第382話 公平と家族会議と毬萌
「コウちゃん、来たよーっ!」
「おう。悪ぃな」
さて、久しぶりの始まり方である。
ただ、いつもと違う点がある。
普段は毬萌が呼んでないのにやって来て、俺の本棚を荒らしたりするのが定番であるが、今日に限っては俺が彼女をお招きした。
何故か。
実に気が重たくなる理由であるがゆえ、それはじっくり話そうと思う。
「みゃーっ! コウちゃんのお部屋はコタツがあって良いですなぁー」
「冬って言ったらこれだろ。やっぱり定番だよなぁ」
「コウちゃんだけズルい! わたしだってお部屋に欲しーっ!!」
「いや、お前、それは自業自得ってヤツだろ……」
毬萌の部屋にも中学生の頃までは冬になるとコタツが登場していた。
しかし、高校進学と時を同じくして、彼女のコタツは姿を消した。
「なぁんでー!? わたし、コタツのこと、愛してたのにっ!」
「愛が深すぎたんだな」
「家に帰ったら制服脱いですぐに入って! 夜までずっと入って! ついでに夜もそのまま寝てたのにぃーっ!!」
「それが原因だとなんで分からんのだ!」
毬萌のコタツ好きは少々『好き』の範疇から逸脱しており、いわゆるコタツムリ化するのが彼女の両親と俺が抱える冬の悩みの種であった。
食べたオヤツのゴミは片づけないし、手の届く範囲に必要なものを散乱させるし、挙句の果てにはコタツの中で服を着替えだしたアホの子。
「いくらなんでもこれはいかん」と、俺たち3人が立ち上がった。
毬萌に真っ当な人間になってもらうために、仕方のない措置だった。
「お前、夜もコタツで寝るじゃねぇか! 風邪ひくからダメだって言ってんのに!!」
「だって、暖かいんだもんっ!」
「だからこうなったんだよ!!」
そうして毬萌のコタツは彼女の家から
そうとも、もはや説明の必要もないだろうが、敢えて言おう。
俺の部屋のコタツ、元は毬萌のものである!!
「みゃーっ! わたしのコタツを奪うなんてひどいっ! 略奪愛だよっ!」
「ふふふ、俺もなかなかに悪い男だろう?」
「コウちゃんのバカーっ! えいっ!」
「冷たっ!! おまっ、ヤメろよ! つーか、いつ靴下脱いだんだ!?」
「にははーっ! コタツの中で服を脱がせたらわたしに勝てる者はいないのだっ!」
「威張る事かよ、それ。つーか、冷たい! 俺のホカホカの足から体温を奪うな!!」
「ところで、コウちゃん!」
「おう。なんだよ」
「進路決めたの?」
「……だからお前を呼んだのよ」
進路調査票が母さんに見つかったのは、昨夜の出来事。
俺がコンビニに肉まん買いに行った隙に、部屋に侵入を許してしまった。
もちろん、「勝手に部屋に入るんじゃねぇよ!」と抗議した。
すると母さんはこう言った。
「蜘蛛の巣が台所にかかっててね! あんたの玩具の剣借りに来たよ!」
「
そののち、新聞紙を丸めた剣で蜘蛛の巣を除去。
そこまでは良かった。
だが、話はそこで終わってくれなかった。
「それで、何だいこの紙は? ええ? こういうのは、親に一言相談するものじゃないのかい!? あーあー、嫌だよ、親不孝者だねぇ!」
人質に取られた進路調査票。
それが白紙だったので、俺は思わず言ってはいけない事を口走った。
「だ、だから、相談しようと思ってたんだよ!」
我ながら、何という悪手。
気付いた時には遅かった。
「じゃあ、明日は家族会議だね! 結論が出るまで何時間でも続けるからね!!」
「……Oh」
もうお分かりかと思うが、俺が求めたのは緩衝材である。
母さんとガチンコの法廷バトルをして勝てるはずがない。
ならば、せめて風よけくらい欲しい。
困ったときの幼馴染。
俺は毬萌を夕飯にお招きする事にした。
「安心して! コウちゃんの弁護はわたしが頑張ったげるのだっ!!」
「おう。今日ほど毬萌が頼もしい日はねぇよ」
「……すき焼き、楽しみだねぇー」
毬萌を召喚するために、俺は私財をなげうって、すき焼きの準備をした。
母さんに昨日、今日の献立を聞いたところ「モヤシとベーコンの炒め物だよ!」と言う、しょっぱいメニューが帰って来たからである。
毬萌はモヤシが好きではない。
つまり、晩飯のメニューを聞いた途端に「コウちゃん、頑張って!」と
そのために俺は、全部で1500円もする肉をスーパーで買う羽目になった。
