第383話 教頭レクイエム

 師走と言えば、諸説ある。

 坊さんが走るほど忙しく慌ただしい月と言う話があれば、お師匠、つまり先生がチョコチョコ走るほど多忙極まる月と言う語源もある。

 俺としては別にどちらでも良いのだが、出来れば教師には走り回っていて欲しかった。


 特に誰とは言わないが、あなた。

 どうしてクソ忙しいのに、わざわざ俺とエンカウントするのか。

 今回はそんなお話。



「そんじゃ、俺ぁ職員室に寄ってから、学食にプリント貼り付けてくる!」

 今日も今日とてやる事いっぱい、生徒会。

 おつかいだって手の空いている者がする。


「すみません、公平先輩。あたしが行く予定だったのに……」

「おう。良いって! 花梨は終業式の挨拶考えなくちゃいけねぇだろ? まだ時間があるとはいえ、そういうのは先に済ましといた方が良い」

「はいー。ありがとうございます!」


「桐島先輩、僕が行きましょうか?」

「いや、鬼瓦くんは計算の作業に専念してくれ! ……君が校内を歩くと、すぐに女子が群がって来るからな」


 文化祭の後夜祭で愛を叫んだ鬼瓦くん。

 それ以来、恋バナ大好きな女子たちから質問攻めにされる日々を送っている。

 あれほど熱烈な求婚をしたのだから、まあ色々と根を掘ったり葉を掘ったりしたくなる気持ちは、分からないでもない。


「ゔぁあぁぁっ! ずびばぜん!! ああ、桐島先輩!」

「おう! 良いって事よ!」


「あ、いえ。このスタバの領収書と、植物園の領収書。経費じゃ落ちません」

「……Oh」


 やるべき事はやり、指摘すべき事はする。

 これこそ正しい会計の在り方。

 鬼神きっちり。


「じゃあ、毬萌! あとは任せたぞ!」

「みゃーっ! コウちゃんも頑張ってね! 教頭先生とケンカ!!」

「しねぇよ!! 俺だって、あのおっさん見掛ける度にケンカしてる訳じゃねぇんだぞ!!」

「にははーっ! それはどうでしょう!」


「変なフラグ立てるのをヤメろ!! ったく、行ってくるからな!」


 俺は生徒会室を抜け出して、職員室へ。

 廊下を通り抜ける風が身を凍えさせようとしていた。



「失礼します。生徒会の桐島っす」


 職員室内を索敵開始。

 目標の浅村先生を確認。その他、教師を5人確認。


 教頭の姿、なし! オールグリーン!!


「ああ、桐島くん。学期末までの進行表を持って来てくれたのかい?」

「うっす。とりあえず下書きですが、ご確認ください」

「仕事が早くて助かるよ。本来ならばこういうのは教師の仕事なのにね」

「もういい加減、花祭の特色にも慣れましたから、問題ないっす!」

「ははは! 年が明けたら生徒会選挙だもんね。今年の生徒会も成熟しきった証拠かな? うん、問題ないね。これで進めてくれて良いよ」


 俺は、いつもならそろそろ安いキャラメルみたいにネチネチした教頭の嫌味が聞こえてくるのではと身構えるも、その気配がない。

 むしろ逆に不気味ですらある。


「あの、浅村先生。教頭は?」

「あー。教頭先生なら、さっきどこかに出掛けて行ったよ。なんだか朝から元気がなくてね。体調でも悪くされているんじゃないかなぁ」

「はへぇ。あの教頭がですか。高血圧ですかね?」

「こらこら、悪いからそういう事を言っちゃダメだよ」

「うっす。では、俺は学食の掲示板を張り替えに行ってきます! 失礼します!!」


 浅村先生と淀みのない打ち合わせをした俺は、学食へ進路を取る。

 そう言えば、新メニューにホットチョコレートとか言う、オシャンティーな飲み物が加わるのは今日だったはず。


 ふふふ、みんなには悪いけど、ちょいと休憩がてら頂いてしまおうか。

 おつかいのお駄賃だと思えば、ふふふ。


「生徒会でーす。ちょいと掲示板張り替えますんで、申し訳ないんですがこの辺空けてもらえますか? ほこりが舞うといけないんで」

 俺の要請に愚痴の一つもなく応じてくれる学友。

 とってもステキ。ステキを通り越してもういっそセクシーだね。


 が、しかし、むしろ俺が要請を出してからわざわざ近寄って来る大きな影が。

 一体誰だ、まったく困ったや


「桐島くん、君ねぇ。ああ、特に言う事はないんだけどねぇ。……精が出るねぇ」



 パターン青! 教頭です! 誰かー!!



「……うっす」

「……はぁ」


 ……………………。



 なんでこの人、立ち去らないの!?



「……はぁ」


 ああ、ため息つきながら去って行った。

 良かった、新しい嫌がらせかと思ったよ。

 よし、とりあえずさっさとプリント貼り付けて、生徒会室へ戻ろう。


「……桐島くん」


 戻ってきたけど!?


「……これ。飲んだら良いんじゃないかねぇ。疲れた時には糖分だからねぇ」


 なんか紅茶花伝を寄越して来たけど!?


 あの教頭が、俺に差し入れを!?

 しかも、俺が好きな紅茶花伝を!?

 なにこれ、どうした、あれ、もしかして俺、知らないうちに世界線越えてる!?

 教頭と仲良しな世界線って、なんかすげぇ嫌なんだけど!!


「い、いただきます」


 とは言え、差し入れを渡されて「いらねっす」と断れるほど俺もドライではない。

 まあ、生徒会室に持って帰って、美味しく頂こう。


「……はぁ。ちょっと、こっちに来て座ったらどうかね?」

「ゔぁあぁぁっ」


 差し入れを受け取った以上、断り辛い!

 しかも相手は一応目上の人であるからして、これはもう、従うしかない。



 こうして、地獄のアフターヌーンティータイムが始まった。



「……はぁ。君は良いねぇ。なんだか、悩みが少なそうだもんねぇ」

「……うっす。いえ、そんな事もないっすけど」

「……はぁ。そうだねぇ。誰しも悩みってものは、あるものだからねぇ」

「……うっす」


 誰かー。助けてー。


 俺の願いは通じたのか。

 非常に判断に困る人物がやって来た。


「あらら! 教頭先生! 探しましたよー! 職員室にいないんですから! あれ、桐島くん! これは珍しい組み合わせ! よし、おじさんも混ざろう!!」

「が、学園長!? いや、俺ぁ!!」

「まあまあ、良いから! あらら、もう飲み物ないじゃないの! よし、おじさんが奢っちゃうぞ! 同じもので良いかな!?」

「いや、もう、マジでアレなんで! アレがナニなんで!!」

「はい、おまたー!」


 俺が何したって言うんだ。


 教頭に加えて、学園長まで参加のティータイム。

 こんな圧迫されるティータイムがあって良いのか。

 すげぇ周りの生徒から見られてるんだけど。


 そりゃそうだよ。あいつ何やらかしたのってなるよ。

 だって学園の一番偉い人と、次に偉い人と、エノキタケが並んでんだもん。

 え? なに、ゴッド?

 うんうん、これが本当の放課後ティータイム?


 ぶち殺すぞ!! なにがふわふわタイムじゃ! こちとらフラフラじゃい!!


「聞いてよ、桐島くん! 教頭先生ったら朝からこの調子でさぁ! なんでもね、奥さんが実家に帰っちゃったんだってさ!」

「……マジですか。それはまた、何と言って良いか」

「……靴下がねぇ。脱いだら、ドーナツみたいになるよねぇ。妻が、それをヤメろって言うものだからねぇ、ちょっと反論したら、このざまでねぇ……」


 熟年離婚って、些細な事の積み重ねだってテレビで言ってたなぁ。

 ヨネスケも離婚した時、しょんぼりしてたもん。晩ごはん独りだって。


「しかもね! 娘さん、ああ、教頭先生の娘さん、大学生なんだけどね! 聞いてよ、スペイン人の彼氏ができて、同棲するからって家出しちゃったらしいよ!!」

「……ああ。大変ですね」

「……おかしいと思ってたんだよねぇ。急にグラシアスとか言い出すもんだからねぇ。ボクにはサッカーにハマったって言ってたのにねぇ」


 ちょっと気の毒過ぎて、言葉が出てこない。


「ハマってたのはスペイン人の彼氏だったんですよね! ぷー! くすくす!!」


 あんたはよくもまあ、そんだけ言葉が出てきますね!?


「……桐島くん。何でもないようなことが幸せだったと思うって、アレは本当だねぇ」

「教頭先生! ロード歌ってる高橋ジョージもそう言えば熟年離婚しましたね!!」

「……学園長は良いですねぇ。独身貴族でねぇ。ボクも仲間に入る事になるんですかねぇ」

「何言ってるんですか! 教頭先生!!」


 そうだ、学園長。

 ここは一つ、何か景気の良い言葉で励まして、この不毛な会を終わらせて!

 毛が無いのは教頭の頭だけで充分だから!!



「教頭先生が独身になったら、ただの独身平民ですよ! あっはっはっは!!」

「……桐島くん。……憎しみで人って殺せるのかねぇ」



 気付けば2本目の紅茶花伝も空になっていた。

 この苦い空間に居続けるには、この程度の糖分では足りなかったのだ。



 誰かー。助けてー。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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