよ」


 台所に立つ毬萌。

 すぐにトントンと小気味いい包丁の音が聞こえてくる。

 平野レミのレシピが一抹の不安ではあるが、あの人もはっちゃけなければ優秀な料理人である。


「なんか手伝うか?」

「んーん! へいきーっ! ひとりでできるもん!!」

「なんか、昔そんな番組があった気がする」

「ほえ?」

「いや、何でもねぇ。しかし、待ってるだけってのも、なんつーか、贅沢だなぁ」

「にへへーっ。新妻さんみたいでしょ?」


「………………」

「………………」


「照れるなら言うなよ!! 言われた方だって恥ずかしいんだぞ!!」

「にははーっ。だってぇー。言ってみたかったんだもんっ!!」


 食材のカットが終わり、舞台は鍋へ。

 さっき俺がモヤシ茹でようとして洗っておいた鍋があると伝えると「さすがコウちゃん、準備がいいですなぁ!」と褒められる。


 ごめんね、モヤシ。今日はマジで出番なさそうだよ。

 まさか、モヤシの俺がモヤシを否定する日が来るなんて。

 細くても頑張って生きてみるものだよ。


「コウちゃん、ニンジン好きだったよね!」

「おう。大好き。つーか、野菜なら基本的に好き。ピーマンは?」

「みゃーっ……。わたしが嫌いなもの入れるワケないじゃんっ!!」

「はははっ! まあ、そうだわな」

「代わりにトマトを入れるのだっ! レミさんのワンポイントに書いてあった!」

「おー。なんか、いい匂いがして来たなぁ」


 ヘイ、ゴッド。

 ここまで、何のトラブルも起きてないんだけど、大丈夫かな?

 俺の想定では、火柱が上がって「助けてぇー!! コウちゃーん!!」とか毬萌が言って「全集中! 水の呼吸!!」とか言いながら俺が消化する予定だったのに。

 なんか、すげぇ普通に美味そうなカレーの匂いがするんだけど。


 これ、物語のコンセプト的にも大丈夫かな?

 今のところ隙なしなんだけど。


 それから45分。

 キッチンタイマーが鳴った。


 もう、煮込む時間を毬萌がタイマーで計っている時点で、感涙ものである。

 ノリと勢いと雰囲気と閃きで料理をしていた毬萌はもういない。


 嬉しいような。それでいて、少しばかり寂しいような。


「コウちゃん! ご飯炊けたーっ?」

「おう。うちの古い炊飯器が40分でやってくれたよ」

「じゃあ、ご飯よそってー! 食べよ、食べよーっ!!」

「うっし。食べるぜー。腹ペコだからな! 大盛にしちゃう!」

「にははっ! じゃあ、わたしもー!!」



 拝啓、父上様。

 これから俺、生まれて初めての体験をします。

 パチンコの調子はどうですか?


 追伸。

 ご飯がなくなりましたので、自分の晩飯分の金は残しておいてください。


 それでは、お先にいただきます。息子より。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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