「毬萌ちゃーん! ご飯できたわよー!! 降りてらっしゃーい!!」
「みゃっ! はーい!!」
さあ、審議が始まる。
あと、毎回だけど、俺の事も呼べよ。
「やあ、今日は豪華だなぁ! 母さん、何か良い事でもあったのかい?」
「あらヤダ! 今日もお父さんが元気だから、毎日良い事だらけよ!」
「そうかぁー。母さんが今日も奇麗で、父さんも幸せだよ!」
「もう、お父さんったら、正直! エビスビールね!!」
俺の買ってきた肉の前でイチャイチャすんな。気色悪い。
あとエビスビールを常備するなら、晩飯のオカズ考えてくれ。モヤシとベーコン、せめてベーコンを豚肉に。いや、もう、ちょっと高いハムでも良い。
そして食事は静かにスタート。
するはずもなかった。
「あんた! 進学するのかい!? 言っとくけど、うちはお金ないからね!!」
「そうかぁー。もう公平も進路を決める頃かぁ。大きくなったなぁ」
「……おう。一応、進学しようかとは思ってんだけど」
「志望校は決めたのかい? あそこにしなよ! ジャックカレッジ!」
「おお、あそこは評判良いもんなぁ」
「それ駅前にある英会話教室だろうが!!」
「実践的な英語をジャック先生が教えてくれるんだよ! パート先でも評判なんだからね! ジャック先生を甘く見たら承知しないよ!!」
「進路が駅前留学と言うのはアレだなぁ、きっと先生たちの間でもバカウケだろうなぁ! ははは!!」
こうなるから嫌なんだよ!
うちの両親、放任主義の極致なんだもん!!
「学費はバイトで稼ぐから、大丈夫だよ」
俺の言葉に、母さんの目が怪しく光る。
「あんた、バイトしながら勉強できるのかい? 仕事と学業、どっちも
そのくせ正論を吐いて来るのだから、堪ったもんじゃないね!!
毬萌ー! 毬萌さーん!! 助けてー。
「あーむっ! んーっ! コウちゃん、おいしーよ!」
「お前、それ俺の肉! そして俺の皿! 春菊だらけじゃねぇか!!」
「にへへっ、トレードしたのだ!」
「こんなに損するトレード受けるヤツがあるかい!! 俺の肉を返せ!!」
「あーむっ!」
ちくしょう! 俺の味方なんてどこにもいねぇ!!
「まあまあ、母さん。大学で学びたい事を見つけるって手もあるよ。それに、父さんが母さんと出会ったのも大学だからね! 公平、大学は良いぞ!」
「ヤダ、お父さんったら! 大学時代から全然変わらないんだから!!」
嘘つけ! 大学時代から父さんハゲてたの!?
「公平。父さんは大学進学、応援するよ。お金なら心配するな。父さん、最近な、競艇の予想の精度が高くなってきた気がするんだよ!」
セリフの前半だけ聞いて、「俺の父ちゃん、良い親だなぁ」と思う事にする。
だって、最近昼過ぎには退社して、毎日競艇場行ってるからね、父さん。
そりゃあ詳しくなるよ。と言うか、クビが迫ってきてない!?
「お父さんがそう言うなら、母さんも認めてあげるよ! でもねぇ、あんた、家から通えない大学だと、一人暮らしでしょう? 母さんはそこが心配だね」
「そうだなぁ。お金も乏しくて初めての一人暮らしは、何かと苦労するぞー」
「大丈夫だって! 俺ぁ生活力ある方だから!!」
「あんた、バカだねぇ! 生活力はあっても体力がないだろう!!」
「母さん、ダメだよ。公平だって気付いているんだから……」
そして満を持して、俺の幼馴染がこの場にて最強である証明が行われる。
「大丈夫だよ、おじさん、おばさん! コウちゃんはね、わたしと一緒に住んだら良いのだ! だったら安心でしょー?」
「おお! それは良いなぁ!」
「そうね! 毬萌ちゃんが一緒なら、公平が路頭に迷うこともないわね!!」
俺の両親の毬萌に対する謎の信頼感。
もうその根源を探すのは諦めたが、今回はそれに救われた。
「……毬萌」
「ほえ?」
「デザートにプリン買ってあるから」
「やたーっ! コウちゃん、やさしーっ!!」
ただ、こいつと一緒に住むのは嫌だ!
絶対に苦労するもの! 一人暮らしの2倍、いや3倍!!
そこに関しては、卒業までにどうにか説得しなければ。
あれ? むしろ問題が増えてね? と思った、我が家の家族会議。
……俺、ひとつも飯に箸付けてないのに、春菊しか残ってねぇでやんの。
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