第378話 鬼瓦くんとSОS
12月。師走である。
季節はもちろん冬。だったらもちろん、むちゃくちゃ寒い。
今年は例年よりも冷えると言う話だから、まだ冬も全然本気じゃない。
四天王の中でも最弱のヤツと闘っている時分であろうか。
この寒さで最弱と言われるのなら、俺は敵の軍門に下るのもやむなし。
「うー。寒ぃなぁ。戻ったぞー」
生徒会室の中は暖かかった。
誰だ、こんな快適な空間から俺を独り印刷室へ追いやったのは。
「おつかれさまーっ! 寒かったでしょ! 入って、入ってーっ!」
「あたし、お茶淹れますね!」
「すみません。桐島先輩におつかいをさせてしまって」
「にははっ! コウちゃん、じゃんけん弱いんだもんっ!」
じゃんけんと言う名の民主主義が悪の総本山であったか。
とりあえず、暖房の効いている生徒会室は冬において無敵。
最弱の四天王? 俺は今から熱いお茶飲むから、帰ってもらって。
「やれやれ。デカいイベントは文化祭で片付いたとはいえ、なんだかんだで仕事ってのは減らねぇもんだなぁ」
「ですねー。と言うか、冬休みが始まるせいで、普段なら月末まで大丈夫な書類の締め切りが早まって困っちゃいます。はい、先輩、どうぞ!」
「おう、サンキュー」と礼を言って、花梨が淹れてくれたほうじ茶を受け取る。
ああ、冷えた体に染みわたりますな。
「こればっかりは毎年仕方ないんだよねぇー。去年も大変だったよぉ!」
「毬萌先輩、書類、仕上がりました」
「ありがとーっ! すぐに確認するねっ!」
俺が茶をすすっている間に書類を仕上げる鬼瓦くん。
鬼神スマート。
そして彼がこっちにやって来る。
なにかしら。お茶請け? なんだか申し訳ないなぁ。
「桐島先輩」
「おう」
「ちょっとお話があるのですが」
「ん。どうした?」
「いえ、あの、ちょっとここじゃ……。外に出ましょう」
今やっと外から帰って来たのに!?
「すみません。お願いします。なんでもします。僕を好きにして下さって結構です」
「なんでそんな誤解を呼びそうな言い方すんの!? 分かったよ」
「すみません。僕はちょっと、お花を摘みに」
鬼瓦くんが自然な感じでエスケープ。
「おう。俺も花摘んで来るよ」
「えっ!? コウちゃん、今戻ってきたのに? なんだか変だなぁ。コウちゃん、実は合理的な行動をするから、外に出る時におトイレも一緒に済ませるはず!」
どこぞの体は子供、頭脳は大人な名探偵みたいな事を言うな。
大丈夫、お前は体も大人だよ。
「急に行きたくなったんだよ!」
「でも、確かに妙ですねー。普段の公平先輩なら、二人同時に抜けっと仕事が滞るだろ! とか言いそうなのに……。じーっ」
何なの、この子たち!
そりゃあ、俺は実際のところ、別にトイレに行きたくはないけどもさ!
良いじゃねぇか、たまにはそう言う事もあるだろうに!
二人して、どうしてジト目で俺の事見るんだ!
俺がもし本当に催していたら、アレだよ? お漏らし警報出てるよ!?
「ええい、ちょっとトイレ行ってくるだけだわい! すぐに戻るから!!」
結局、強行突破するしかなかった。
俺は扉を勢いよく開けて、再び寒気漂う廊下へゴー。
俺を慕う大事な弟分が待っているのだ。
「……すみません。先輩」
「うおっ!? ビックリした!!」
そう言えばどこで落ち合うのかしらと思い、一歩踏み出して立ち止まったところ、背後に鬼瓦くんが立っていた。
聞けば、ドアの間に挟まっていたと言う。
君はそれするの好きだなぁ。
「それで、どうしたんだ? あいつらが居ると話しにくい内容なんだろ?」
「はい……。すみません」
生徒会室から一番近い椅子のある空間が中庭だった。
当然だけども、人の姿なんてあるはずがない。
だって寒いんだもの。
内緒話なら思いっきりしなさいな、と中庭の草が俺たちを出迎えた。
「おおおおう、寒ぃ。とりあえず、何か買おう。鬼瓦くん、コーヒーブラックだっけ? ああ、違うな、微糖だ」
「ゔぁあぁっ! すみばぜん! お話を聞いてもらうのに、僕の飲み物まで!!」
「ああ、良いんだ。だって、俺が欲しいんだもん。ほい、コーヒー」
そして俺は午後の紅茶ミルクティー。
何故ならば温かくて甘いからである。
「そんで、どうした? 進路についてか? 1年はこの時期、進路調査票を提出するもんな。大学に行くか、そのまま実家の店継ぐか悩んでんの?」
「ゔぁあぁあぁっ! 先輩、どこまでも僕の事を!!」
「まあ、俺たちも付き合い長いからな。大学に行くのも悪くないと思うぞ? 通いながらでも修行は出来るだろうし、見識を広げる機会を最初から除外するのはな」
「あ、すみません。進路の話ではないんです」
俺がしたり顔で持論を語る前に言って欲しかったな。
