第380話 花梨の策謀とダブルデート

 花梨が言った。


「あの、とりあえず何か温かいものでも飲みませんか?」


 同意しない理由がなかった。



 最近連呼しているが、12月である。

 まだ冬本番ではないと言っても、冬は冬。寒いは寒い。

 もう、かれこれ30分くらいヌートリア像の前で押し問答している。


 そして花梨は更なる手に打って出た。


「じゃあ、あたしと公平先輩で何か適当に買ってきますから! 二人は今日の予定を決めるなり、寄り添って暖を取るなりしておいてください!」

「お、おう? 花梨、あれ? 俺、行って良いのかな?」

「いいんです! 行きますよ、先輩! ほらぁ!!」


 花梨に手を引っ張られるので、これはもうどうしようもない。

 え? 抵抗しろって?

 ヘイ、ゴッド、知らないの?


 引っ張り合いって、力の強い方が勝つんだよ?


「大丈夫かな? あの二人、置いて来ちまって」

「平気ですよ。と言うか、公平先輩はデートについて行く第三者としての適性がなさ過ぎます! あ、すみません! 抹茶ラテ2つと、カフェモカ1つと……」


 スタバで注文しながら俺をお説教する花梨。

 なんという高等テクニックだろうか。

 スタバで注文するだけでも相当な量の集中力を必要とするのに。


「いや、だって鬼瓦くんが可哀想でなぁ。なんつーか、例えば自転車の練習でさ、いきなり手を離せって言われても、転ぶかもしれないじゃん?」

「何回か転ばないと自転車に乗れるようにはならないです! 先輩が優し過ぎて、デートが始まらないじゃないですかぁ! あ、先輩、苦いのダメですよね?」


 花梨の言う事には筋が通っており、俺は黙って頷く。

 そして、俺は苦いのがダメなので、やっぱり黙って頷く。


「あと、ロイヤルイングリッシュブレックファーストティーラテをお願いします! 良いですか? デートは戦いなんです! 恥ずかしいから誰かについて来てなんて言ってたら、何も進展しません!!」

「お、おう。ろ、ロイヤル? ブレックファースト? ……確かにそうかもしれん」


 花梨が謎の呪文を唱えて、正論も口にした。

 そもそも、このアウェー全開のステージで、俺に発言権などない。


 デートのいろはも花梨に学んだ俺であるし、あとスタバで注文した事も一度もないので、こうなるともはや、俺もお荷物。

 付き合いたての距離感失い系カップルと、そもそも役に立てない俺。

 そんな3人を一人で引っ張る花梨さん。マジ女神。


 花梨が「さあ戻りましょう! 多分どうにかなってます!!」と、頼もしいセリフで店を出る。

 俺は、せめて先輩らしく会計だけ済ませて、「あ、領収書下さい。花祭学園で」と、鬼瓦くんのスキを突いて経費の不正計上を目論む事くらいしかできない。


 そんなに上手くいくのかしらと後をついて行くと、そこには——。



 ヌートリア像の前で、寄り添って暖を取っている二人が!!



