第368話 日暮れと売上ランキング

 久しぶりにあの名曲の歌い出しネタで始めるべきだろう。


「コウちゃん、コウちゃん! お客さんが握手してだってよ!」

「……おう」

「公平先輩、モテモテですねー! あはは!」

「……ヤメて」


「さっきの男の娘コンテスト、見てました! べらんめぇ調の女装っ子とか、マジでどストライクです!! ありがとうございました!!」

「……うん。なんつーか、お礼を言うのはヤメて?」


 土井先輩と天海先輩から屋台を再び引き取った俺たちは、今まさにラストスパートをかけている時分であった。

 文化祭終了まであと45分。

 ご帰宅の一般客にお土産として、出来立てのポテトとはしまき、そしてお口直しのりんご飴を提供するのだ。


「公平先輩! 文芸部の子たちが挨拶したいそうですよ!」

「……はい」

「副会長! 今度出す新刊、ぜひ副会長を主役にしたいんですけど、良いですか!?」

「それ、ヤメてくれって言ったらヤメてもらえるヤツ?」

「いいえ! ウチらの情熱はもう消せません! 廃部覚悟で描き上げます!!」

「……そっか。うん。頑張って」


 夢ならばどれほどよかったでしょう。



 屋台は大繁盛。

 ミスコンの効果があるのは間違いなかった。

 なにせ、今年のダブルミス花祭学園が売り子をしているのだ。

 健全な男子高校生ならば、それをスルーするなどできるだろうか。


 そこは良い。それだけは良い。

 でも、この先は目を逸らしたい。


「鬼瓦くん。俺の付け髭どこやった?」

「あれでしたら、先ほどの司会をする際にご自分で捨てられたじゃないですか。口の周りが痒いと言って」

「ああ、そうだった」


 今となっては、桐島ピコ平が懐かしく、そして居心地も良かったと知る。

 俺はとんでもないものを失って、まったく必要のないものを得てしまった。


「はーい! ありがとうございまーす! でも、ビックリですね!」

「だねーっ! まさかコウちゃんに、女装の才能があるだなんてねっ!」



「ヤメろ! そんな才能ねぇよ!!」



「またまたぁー! あたしの制服、ちょっぴり小さかったですけど、着こなせてましたし! あ、はーい! 600円になります!」

「こちらポテトでーすっ! 熱いから気を付けてねっ! コウちゃん、謙遜は良くないよっ! だって、さっきからコウちゃん目当てのお客さん、いっぱいだもんっ!」


 ヤメて。

 その現実から必死に目を逸らしているところだから。

 逆方向に無理して首を回したら、見える位置に現実を再配置するの、ヤメて。


「僕もそれなりに自信はあったのですが、桐島先輩の仕上がりを見て、ああ、やっぱり僕は先輩に敵わないなぁと感服しました!」

「俺ぁ何か、とんでもないものを失った気がするよ。ところでさ、みんな」



「もうカツラ脱いで、化粧落としてきても良いだろ?」



「ダメだよぉー! みんなが見に来てくれてるのにっ!」

「そうです! 先輩だって言ってたじゃないですか! どんな事をしても一番になろうって!!」

「ぐぅぅぅっ!! そりゃあ、確かに現状、俺も集客に一役買っちまってるのは認めるが! 俺ぁ男子であって、男の娘じゃねぇんだよ!!」


 しかし、認めざるを得なかった。

 午前は俺が売り子をしたらば、それはもう引き潮のように客が遠のいていたのに、今は俺が売り子をすると、噂を聞きつけた生徒でむしろごった返す。


 確かに、確かに俺たちは、文化祭で一等賞を取ろうと誓い合った。

 そこに嘘偽りなどあるはずもなく、俺もやれる事はなんだってやろうと思った。



 ああ、分かったよ! 吹っ切れたら良いんだな!?

 ちくしょう、こうなりゃヤケだ!!



「さあさあ! お客人、うちの絶品メニュー、残りも少ないぜ!? 文化祭の思い出にひとつ買って行かねぇか!?」

「おおーっ! コウちゃんが燃え始めたよ、みんな!」

「はい! 頑張りましょうね! 公平先輩!」

「うちには今、ミスコンとミスターコンの優勝者が3人もいますので、これはもう虎に翼ですよ。僕は全力で調理に徹します! ゔぁい!!」


 その後、俺は現実と向き合うのをヤメ、好奇の目に晒されながらも、「女子の制服着てないだけましさ」と自分をなだめすかして頑張った。

 自分で言うのもアレだが、しかし自分で言わないと誰も言ってくれないので言うけども。


 この瞬間、俺はもしかすると入学以来、一番自分を犠牲にしているかもしれない。


 そうして俺たちのラストスパートは完全にスピードに乗って、終了10分前には、あれだけ大量に用意していた食材を使い切る。

 完売御礼である。



「実行委員長の氷野です。今年の文化祭も、ただ今の時間をもって終了となりました。これより、売上数の上位ランキングを発表するため、集計作業に入ります。各模擬店に風紀委員が参りますので、売上表を提出してください」



 終わった。

 色々あったが、特に最後に色々あって精神が結構な勢いですり減ったが、4人で精一杯準備してきた文化祭が、今、終わったのだ。


「お疲れ様です! 売上表、受け取りますね! 30分くらいで結果が出ますから!」

 松井さんがやって来て、俺たちの屋台の売上表を持って行った。

 泣いても笑っても、時計の長針が半周する頃には結果が出ている。



「皆さん、飲み物を買ってきました」

「おう。ありがとう。やれやれ。準備からすげぇ時間かけてきたはずなのに、終わってみれば一瞬の事だったみたいだな」


 鬼瓦くんからコーラを受け取り、ゴクリと一口。

 疲れが炭酸と甘みで誤魔化されようとしている。

 単純なヤツめ。


「でも、すごいよ! みんな頑張ったけど、特にコウちゃんっ!」

「俺だけ特別に何かしたっけ? ……女装以外でだぞ」

「あー! あたし分かっちゃいました! そう言えば、今日の公平先輩って……!!」


 毬萌と花梨が顔を見合わせて笑みを浮かべる。

 なにかしら。もしかして、痩せた?


「コウちゃん、生徒会になってからの学園のイベントで、最初から最後まで具合悪くならなかったの、初めてじゃんっ! すごいよ、えらいよっ!」

「そうですよ! だいたい途中で倒れるのが公平先輩の日常なのに!」

「……あ。そう言えば、そうだな」


 1日通してこなすイベントで無事故むじこ完走を果たしたのは、二人の指摘する通り、初めての事のように思える。

 原因は色々と考えられる。

 例えば、毬萌は俺に世話を焼かせないように頑張っていたし、花梨だってこまめに俺の事を気遣ってくれていた。

 鬼瓦くんは俺が疲れる前に先手を打って椅子を用意したり、今だってこうして飲み物を提供してくれている。



 ただ、一番の要因は、やはりこれだろう。

 そして、それは口に出しておかなければならないと思われた。


「そりゃあ、な。4人で忙しく屋台やって、途中で色々と楽しい思い出も作れて。楽しかったからな。……倒れてる暇なんか、なかったんだよ」


 来年は生徒会の屋台に参加できないのだから。

 1分1秒だって無駄にしたくないと、俺の体も空気を読んだらしかった。


 全員が笑顔の生徒会屋台。

 そこに、放送を知らせるチャイムが鳴った。


「風紀委員の松井です! 集計結果が出ましたので、お知らせいたします! 第3位、女子テニス部の和風カフェ! 第2位、柔道部の焼き芋屋台!」


「おいおい、俺たち、選外かもしれねぇぞ?」

 ちょっとおどけて言ってみる。


「別に、それでも良いよーっ! わたしは納得の結果なのだっ!」

「あたしはステキな思い出がいっぱいできたので、順位は二の次です!」

「僕もです。うちの店で出す屋台と比べて、何倍も楽しかったですから」


「なんだよ。欲のないヤツらめ。じゃあ1位だったら俺、大はしゃぎするからな!」


 そしてその時はやって来た。

 松井さんが、原稿を読み上げる。


「第1位は、圧倒的な大差です! 今年度の花祭学園文化祭、最優秀店舗——」



 結果なんてどうでも良いと俺も思っていた。

 しかし、いざ言葉にされると、やはり感慨深いものがある。

 なにせ、俺の愛すべき仲間たちが正当な評価をされたと言う事なのだから。

 こんなに喜ばしい事が他にあるだろうか。


 結果? そんなの、決まっている。



「第1位は生徒会屋台です! 生徒会の皆様、おめでとうございます!!」



 発表を聞き終えた途端、毬萌と花梨と鬼瓦くんまで、俺に抱きついて来やがった。

 なんだよ、俺がはしゃぐスキがないじゃないか。


 3人に揉みくちゃにされながら、俺は結構、幸せだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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