第七部

第377話 天才とアホの子はシャボン玉一重

 長い文化祭が終わり、なんだか燃え尽きた感がある。

 え? 1日だったんだから、そんなに長くないだろうって?

 本当だ。俺は何を言っているのかな? 教えて、ヘイ、ゴッド。


 ついに季節は晩秋を越えて、冬に。

 二学期も残すところあとわずか。

 さらには、今年も残すところあとわずか。


 慌ただしくも忙しい、それでいて息つく暇もない1年だった。

 来年の事を言えば鬼が笑うと言うが、早々に今年の総括をすると、やはり鬼は笑うのだろうか。


「ああ、もしもし? 鬼瓦くん? ちょっと聞きたいんだけどさ」


「うん。そう。ああ、そういう事になるよね。はいはい」


「えっ? クリスマス? いや、俺も経験ねぇからなぁ」


「いやいや、毬萌とは去年の今頃はなんでもなかったし。おう、普通に家でファミチキ食ってたよ? うむ、そうだな。サプライズでケーキでも作ってみたら?」


「おう。いや、思い付いたまま適当に言っただけだから、気にしないで良いって。え? マジで? 俺の分も作ってくれるの? 嬉しいけど、なんか悪ぃなぁ」


「ああ、うん。ごめんな、休みの日の昼間から。おう、また学校で」



 今年の総括をしても鬼は笑わないってさ。


 え? まさかそのためだけに鬼瓦くんに電話したのかって?

 だって、俺の身近な鬼って彼だけなんだもん。


 勅使河原さんとクリスマスどうやって過ごしたら良いか相談されちゃったよ。

 まあ、悩むのも分かる。

 初めての彼女と、初めてのクリスマス。

 そりゃあ、健全な思春期の男子高校生なら、頭を捻じ切る勢いで悩む。


 そこで賢しげに「ケーキでも作ったら?」と言ったところ、鬼瓦くんが例によって「ゔあぁあぁぁっ!」と感銘を受けた模様。

 ついでに、俺の分もクリスマスケーキ作ってくれる事になる嬉しいサプライズ。

 去年はケーキの代わりにまるごとバナナを食べたからね。


 家族3人でね。


 父さんが「200円足りなかったから」とか言って、悲しい顔でまるごとバナナを3つ買って帰って来た時の、あの切なさ。

 聞けば、母さんから渡された2000円のうち半額を競艇にぶっこんで、普通に溶かしたらしい。

 「倍にしたらホールケーキが買えると思って」と供述する父さんに「お父さんったら、優しいんだから!」と惚れ直していた母さん。


 その後「よぉし、今晩はハッスルするか!」とか言い出した父さんを見て、母さんが「あら、あんた! 弟と妹、どっちが欲しい?」とか聞いて来た母さん。


 うちには聖夜もなけりゃ、デリカシーもないと悟ったものだ。



 そんな訳で、スマホが震えるのである。

 こうして回数を重ねてくると、もう新鮮味もなにもあったもんじゃない。

 今回なんて、俺も近況報告を怠ったもの。

 去年のクリスマスがホワイトどころかドス黒かったって話をしていたもの。


 むしろ、早くスマホ震えろと思っていたまである。


「コウちゃーん! 助けてぇえぇぇぇーっ!!」


 よし来た。

 もう、何だろうと助けてやる。


「なんだ、どうした。ついにサンタクロースの正体を暴いたのか?」

「聞いてよぉー、コウちゃーん!」

「勝負下着ってあるじゃん!」

「わたしも大人のレディとして、ひとつくらい持っとかなきゃと思ってさ!」

「さっきからホームページ見てるんだけど、分かんないよぉー!」


「助けてぇー、コウちゃーん!!」



 助けてほしいのはこっちである。



「……今から行く」


 とりあえずそう返事をして、自転車に跨ったのは良い。

 奮発して買ったビームスのダウンジャケットは暖かい。


 ちなみに、ショッピングセンターで半額セールをしていたので買ったが、それでもなお1万円もしたのだ。

 そして、マネキンが着ているヤツも1万1千円で「大差ないじゃん」と思ったら、ゼロが一つ多かった。

 大人になっても絶対買えないなと思い、帰宅したのを覚えている。


 何の話かって?