 花梨が「言ったでしょう?」と大変可愛いドヤ顔を披露。

 俺は「降参だ」と最初から掲げていた白旗をよく見えるように振りながら、二人に飲み物を手渡した。


「それで、お二人は予定、決まりましたか?」

「あ、えっと、あの、ね! 植物園、行きたい、なって! 武三さん、と!」

「ゔぁあぁぁっ! 勝手に行き先を決めてすみません!!」

「おう。良いんじゃねぇの? 二人に合ってると思うぜ?」


 鬼瓦くんもいつの間にか咆哮の方向性が元に戻っているし、なんだか二人を見ているだけで甘いし、俺も安心したついでに飲み物を口にした。

 ロイヤルイングリッシュブレックファーストティーラテ、甘くて美味しい。


「じゃあ、あとは二人っきりで平気だな!」


 俺は間違ってなどいなかったはずである。

 だって、初デートならば、二人きりの方が良いに決まっているし、そうなると邪魔者は退散するべきだし、家に帰ってアニメ見たいし。


「ゔぁあぁぁぁっ! 桐島先輩、帰らないで下さい!!」

「そ、そうです、よ! せっかく、来て、下さったんです、から!!」

「公平先輩、帰るつもりだったんですか!? それって酷くないですか?」


 誰も俺の意見に同意してくれない。

 なにゆえ花梨まで俺を帰らせてくれないのか。

 これは、是非とも聴取する必要がある。


「花梨。ちょっとこっちに」

「えー? なんですかぁー? 内緒話ですかぁ?」

「おう。……なあ、俺ら帰っちゃダメなのか? 二人だけでも多分平気なんじゃ?」

「はい! もう二人で全然平気だと思いますよ!」

「おう。おう? ちょっと待ってね。……辻褄が合わねぇ!」

「もぉー! 公平先輩はやっぱりこういうところが公平先輩なんですから!」

「うん。と言うと?」


「せっかくお休みの日に会えたんですから、ダブルデートするに決まってるじゃないですかぁ! ……逃がしませんよ? せーんぱい!」

「……Oh」


 腕にやたらと柔らかくて温かい感触を覚えながら、いつの間にか俺もデートの参加者になっていた事実と対面。

 ならばその感触を振り払って帰れば良い?

 ゴッドさ、健全な男子高校生がこの感触に抗えると思ってる?



「さあ、それじゃあ植物園に向かいましょう! 鬼瓦くん、バスの時間を見てきてください!」

「ゔぁい!」

 鬼神超特急。


「あの、花梨ちゃん? よ、良かった、のかな? 私、二人の邪魔、してない?」

「あはは! 真奈ちゃん、平気ですよ! むしろ、あたし達が二人の邪魔しちゃいますから!」


 なんかまた女子たちが高度な会話をしているので、俺は飲み物の空いた容器を集めて、速やかに処理しておくことにする。

 地球に優しく、リサイクル。


「今から12分で中央公園行きのバスが出ます! ゔぁい!!」

「た、武三さん、お疲れ、さま!」

「ははは! 何度も行っている場所だから、乗り場も覚えちゃったよ」

「でも、結構、久しぶり、だね!」


 無粋なツッコミかもしれないが、聞いてしまう俺。


「なあ、何回も行った場所が初デートで良いのか? つーか、そもそも君ら今までもデートみたいな事を何十回もしてるじゃねぇか痛いっ!?」


 花梨に頬っぺたを引っ張られた。

 ヤメておくれ、余分な肉が付いていないのだから、強く引っ張ると裂けちゃう。


「せんぱーい? 先輩は恋の知識がまだまだ必要みたいですから、バスが来るまでこっちで一緒にお勉強しましょうねー?」

「ひぃ!? なんで花梨さん、ちょっと怒ってるの? 待って、なんかごめん! マジでなんかごめん!! よく分からんけど、なんかごめん!!!」


「真奈さん、僕たちもあんな風になりたいね」

「うん! そ、そうなったら、す、ステキ、だね!」


 花梨に引きずられていく俺を見ながら、未来予想図を描くのヤメてくれる?


 それから、「恋人になる前のお出掛けと恋人になってからのお出掛けは全然違う」と言う講義を10分間みっちり受けた俺は、恋愛偏差値が1上がった。



「ふふふーん! 寒いですけど、お天気は良くてなんだか嬉しいですね!」

「おう。そうね。バスの窓際、日が差して暖かいなぁ」


 バスに揺られて植物園へ。

 15分の車内旅行。


 2つ前の席では、鬼瓦くんと勅使河原さんが幸せオーラを周りに振りまいている。

 俺と花梨は、それを見守るように、最後尾の座席。


「暖かいのは日差しだけですかぁ?」

「……お日様ってステキだよね。何も言ってないのに陽光で俺たちを照らしてくれる」

 いっそセクシーだよ。


「じゃあ、もっとくっ付きましょうか? ギューッとした方が良いですか?」

「ばっ! もう、ホントにばっ!! 花梨、花梨さん! もう少し離れて!!」


 俺の腕には花梨がくっ付いている。

 文化祭の時も思ったけども、君のアレはナニだから、そうやってくっ付かれると、俺も理性が常時踏ん張らなくてはならないので、色々アレである。


「えへへ。思いがけず公平先輩と一緒にお出掛けできるなんて、ラッキーでした! 真奈ちゃんに感謝しないとですねー!」

「それに関しちゃ、まあ、俺もだよ。なかなか休みの日には会えないもんな」

「……先輩もラッキーでした?」


「おう」

「もぉー!! なんでそういう時だけ全然照れないんですかぁー!! せめて言い淀んでください!! 乙女心ハンターですか!!」



 謎のジョブチェンジをして、バスは一路、植物園へ。

 このよく分からないデートは、もう少しだけ続くのだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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