第393話 公平を称えるキッズの群れ ~悲しみの先に~

 夢ならばどれほど良かったでしょう。

 心の底から俺がそう思うまで、あと15分。

 この時点で舌を噛み切っておけば良かった。



「お姉さんの声が聴きたい! お姉さんを出せー!!」

「そうだそうだ! 女はそんなにいるじゃないか!」

「もう貧相なお兄さんには飽き飽きだい!!」



 君たち、やんちゃが過ぎるなぁ。



 なんだい? 接客を伴う夜の店じゃないんだよ?

 学童保育で「女を出せ」ってコールが起きるとか、ここは世紀末かな?


 「こいつぁ弱った」とお手上げな俺の制服の裾を引っ張る、小さな手。


「公平先輩! あたし、やります!!」

「か、花梨! 良いのか!?」

「はい! 公平先輩が困っているのに、黙って見ているなんてできません!!」

「花梨……! 俺ぁ良い後輩に恵まれたなぁ」


 目頭を熱くしている間にタッチ交代。

 花梨が「あはは」と笑顔でキッズの群れの前に立つ。


「おじいさんが山で芝刈りをした帰り道、沼の近くで猟師の罠にかかって苦しんでいる、一羽の鶴がいました」


「おっぱいキタコレ!! 花梨お姉さん、マジでおっぱい!!」

「お姉ちゃん、もっとこっち来てよー!! お尻も魅力的!!」

「ヤメなよ、男子! バカじゃないの!?」

「うっせー! 貧乳は黙ってろい! このおっぱいがオレを甦らせる、何度でもよ」

「ひ、貧乳じゃないもん! あのお姉さんよりおっきいもん!!」



 鶴を罠から助けさせてやってくれ。



 しっちゃかめっちゃかだよ。

 確かに、小学生はおっぱいとうんこが好きだって土井先輩も言っていた。

 だが、これはちょっと、花梨を選んだ俺のミステイク。


 だって、キッズの8割が鶴じゃなくておっぱい見てるからね!

 残りの2割は尻見てるよ! その年で尻の良さが分かるとか、渋いなぁ!!


「……桐島公平」

「おお、氷野さん!」


「あの女の子の首、手刀でトンッてやってもいいかしら?」

「ダメだよ!? すげぇな、この騒ぎの中、的確に自分に向けられた悪口だけ聴き取ってんの!?」


 とにかく、色々とダメだ。選手交代。

 いかに相手が小学生とは言え、うちの花梨の胸部をこれ以上晒してなるものか。

 じゃあ、てめぇは見ても良いのかって?

 ヘイ、ゴッド。そういう話をし始めると面倒だから、少し黙って。


 とは言え、毬萌を出す訳にもいかない。

 氷野さんは十字キー反対側に倒して力を溜めているからダメ。

 サマーソルトキックが飛び出したら、大惨事だ。


 だけども悲しいね、もはや俺の求心力ではキッズを抑えきれない。

 ここは、強行策に打って出るか。


「鬼瓦くん。……やってくれるか」

「ゔぁあぁぁっ!? い、嫌ですよ!? いくら先輩の指示でもそれは嫌です!!」

「すまん。許してくれ。だが、うちのおっぱいと貧乳がやられた今、頼りになるのは君しかいないんだ。痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


「誰がおっぱいですかぁ! 公平先輩、セクハラですよ!!」

「ぶち殺すわよ? このまま首を捻じ切ろうかしら?」


 ちくしょう。味方がどんどん倒れて敵になって行く。

 ゾンビ映画かな?


「……分かりました。やれるだけ、やってみます!!」

「お、鬼瓦くん!!」


 そして彼は立ち上がった。


「お、おゔぃいざんゔぁおじいさんは、言いゔぁじだました! ごではがわいぞうゔぃこれはかわいそうに!! いまずぐいますぐ、だ、だすげでたすけて、だずげでゔぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「せんせー! ハナちゃんも倒れましたー!!」

「あっくん! どうしたら良いの!?」

「下がってろ! ……すごい覇気だ! 並の小学生じゃ耐えられない!!」


 俺は何度目のミスを犯したのだろうか。

 とりあえず、阿鼻叫喚の図が完成したけども、俺が作ろうとしたものがこれだったのかどうかは判然としない。

 いや、多分、少なくともこれじゃないな。


「悪かった、鬼瓦くん。下がってくれ」

「先輩! 僕ぁ、僕ぁ!! ゔぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁっ!!」


「見ろよ、男同士で抱き合ってるー!」

「男子バカなんじゃないのー? 今はこれがトレンドなんだから!」

「知らねーよ!」

「おっぱい、おっぱい、おっぱい!!」



 キッズさ、全部拾ってくるね!?



 もう、ツッコミなんて必要ないじゃないか。

 俺のアイデンティティまで奪うとか、そいつぁ酷い話だよ。

 ダメだ。万策尽きた。


 すみません、土井先輩。

 俺は、あなたの期待に応える事ができませんでした。


 もう適当にクッキーばら撒いて撤収しよう。

 そう決意した俺の制服の裾を、小さな手が。


 いや、多いな!?

