第381話 楽しい植物園デート

「あたし、植物園って初めてです!」

「俺ぁガキの頃に一回来ただけだなぁ。小学生も低学年の頃だから、正直サッパリ記憶にはない」


 宇凪植物園は、中央公園から1キロほど離れた場所にひっそりと佇む、今年で開園20周年を迎えるでぇベテランである。

 中は意外と広く、宇凪市営野球場の2倍の面積があるとか。

 正直疲れそうである。


「鬼瓦くんたちは何度か来たって言ってたよな?」

「はい。真奈さんと一緒に、5度ほど来ています」


「すげぇ来てるじゃん! 常連じゃん!!」


「も、もう、武三さん! 6回、だよ!」

「おかわりしてんじゃん!! さすがにそれは飽きるんじゃねぇのか!?」


 すると鬼瓦くんは、澄んだ瞳で言うのである。


「真奈さんと話し合ったんですけど、二人の恋人になった最初の記念は、やっぱり二人が慣れ親しんだ場所が良いかなと言う話になりまして」

「わ、私たち、初めて一緒に出掛けた時、も、ここに来たんです!」


 鬼神うっとり。

 嫁瓦さんにっこり。


「だったら、やっぱり二人きりの方が良いんじゃねぇか? 大事な記念日に俺みたいなエノキな先輩が居たら邪魔だろ? 花梨には言っとくから」


 俺の正しいと思われる判断に、二人は首を横に振る。

 なにゆえ。


「僕たちが恋人になれたのは、桐島先輩や冴木さん、そしてここにはおられませんが、毬萌先輩や氷野先輩のおかげですから」

「は、はい! だから、出来れば、私たちの思い出に、参加して、欲しいです!」

「はへぇー。そんなもんなのか? じゃあ、花梨もそこまで考えて同行を申し出たのか。俺はてっきり自分が遊びたいから言ってんのかとばかりひゃあおぅ!!」


 俺の背中に冷たいものがダンクシュートされた。


「せんぱーい? 聞こえてますよー?」

「違うんだ、花梨。さっきのは、鬼瓦くんの意見だ! 俺の意見じゃなあひゅぅん!」


 背中に、更に冷たいものがダンクシュート。

 ああ、これ、察するにあと2本あるな?