 先に現実逃避しといた方が良いかなと思ってね。ヘイ、ゴッド。



 神野家の呼び鈴をポチり。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」


 その時、俺に電流走る。


 いや、冗談じゃなく電流が走ったので、俺のデリケートな心臓ちゃんが「あばばば」と狼狽うろたえる。

 静電気なんてちゃちなものじゃない。

 ガチの電流だった。


「あーっ! コウちゃん、いらっしゃーい!!」

「お、おう。毬萌、お前んちの呼び鈴、それ壊れてんぞ」


 相手が俺で良かったが、一般の人だったら大惨事だ。


「んーん。これね、さっき作ったんだーっ! ビリビリコウちゃん1号だよっ! 押すと電流が流れるのっ!」



「アホか!!」



 まだ部屋にも上げてもらっていないのに、もうアホかって言わされた。

 すごいなぁ、何回繰り返しても、毬萌はちゃんとアホの子なんだもん。

 大したものだよ、実際。


「よいしょ! はい、取れたーっ! じゃあ、コウちゃんお部屋に行こっ!」

「おう。……もう、なんつーか、俺に電流流すくらいでは何も思わないお前も、そして電流くらいで遺恨を持たない俺も、色々とアレだな。もう、アレだ」

「ほえ?」


 天才とアホの子って、改めて混ぜちゃいけないと思う。

 まだそんな事言ってんのかって?


 むしろ、俺がそれを言わなくなったら、この世界の終わりだよ?



「コウちゃん、コウちゃん! 何色が好きっ!?」

 部屋に入るなり、急に質問される。

 まあ、これも天才にありがちな思考である。

 久しぶりに言っとくか?


 アホの子情報。

 毬萌は天才ゆえに興味が散漫し、アホの子がゆえに散らかしたまま次に行く。


 とりあえず、ビリビリコウちゃん1号は寄越せ。

 俺が預かる。


「あー。おう。黄色かな? ああ、いや、緑も捨てがたい」

「そっかぁー。んーっ、あんまり種類が多くない色だなぁー!」

「おう。何の色だよ?」



「勝負下着の色だよっ!」

「ああ、そういう話だったな!!」



 俺は、毬萌に説教を敢行することにした。

 議題はもちろん、乙女の恥じらいについてである。

 勝負下着の色を健全な男子高校生に聞くヤツがあるか。


「だってさ、こういうのって男子目線が大事なんでしょー?」

「おまっ、ホントにばっ! ばっ!! 男子目線は大事でも、聞くヤツがあるか!!」


 どうした、毬萌。

 お前は天才でもあり、アホの子でもあったはずだが、一応の常識と、スプーン一杯程度の節度は備えていただろうに。

 先週の廃品回収に出したのか。

 ダメだよ、それは廃品じゃないから。


「ほえ? だって、勝負する時の下着だから、別に男子には見えないじゃんっ!」

「おう。おう? ……ちょっと待って。一回、整理させて」


 久しぶりに食い違う、この感覚。

 先月、「俺ぁ花澤さんが好きなんだけど、ラジオ久々に聴いたら結婚して幸せそうでよ」と言ったところ「えっ? カツオくんと!?」と切り返された以来である。


 そっちは花沢さんだよ!!


 俺は勝負下着の概念について、毬萌に語った。

 とは言え、俺もそんなものにお目に掛かる機会などなかったので、グーグル先生に質問して、知識を得ながらの伝達であった。


 15秒で顔が真っ赤になり、30秒で「みゃーっ!!」と俺に飛び掛かって来た。


 あとはもう、お察しである。



「もうっ! コウちゃんのエッチ!!」

「違う。俺ぁこれっぽっちもエッチじゃねぇ」

「だってぇー! 勝負する時の縁起物だと思ってたんだもんっ!」

「そんなら、なんで男子目線とか言い出したんだよ!」

「先週、委員長会議で、堀さんが言ってたんだもん……。クリスマスに向けて男子受けする勝負下着買わなくっちゃって……」



 ゴリさん、何してくれてんの。



「なるほど。断片的に情報を得て、あとは天才様の頭脳が計算して、アホの子が仕上げを担当したんだな。分かった。全部分かった」

「だってさっ! コウちゃんとさっ! クリスマスをさっ!! 一緒に過ごせるように、勝負下着にお願いしようと思ってさっ!!」


 勝負下着にお願い事をしても、それは叶いません。


 俺の熱の入った説得で、毬萌はようやく納得してくれたようであった。

 おばさんが晩飯食べていけと言うので、ご相伴に預かる事にする。


 毬萌の部屋でダラダラしていると、パソコンをいじっていたアホの子が言った。



「それで、コウちゃんは何色の下着が良いのっ?」

「ア・ホ・か!!」



 全てを理解した上で、更に質問をしてくるアホの子。

 これは、アホの子は今日もスキしかないという、そんな日常のイントロダクション。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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