第385話 氷野さんと天上へ
その日はとても冷える夜だった。
天気予報士のお姉さんが「真冬の寒さです」と短いスカートを北風にはためかせながらライトアップされた並木の下で喋っていた。
そうか、クソ寒いと思ったよ。
今日は毛布を一枚多く掛けて寝ようかしらと支度していると、スマホが震えた。
「へい、こちら桐島」
「ちょっと! あんた、女子からの電話は3コール以内に取りなさいよ! ったく、相変わらずデリカシーのない男ね!!」
「いや、ごめん。今、毛布を引っ張り出しててさ」
「ああ、今晩は冷えるらしいわね。痩せっぽちのあんたには堪えそうだわ」
「氷野さんだって痩せてるじゃないか。しかもモデル体型」
「ば、バカ! そうやって不用意に褒めるな!!」
今日も新鮮なツンデレをありがとうございます。
考えてみれば、毬萌と花梨も、可愛いことはもはや認めるほかないが、ツンデレ成分が足りないと思うのだ。
毬萌はアホデレだし、花梨も時々ツンとするもののツンデレかと言われたらば、それは違う。
「……ちょっと! 黙るんじゃないわよ!! 何考えてんのよ! どうせいやらしい事でしょう? ったく、男ってホントにどうしようもないわね」
「おう。氷野さんも可愛いなぁと思って」
電話の向こうで、「すぅ」と息を吸い込む気配を感じた。
「バッカじゃないの!? あ、あんたなんかに、褒められたって、別に、アレなんだから! もう、死ね!!」
「うっす! ありがとうございます!!」
古き良きツンデレってステキ。
死ねって言葉すらご褒美になるんだもん。
ステキを越えていっそセクシーだね。
「……ったく、本題に入れないじゃない! このバカ!!」
「おう。これは俺としたことが失礼を。何の御用でしょうか?」
「まあ、一応ね、本人と約束したから、一応聞くだけなんだけど」
「ん? なんか含みのある言い方だけど、要領は得ないなぁ」
「明日の放課後、心菜の学校で水泳部の記録会があるけど、あんた行かないわね?」
「行くよ! 地球が爆発したって行くよ!!」
「あっそ。じゃあ、心菜には、兄さまは寒さで死んだって伝えとくから」
「なんで!? 連れてってー! お姉さま!! 置いてかんといてー!!」
「ああ、もう! 鬱陶しいわね!! 分かったわよ! 連れて行けばいいんでしょ!? あーあー、だから言いたくなかったのに!」
「おう。そう言えば、なにゆえ俺にそんな情報を? 確かに、黙ってりゃ俺も知らないままだったのに」
「……心菜に、兄さまと一緒に来て欲しいのです、って言われちゃったのよ」
「ひぃやっほぉぉぉぉぉおおおぉぉう!! 心菜ちゃん、愛してる!!」
その後、氷野さんから30分ほど「うちの目に入れても痛くない妹に気色の悪い言葉を送るな」とお説教を賜った。
そして、俺はホットミルクを飲んで、足元には父さんから譲り受けた由緒正しいゆたんぽをセットし、速やかにお布団にインした。
夜更かしをする理由が知りたい。
「三学期の予算は鬼瓦くん! こっちに去年の資料があるから、参考にしてくれ!」
「ゔぁ、ゔぁい!」
「花梨はインフルエンザ予防週間の挨拶運動について、保健委員の堀さんと話を詰めておいてくれるか」
「はい! 分かりました!」
「よし、毬萌! 仕事を持って帰るから、会長の決裁印くれ!!」
「みゃーっ……」
なんだよ、そのじっとりとした目線は。
「なんかね、コウちゃんが、良からぬことでウキウキしている気がするのだ」
「バッカ! 俺ぁ、アレだぞ? ちょいと用事があるから、仕事は家でちゃんとしておこうと言うアレであって、アレがナニする訳ではないからな!?」
「みゃーっ……。まあ、良いけどさーっ。はい、ぺったん」
「おっしゃあ! ありがとう! みんな、愛してるぞ!!」
不用意に愛を叫んだ俺を、何故か全員が
あとは、氷野さんとの待ち合わせ場所である、校門の前へダッシュ!
さらば生徒会の諸君。
俺はこれから天上に
「うわっ。あんた、もう待ってんの!? まだ15分前なんだけど!?」
「ふふふ。そう言う氷野さんだって、約束の15分前には来てくれているじゃないか」
「わ、私は別に! あんたに待たれて、デカい顔されたくなかっただけ!!」
「ふふふ。つまり、俺はデカい顔をして良いのだね? ふふふ」
「気色悪い笑い方すんな!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁいっ! あざっす!!」
「わ、私の蹴りが通じない!? うわっ、キモい!! もう、良いから行くわよ!」
「へい、
「その不愉快な呼び方をヤメないと、車道に押し出すわよ」
それはドライバーの方に申し訳ないからヤメて下さい。
そして、俺と氷野さんは、バス停まで移動。
ここから心菜ちゃんの学校に直通のバスがあるって言うんだから、もういっそセクシー。
心菜ちゃんの学校は、中高一貫の女子校で、お嬢様学校として県内は元より、県外にも勇名を轟かせている。
名前はアリエル女学院。
「それにしても、あんた、本当に誰も連れてこなかったのね」
「おう! だって、心菜ちゃんが言ってたんだろ? 恥ずかしいから、兄さまだけに来て欲しいって! デュフフフ!!」
「……あんた、やっぱり今すぐ窓から飛び降りてくれる?」
「走行中のバスから!?」
俺は心菜ちゃんの意向ならば、神とだってケンカをする男。
そうだよ、お前だよ、ヘイ、ゴッド。
かかって来いよ、俺の
「生徒会のみんなは何も言わなかったの?」
「おう? そうだね、特には」
「へぇー。冴木花梨とか、1番に文句言いそうなのに。あと、毬萌も付いてくると思ってたんだけど。予想外だわ」
「おう! だって、内緒にして出て来たからね! デュフフフフフ!!」
「私が降車ボタン押してあげるから、今すぐこの場から消えてくれる?」
そんなやり取りをしていると、バスはアリエル女学院前の停留所に到着。
何故か俺のICカードがバスに拒絶されるアクシデントはあったものの、無事に下車完了。
「ここら辺に来るのは初めてだけど、何この壁。すげぇ高い。花梨の家より高いよ。はい、氷野さん200円」
「あんたみたいな不審者から女子生徒を守るための措置でしょ。ん。まさか男のバス代立て替える日が私に訪れるなんて……」
「おう。俺ぁ氷野さんの初めての男になってしまったのか」
「うっさい。その口、縫い合わせてあげましょうか?」
「またまたぁ! そんな器用なスキル持ってない癖に! ああぁぁぁぁいっ!!」
氷野さん、今日の蹴りの調子は◎の模様。
スカートが捲れない程度のミドルキック。お見事です。
あと、健康的な美脚の女子に蹴られるのって、アレだね。
なんだかとっても、セクシーだね。
「心菜のお願いじゃなかったら、私だって男と二人きりで歩いたりなんかしなかったわよ!」
「俺は氷野さんと出掛けるのも悪くないと思ってんだけどなぁ。会話も弾むし、楽しいよ?」
「……バカ。そう言う事は、お宅の女子たちに言ってなさい」
そうしてやって来た、アリエル女学院の正門。
マジかよ、警備員が5人もいるんだけど。
「氷野さん、氷野さん。ここに来たこと、あるの?」
「ないわよ。だって、普段は私も学校にいるし。時間が丸かぶりじゃない。ちょっと、なんで後ろに隠れるのよ!!」
「だって、なんか俺、急に心細くなってきたんだもん」
その心細さは虫の知らせであった。
正門横の受付で、「妹の部活を見学に来ました」と申し出る氷野さん。
そこまではオッケー。
受付のお姉さんのメガネが光った。
「あの、そちらの男性はご家族ですか? 当校、ご家族以外の男性は入校を基本的にお断りしておりまして」
嘘だろう!? そんな、そんなのってないよ!!
「あら、そうですか。ちょっと、あんた。聞いたでしょ?」
負けてなるものか。
神は乗り越えられない試練など与えないって、『仁』でも言ってた。
そうさ、俺なら飛べる。そうだろう? ヘイ、ゴッド。
アイ・キャン・フライ。
「うん! じゃあ、何の問題もないね! 丸子姉さん!!」
「……はあ?」
汚いものを見るような氷野さんの視線。
それでも俺は折れるつもりなどなかった。
心菜ちゃんが俺を待っている。
理由は他に必要か?
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