「ごめんなさい。花梨さんと一緒にデートできて、自分最高に嬉しいです」

「最初から素直になってくれたら良いんです! まったく、先輩はもぉー!! はい、鬼瓦くんと真奈ちゃんにも、ポカリ買ってきました!」


 なるほど、寒いとはいえ、動けば水分は失われる。

 結構な距離を移動するのだから、スポーツドリンクは必須アイテム。

 さすがは花梨さん。だからお願い、早く背中から出して下さい。


 入口で入園料を支払って、いざ探索。

 ちなみに一人500円と言うお財布に優しい価格だったため、再び先輩の威厳を取り戻すために俺が会計を担当。

 「領収書下さい。花祭学園で」と付言するのも忘れない。



 まず俺たちは、ここの売りである大温室を堪能することにした。


「先輩、先輩! 見て下さい、コーヒーの実ですって! 見たことあります!?」

「本とかでならあるけど、こんなに間近で見るのは初めてだなぁ。意外に綺麗なものだなー。……花梨の方が綺麗だけどな?」

「今の間で、何となく言うだろうなって思ってました!」

「ぐぅ……。バレていたか」

「あはは! それでも嬉しいですよ! 初デートの時に比べたら、すごい進歩です!」

「おう。……ゴレンシってなんだ? スターフルーツ?」


 うちのお料理番長が解説を引き受ける。


「ここ数年で注目されている果物ですね。熟し方によって風味が変わります。完熟すると、密に漬けたカリンみたいな味になりますよ」

「ほへぇー。花梨、なんだか親近感が湧くな! 今度食ってみようぜ!」

「良いですね! あたしも自分の名前を出されたら黙っていられません! 早速パパにメールしておきます!」


 嗚呼ああ、花梨パパが南米とかの原産地から新鮮で上質なスターフルーツを、今この瞬間にも空輸させる手続きを取っている姿が目に浮かぶ。


「そう言えば、真奈ちゃん、鬼瓦くんと手を繋いでいますね? ふふふっ、恋人つなぎじゃないですかー! 意外とやりますねー!!」

「え、やっ! これは、違くて、その、武三さんが……あぅぅ……」

「せっかくだからどうかと思って提案したのですが、まだ早かったでしょうか? どう思います? 桐島先輩」


 それを俺に聞くのかい。


「おう。良いんじゃねぇか? 恋人つなぎとか言うくらいだから、デビュー戦にゃ持って来いだろ!」

 適当な事を言う俺。

 いつからそんな無責任な事を口走るようになったのか。


「公平先輩は手を繋ぐの苦手なんですよね? 汗が出るからって!」

「おう。……俺、その話花梨にしたことあるっけ!?」


 むしろ、毬萌にすら話した事ない気がするのだけども。


「この前、高橋先輩が教えてくれました! ヒュー! って言いながら! でも、あたしは手汗とか全然気にしませんよ?」


 あの失敗アメリカン野郎、最近出番がないからって裏で暗躍してんじゃないよ。

 今度ハンバーガー食わせて、口を塞いでおこう。


「手を繋ぐも何も、ずっとくっ付いてるじゃねぇか、花梨。あと、言っとくけど俺の指、細くてビビるぜ? 俺の女装画像の注目ポイントの第3位が手だったからな」

「うっ……。手を繋いで、あたしより手が綺麗だったらちょっとショックかもです」


 俺はてめぇの女装画像の考察サイトが出来た事実の方がよほどショックだったけどな。しかもすげぇフォロワーが付いていやがるのよ。

 誰だよ、あんなものネットの海に流したの。

 水質汚染極まりないよ。


 それから、世界各地のサボテンを見て、ランとベゴニアにため息を漏らし、大温室を後にした。



「公平先輩、二人、良い感じですね」

「おう。鬼瓦くんなんて、最初は同じセリフしか言わないくらいバグってたからどうなるかと思ったけど、やっぱり積み重ねって大事だな」

「積み重ねですか?」


「まあ、俺の適当な持論だけどな。恋人になったら、そりゃあ意識は変わるだろうけど、結局は肩書が変わるだけで、人間が変わる訳じゃねぇんだし。付き合う前から仲が良かったら、付き合い始めたって仲は良いまんまなんじゃねぇか?」


 少しの沈黙、花梨さん。

 アレかな、ちょっとさかしげに語り過ぎて、キモかったかな。


 すると花梨は「えへへ」とはにかみ、続ける。


「じゃあ、あたしと先輩が恋人になっても、安心ですね! だって、今もこんなに楽しいんですもん!」


 可愛い後輩がとびきり可愛く笑うさまに勝てるものなどこの世にあるのだろうか。

 俺はないと思う。


「お二人とも、よろしければお昼にしませんか? 僕、サンドイッチを用意しているのですが」

「おっ、マジか! 鬼瓦くんのサンドイッチうめぇからな! 食おう、食おう!!」

「もぉー! 公平先輩? なんだか話を逸らされた気がするんですけどぉ?」

「気のせいだ、気のせい! 今度は花梨のサンドイッチも食いてぇな!」

「へぁっ!? そ、そうですか? じゃ、じゃあ、今度作りますね……!」


 メシマズを克服した花梨。

 彼女に食い物のリクエストが出来る日の訪れを、まさか生きているうちに拝めるとは思わなんだ。

 今日も、そして明日も、地球が平和であることを祈ってやまない。



「おー、うめぇ! んで、鬼瓦くん、進学にしたのか? 思い切ったなぁ」


 鬼瓦くんの照り焼きチキンサンドを頬張りながら、この場で唯一の先輩らしく、後輩の進路相談に乗ってみたりする。


「はい。本当は高校を出てすぐに修行へと考えていたのですが、真奈さんとも話をして、大学で経営について学んでからでも遅くはないかなと」

「わ、私は、料理の専門学校に、進学しようかと思って、います!」


「なるほどなぁー。良いと思うぞ! 目標が一本しっかり立ってんだから、そこに向かう道筋は多いに越したことはないからな!」

「せんぱーい? ご自分の進路はもう決まったんですか? 一昨日も、生徒会室で進路調査票眺めて頭抱えていましたけどー?」


「ヤメて! せっかく俺が先輩ぶってるのに! 現実を突きつけんといて!!」


 3人がにこやかに笑う。

 それからも植物園を堪能して、日が落ちる前に解散となった。



「先輩、冴木さん、今日はありがとうございました」

「わ、私も! す、すごく助かりました!」


「いやいや、気にしなさんなって。俺らも普通に楽しかったし」

「はい! またダブルデートしましょうね!」



 そして俺たちが見送った巨大な影と小柄な影が、重なる。

 「気の良い仲間が幸せそうにするのって嬉しいな」と言う俺の影にも、花梨の影がしっかりと重なっていた。


 いつの間にか寒さをあまり感じなくなっていた、とある師走の1日である。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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