 小さな手が6つ!! ちょっと、何ですか!?

 俺を引っ張って、どこに行くんですか!?


「すみません、内田先生! 5分だけ失礼して良いですか?」

「か、花梨さん!? なに!? 俺聞いてないよ!?」

「え、ええ。構いませんよ? みんなー、ちょっと休憩よー。おトイレに行きたい子はいないかしらー? 喉が渇いた子はー?」



 そして教室の外へ連行された俺。

 俺を囲むのは花梨と氷野さん。そして申し訳なさそうな毬萌。


 嫌な予感しかしない。


「公平せんぱーい? あたしたちに、名案があるんですけどぉー」

「ひぃっ!? い、嫌だ! 俺ぁ嫌だぞ!!」


「桐島公平? 私たち、みんな血を流したのよ? あんただけ、無傷じゃない?」

「いや、俺だって細いとか白いとか言われ」

「それ、普段から言われ慣れてるでしょ? ノーカウントね」


「みゃーっ……。ごめんね、コウちゃん」

「おい、ガチのトーンで謝るなよ!? なに、俺、何されんの!?」


「鬼瓦くん! 例のものを持って来てください!! あたしは顔を担当しますので、マルさん先輩はボディをお願いします! 毬萌先輩は例の道具を!」



「ひ、ひぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 夢ならばどれほど良かったでしょう。


「皆さーん! お待たせしましたー! あたしたちの秘密兵器、こうへ……じゃなかった、公子きみこちゃんです!!」


「すげぇ美人だー!! おっぱいもあるー!!」

「脚ほそーい!! モデルさんみたい! 指も超キレイ!!」

「スカート短くね!? あっくん、これヤバくね!?」

「さすが高校生だ。こんな隠し玉を用意してるなんて……」


 公子きみことは誰なのだろうか。

 ここに来て新キャラだろうか。

 そんな伏線も布石もなかったじゃないか。

 それはそうである。もはや説明は不要であろう。

 公子ちゃん、その正体は——。



 俺だよ。



 文化祭のあの日、2度としないと誓った女装。

 まさかさ、1カ月も経たないうちに誓いが破られるとか思わなかった。

 しかも、あの時よりも酷い。

 聞いてくれる?


 胸には、あの、なんて言うの? ぷよぷよしたヤツ。

 ああ、そうだ、ヌーブラだ。それを仕込まされた上にね、マジで聞いて?


 ブラジャーさせられたの、俺。人生初ブラジャー。


 ガッツリ化粧もされて、まつ毛なんて盛り盛りよ。

 今の季節かさついて仕方がない唇はプルップルよ。


 あたい、どうしてこんな事になったのかしら。


「え、えー。俺が紙芝居の続きを読みます……」


 でも、声は変えられない。そう思うでしょう?

 覚えている人はいるだろうか。さかのぼること、半年と少し前。

 合宿の時に毬萌が使った、俺の声が出る変声機。

 その名も『おしゃべりコウちゃん1号』である。


 そいつが毬萌によって改造され、すげぇ可愛い女子の声が出るようになった。

 その名も『おしゃべり公子きみこちゃん2号』である。

 旬な声優さんの声を収集して合成した音声だってさ。

 つまり、俺の声は今や聴く者の耳をとろけさせるキューティーボイス。


「お、おお、おおお!」

「あっくん、どうしたん!? あのお姉ちゃんにまだ秘密が!?」

「バカ、バカだなお前ら! あれは、伝説のオレっ娘だよ!!」

「えっ!? そんなにすごいの!?」

「すごいなんてもんじゃない! SSSRだよ!! みんな、黙って聴こうぜ!!」


 そして、俺の要素をほぼなくした俺が語る、鶴の恩返し。

 キッズの群れが、俺の声に、動作に、全集中。

 鶴が正体を暴かれておじいさんの元を飛び立つ頃には、涙を流す子や真剣な顔で拍手する子、呼吸が荒くなっている子などが発生。


 その全員が静聴の姿勢を貫き、おごそかな空気の中、会はお開きとなった。



「やりましたね、公平先輩!」

「桐島公平! あんたならやれるって信じてたわよ!!」

「ゔぁあぁぁっ! 先輩、美しいです!!」


「こ、コウちゃん、ごめんね?」


 こんな時、どんな顔すりゃいいのか。

 笑えば良いとか口に出そうものなら、俺、何するか分からんよ? ヘイ、ゴッド。



 笑えねぇよ!!



「皆さん、今日はありがとうございました! 去年と同じ、いえ、去年よりもずっと子供たち、喜んでいます! 本当にありがとうございます!!」


 内田先生と最後の挨拶。

 そして彼女は、首を傾げながら聞くのである。


「ところで、副会長の桐島くんはどちらに? 具合が悪くなったのかしら?」



 ——俺だよ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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