「そうなると、何だろう? 俺でお役に立てれば良いが」
「こんな話、先輩にしかできないんです」
「えっ? なに? アレかな、いやらしい話? 俺の秘蔵のコレクション、貸そうか?」
「違います」
もう本題まで黙っていよう。俺が勝手に傷を負っていく。
「どうしたら良いのか、分からなくなってしまって」
「おう。……何が?」
「真奈さんとの付き合い方がです」
「それ、俺でお役に立てるかな!?」
恋愛経験値の観点から見ても、女子力、および乙女力の観点から見ても、逆立ちして見ても、俺が鬼瓦くんにその手の話で勝っている点が見つからないのだが。
しかし、鬼瓦くんは続ける。
いつになく必死な表情の彼を見て、俺は察する。
あ、これ、溺れてるな。
「まあ、聞くだけ聞いてみよう。期待はせんでくれ」
「ありがとうございます。これまで、真奈さんの事を異性として意識した事がなくて、いざお付き合いするとなると、変な意識が生まれてしまって」
「あー。うん。分かる、分かる」
嘘である。
だって、俺はまだそのステージに到達していないもの。
スーパーマリオだったら、最初のステージでノコノコ踏もうとして足滑らせて死んでる段階だからね。
「一緒に居ても、これまでは自然に話が出来ていたのですが、今は会話も途切れ途切れで……。前は週3でしていた寄り道も、今は週に1度が限界で」
「……おう。と言うか、付き合う前の方がよっぽどカップルっぽいな」
「そうなんです! 休日に出掛けようと誘われているのですが、怖くて……。もうずっと返事を濁しているんです……」
ちなみに今日は金曜日。
さてはこの子、月曜からずっと返事を濁し続けているな?
それにしても、これは俺の出る幕ではないなぁと思っていると、スマホが震えた。
毬萌辺りが「帰って来てっ!」と催促しているのだろう。
俺は、相手の名前を見ずに電話に出る。
ちょっとジャック・バウアーっぽいなと、自分にうっとり。
「ちょいとごめんな、鬼瓦くん。はいはい、こちら桐島ー」
俺は、この短いセリフで同時に2つのミスを犯していた。
先に今日の教訓を述べても良いだろうか。
電話の相手はよく確認してから出ましょう。
「あ、その、桐島、先輩? て、勅使河原です」
ひぃやぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!
嫁瓦さんからの直電だった!
噂をすれば影が差すって本当だね。
「お、おう。どうした、勅使河原さん。俺に何か用かな?」
「あ、あの、そこに、武三さん、います、よね?」
チラリと鬼瓦くんを確認。
すごい、顔が残像を残して3つに見えるくらいの勢いで首振ってる。
鬼神アシュラマン。
「い、いないよ?」
「どうして嘘をつくんですか? なんで隠すんですか? そこに武三さんいますよね? 桐島先輩」
「はい。います」
恐怖に屈服した瞬間だった。
だって、怖いんだもん。怒りモードの勅使河原さんって。
その後も恐怖に支配された俺は、淡々と勅使河原さんの要求を飲み続けた。
敏腕ネゴシエイターがドン引きするくらい要求をがぶ飲みして、通話は終わる。
俺は、怯える鬼瓦くんに、決まった事を端的に伝えた。
「明日の10時半に、宇凪駅前集合だってさ!!」
「ぎりじばぜんばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
同時に、俺の明日の予定も決まった瞬間であった。
10時半に宇凪駅前。
だって、鬼瓦くんが「僕ぁ、僕ぁ! 先輩が一緒じゃないと死にます!!」とか言って、俺の体を締め付けるんだもの。
そりゃあ気付くよ、俺だって。
あ、このまま行くと先に俺が死ぬなって。
12月最初のミッションは、愛すべき後輩たちが愛し合う場面に立ち会う事と相成った。
ははは、すげぇ荷が重い。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【絶賛発売中! 不明な点はコメント欄にて仰って下さい!!】書籍情報公開中!
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894182669/episodes/1177354054921171298
角川スニーカー文庫公式、全33話『幼スキ』特別SS公開中!
SS最終話 毬萌といつも一緒
https://kakuyomu.jp/works/1177354054919222991/episodes/1177354054921539977
目次 またの名をお品書き
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます