第379話 公平と後輩デートと花梨さん

「桐島先輩。僕の恰好、おかしくないでしょうか?」

「決まってるって! もう、ビックリするくらい似合っているとも!!」


 現在、鬼瓦くんと仲良く駅前広場にて待機中。

 待ち合わせの目印は、駅前広場ではお馴染み、ヌートリアの銅像前。

 実は以前、かなり前に毬萌と駅前デートした時に、このヌートリアの銅像とは会っている。


 久しぶりだなぁ、お前。

 特定外来種のくせになんでうちの街のマスコット面してんのかは甚だ疑問だが、ちょっと可愛くデフォルメされている辺り、げっ歯類好きとしては惹かれるね。


「桐島先輩。僕の恰好、おかしくないでしょうか?」


 時が戻ったのかな?



 違う。

 鬼瓦くんのこの質問、実に8回目である。

 ちなみに彼のコーディネートは、ストレッチ仕様のジーンズに、少し胸元にゆとりのあるシャツ、そしてストレッチ素材のジャケット。


 実に無難。ちょっと置きに行った感すらあるが、無難こそ正解。

 ちなみに、なにゆえストレッチ素材なのかと言えば、鬼瓦くんの家に迎えに行った時に着ていた服は、彼が「ゔぁぁあっ」と気合を入れたら裂け散らかったから。


 パパ瓦さんが落ち込む息子の元に銅で出来たスーツケース持って来て、「武三ぅぅ! こいつを着ていきぃなぁよぅ!」と取り出したのが今の装備。


「父さんもねぇい、母さんとの初デートの時にぃ、服がビリビリに裂けたんだよぉ! この鬼瓦家秘伝のオシャレ着のぉ出番だぁねぇい!!」

「頑張りなさい、武三! お赤飯炊いて待っているわよ!!」

「ゔぁあぁぁっ! 父さん、母さん! 僕はやるよ!!」


 こんなやり取りが俺の前で行われていた。

 ちなみに俺はパパ瓦さん特製『タピオカキャラメルマキアート』とか言う、美味いに決まっているスイーツを飲んでいたので、特に不満はない。



「桐島先輩。僕の恰好、おかしくないでしょうか?」

「決まってるよ! 大丈夫! 俺の2000倍カッコいいって!!」


 そして現在。

 鬼瓦家伝統のオシャレ着を一切信用していない鬼瓦くんがここには居た。


 鬼瓦くん、どうしたと言うのだ。

 俺の恋物語で困った時にいつも的確なアドバイスをくれた君はどこ行った。

 海水浴の時にした恋バナなんて、俺、感動すらしちゃったのに。


「桐島先輩。僕の恰好、おかしくないでしょうか?」



 コピペかな?



 俺の感動の思い出が、音を立てて崩れていく。

 鬼瓦くんが最初の町にいるNPCみたいになってしまった。

 ゲームなら3回会話したら「ああ、こいつ2パターンしかねぇんだ」と判断して放置するけど、悲しいね、これが本日の主役!



 そしてその時はやって来た。


「た、武三、さん! お、お待たせ、しました!」

「ぴゃあぁぁぁぁっ!?」


 鬼瓦くん、しっかりしろ!

 そこは「ゔぁあぁぁぁっ」だろ!?

 アイデンティティを失うな! 帰ってこい!!


「ぴゃ、ぴゃい。ま、真奈さん、今日も可愛いね」

「も、もう! ちゃんと、私の服、見てから言って、よ!」



 さて、帰って積んでるアニメでも消化するか。


「ぴゃぁあぁあっ!! 先輩! せんばい!! どうじで帰ろうとしているのですか!?」

「いや、だって、ぎこちないけど会話も成立してるし。何より甘いし」

「帰らないでぐだざい!! お願いです、僕、体でも何でも売ります!!」


「ちょっと!? 駅前でそんなこと大声で言わんといて! 誤解が走って来るから!!」


 その後、「もう何を話したら良いのか分かりません……」と、バスケ部を襲撃し終えて安西先生の前に出た三井のように力なく座り込む鬼瓦くん。


 ダメだよ、とりあえず俺とお話してちゃ。

 せめて勅使河原さんを相手におのが無力を嘆きなさいよ。

 きっとそこから会話が生まれるよ。


 そう言えば、放置している彼女側から抗議が来ないな?

 そろそろ句読点を取っ払った勅使河原さんに俺が怒られる頃合いだと言うのに。


 鬼瓦くんに下半身をロックされたまま、頑張って反対側を見る俺。

 体は細くてすぐ折れそうでも、意外と柔軟性に優れているのがエノキタケ。


「か、花梨、ちゃん! もう、私、何を話したらいいか、分からない……!」

「……はい。あの、ですから、その気持ちを鬼瓦くんにぶつけましょう?」



「あっ。花梨」

「へ? 公平先輩?」



 お互い、一目見ただけで自分の置かれた状況と相手の置かれた状況を理解する。

 すごいね、『君の名は』のラストシーンみたいだね。


「鬼瓦くん、ちょっと良いかな?」

「ぴゃあぁぁぁぁあぁぁっ!! 良くありません! 行かないで下さい!!」

「おう。オッケー、分かった」


 俺は辛うじて自由を保っている両腕で、ポケットからスマホを取り出し、ピポパ。

 どこに電話をかけるのかって?


 スタッフサービスか花梨のどちらかだろうな。


「おう。花梨? なんつーか、そっちは勅使河原さんの随伴だったか」

『はい。真奈ちゃんに、どうしてもついて来てって言われちゃいまして。まさか、公平先輩もだったなんて、驚きです』


「お互い、愚痴りたい事は山ほどあると思うが、とりあえずこの二人に会話をさせようかと思う。恋に敏感な女子の意見を聞きたい」

『それが良いと思います。あと、先輩、これもう恋とかそういうのじゃないです。ただの恥ずかしがり屋が二人揃っただけです。まだラブは始まってません』


 俺は頷いて、電話を切った。


「鬼瓦くん。とりあえず、勅使河原さんの服を改めて褒めよう。デートのスタート地点に立とうじゃないか」

「ぴゃあぁああぁぁっ!! 真奈さんを見ていると、大胸筋が脈打ってしまい……」


 俺が花梨と人生初のデートをした時も、それはなかなかに酷いものだったけども。

 とりあえず相手の今日のコーデを褒めるくらいはできたよ!?

 しっかりしてくれ、鬼瓦くん。

 君は、これまで築き上げてきた頼れる後輩男子のポジションをほぼ捨てにかかっている事に気付いてくれ!!


 それから15分かけて、俺と花梨は少しずつ距離を詰めて行き、ヌートリア像の前で彼らを対面させた。

 そして、俺は誰に請われるでもなく、なめらかに口をすべらせる。

 すごく頭の悪そうな文章!


「今日の花梨はスカートにタイツか! 元々スタイルが良いのに、黒いタイツで脚が細く見えるな! でも、スカートは短め! これは男として結構嬉しいぞ!!」

「もぉー! まずスカート丈からですかぁー? 公平先輩、あたし、バッグとかコートも含めて、全身コーデで見て欲しいです!」


「いやぁ、これはすまん! はっはっは!」

「もぉー! 困った先輩です! あはは!」



 俺と花梨の思考は完全なるシンクロニシティ。

 「こうやるんだぞ!!」と、はじめてのおつかい状態の二人にお手本を見せる。



 そして、ついに鬼が動く。


「ま、真奈さん! きょ、今日のロングスカート、ステキだね? フェミニンな雰囲気がとてもよく似合っているし、気品を感じるな」


 おい。俺のお手本を軽々超えるんじゃないよ。

 なんだ、フェミニンって。俺の知らない言葉を使うんじゃないよ。


「た、武三さん、も! 大胸筋と、腹直筋が、バランスよく目立ってて、と、とっても、鬼神的オーガニックなスタイルで、私、ドキドキ、する!」



 オーガニックって多分、そういう使い方する言葉じゃないと思うんだ。



 まあ、何はともあれ、どうにか二人も会話出来たことだし、あとは若い者どうし、仲良くやってくれたまえ。

 俺は晴れてお役御免だ。


「じゃあ、俺ぁそろそろお暇するよ」

「桐島先輩、帰らないで下さい。お願いします。私、困るんです。どうしてそんなことするんですか? ひどくないですか? ねえ、先輩?」


 動きが見えなかったけど、勅使河原さんにがっちり腕を掴まれている。

 句読点はどこに置いて来たの?


「ぴゃあぁあぁぁぁっ!! 冴木さん、お願いだから! 僕を見捨てないでぇぇぇっ!!」

「や、ヤメて下さい! 分かりましたから、引っ張らないで下さい!!」


 あっちは大胸筋と腹直筋の調子が良くて、その鳴き声から少しずつ強面な小島よしおに見えて来た鬼瓦くんが、花梨にすがりついていた。


 見事な連係プレイ。息ピッタリじゃないか。



「それで、この後はどこに行く予定だったんだ?」

「あ、あの、実は、決めてなくて……。ご、ごめんな、さい」


「鬼瓦くんは行きたいところとかないんですか!? ほら、自分の得意な場所ですよ! そこで女子をエスコートするんです!」

「ち、地下闘技場とかかな?」



 不意に花梨と目が合う。

 俺達くらいになると、もうそこに言葉とかいらない。


 「帰りたい」「帰れそうにないです」「そうかぁ……」「はい……」


 アイコンタクトでこのくらいの意思疎通は出来て当然。

 そして俺は切り替えた。


 分かったよ、鬼瓦くん。

 これまで受けて来た恩を返そう。今日、これから。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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