第367話 誰得のミスター男の娘コンテスト

「お疲れさまでした! いやぁ、良かったですよ! さすが副会長!」


 福山くんが頑張った俺を迎えてくれた。

 そして彼は続ける。


「じゃあ、引き続いて、ミスターコンテストを執り行いますので、出場者の方は準備をお願いします。さあさあ、こちらです」

「そう言えば、司会進行はどうすんだ? 俺、出ないで司会しても良いけど?」

「それなら大丈夫です! 風紀委員長の氷野さんと、風紀委員の松井さんが引き受けてくれましたので!」

「あ、そうなの? まあ、二人なら上手いことやってくれるだろうしな」


 氷野さんは実行委員長。

 松井さんは、体育祭で見事な実況をこなして見せた次世代のエース候補。

 万事問題ないかと思われ、ならば俺も、ミスターコンの賑やかし役として、精々場を盛り上げようと決意した。



「それでは、15分後に始めます! しっかりして下さいね!」



 たった今誓った決意が、音を立てずに崩れ去る。

 なに? なんて言ったの?

 女装するの!? それ、誰に需要があるの!?


 先ほどまで女子が使っていた簡易式更衣スペースには、それはもうたくさんの女子の服が並べられていた。

 衣装たちから「どんな自分に変身しても良いのよ」と言われている気がしたが、そんな気色の悪い悪魔のささやきに耳を貸してたまるか。


「鬼瓦くん。やっぱり」


 やっぱりヤメよう。

 俺はそう言いたかった。


「そうですね。やっぱり、サイズ感は大事だと思います。まさか、僕の体に合うものまで用意されているなんて。なんだかドキドキしてきました」

「……おう。そうね」


 鬼瓦くんを働かせ過ぎた。

 全ての責任は俺にある。

 彼は見た目で疲れが判断できないので、ついつい頼ってしまうのだが、俺が気付いてやれないだけで、しっかりと疲労が蓄積されていたのだ。


 でなければ、このように素っ頓狂なことを言うはずがない。

 良心の鬼だぞ?

 こんな心の清らかな鬼が、女装に心ときめかせているだなんて、とんでもなく出来の悪いジョークである。


「桐島先輩、急いでコスチュームを選びませんと。銀ラメなら用意してあります」

「……ああ。そうね」


 俺はもう、鬼瓦くんになんと詫びれば良いのだろうか。

 脳に酸素が通っていないんだ。そうに違いない。

 勅使河原さんにも詫びなければならない。

 大切な想い人が、ウッキウキでミニスカのウェディングドレスを選んでいる。


 さっき見た花梨のウェディングドレス姿が台無しである。


「先輩、すみませんが、背中のファスナーをお願いできますか?」

「……うん。任せて」



 このセリフ、男が男に言うことがあるんだ。

 知らなかった。出来れば知りたくもなかった。



「僕の方は準備が終わりましたので、先輩のお手伝いをさせて頂きます。先輩は控えめな方ですので、きっと他の人が選び終えるのを待っていたのでしょう?」


 ううん。違うよ?

 女装に激しい抵抗があるから、茫然としていただけだよ?


「せーんぱい!」

「ひゃあああっ!! 覗かんとってぇぇぇぇっ!!」


 普通逆だろ!? うちの花梨さんはちょっとアレだな。後でお説教だ。


「あはは! 少し前だったら先輩の裸を見てあたしが慌ててたのに、なんだか平気になっちゃいましたね!」

「おう。花梨の成長は嬉しいし、俺らも絆が深まったのもめでたいけども」


 パンツ1枚の俺に何の用なのかな。

 海水浴の時も似たような恰好だっただろって?

 じゃあ聞きますけどね、ヘイ、ゴッド。

 あなたは女性に向かって「水着も下着も一緒だから見せろよ。ぐへへ」と言えるのですか?


 水着と下着は別物じゃい!!


「すみません! 声が聞こえてきちゃったので! 先輩、困ってるなら、あたしの制服着ます?」

「せふんっ」


 本日2度目の鼻水が吹き出した。

 予備のハンカチの予備を持って来ておいて良かった。


「いや、気持ちはありがてぇけど、そりゃあ色々とまずいだろ?」

「でも、毬萌先輩の制服じゃサイズが合わないですよ? 先輩痩せてるから、あたしのなら着れると思うんです。準備も抜かりなしです!!」

「違う。そう言う問題じゃなくてだな」


 俺は男女の正しい付き合い方について、これから説教をする予定だった。

 予定が未定になってしまったのは、現実が邪魔をしたからである。



「でも、先輩がのんびりしてるから、残ってる衣装バニースーツしかないですよ」

「ごめんなさい。花梨さん、制服貸して」



「さあ、お待たせしました! 今年から新設された、ミスター男の娘コンテスト! 出場者はこの5名です! 順番に入場してもらいましょう!」

 松井さんの元気な実況は相変わらず、大変よろしい。

 活気があるし、華もある。聞いていると盛り上がりたくなるのも分かる。


「風紀委員長の氷野です。この度は、このような企画を通過させてしまい申し訳ありません。忙しさにかまけた私の不徳の致すところです」

 そして謝罪会見を始める氷野さん。

 そう思うなら、今からでも間に合うからコンテストを止めておくれ。


「エントリーナンバー1番! 2年の高橋先輩! チアガールの衣装にまったく処理をしていないすねの毛がミスマッチ! 審査委員長、いかがでしょうか?」

「不愉快ね。こんなチアリーダーにだけは応援されたくないわ」


 氷野さん、審査委員長なんだ。

 今回は投票制じゃないのね。

 そして、久しぶりの登場なのに、酷評される高橋。


「ヒュー! 氷野っちは手厳しいぜー! すね毛だって、ママから貰った大事な体の一部だぜ? プライドは捨てても、ママの贈り物は捨てないぜ! ヒュー!」


 お前、久しぶりのセリフ、それで良いんだな?

 続いて3年の先輩がラクロスのユニフォームを着て出て来た。

 普通に酷評されていたので割愛する。


「続きまして、イギリス仕込みのガールファッション! 英国紳士は今日だけお休み! セッスク先輩です!」

「どうもみなさんセックスです! セックスのセックシーなセックスです!!」


 こいつも久しぶりの出番だからって、短いセリフなのにむちゃくちゃしやがる!!

 誰かこのバカの口を粘着テープで塞げ!!


「イギリス国旗をモチーフにした衣装は、なんと自作だそうです! どうでしょう、氷野先輩!」

「ふーん。まあ、悪くないんじゃない? 金髪とよく合ってるわよ」

「ありがとございマッスル! セックスでした!」


 なんで高評価なんだよ。

 ユニオンフラッグが泣いてるよ。


「お次は、声と体はビッグサイズ! 心遣いは細やかに! そして今日は晴れ姿! ウェディングドレスでも隠し切れないたくましい胸元!! 鬼瓦武三くん!!」

「なんて言うか、こういうオブジェって言われたら、納得しちゃいそうね……」


「ゔぁあぁあぁっ! 僕は前座です! 本番はこの後です!! ゔぁい!!」

「おっと、鬼瓦くん、自分の評価をさて置いて、僕の役目は露払いと言い切りました! 大トリを務める生徒会副会長、桐島先輩に期待がかかります!!」



 や・め・ろ!!

 なんで俺がこんなはずかしめを受けにゃならんのだ。

 しかも、ハードルまで上がっちゃったよ。

 どうせ、「ないわー」とかしらける結果しか見えないよ!!



「それでは、桐島先輩の登場で……!! あ、し、失礼しました! 桐島先輩、なんとシンプルに、花祭学園の制服を身に纏っていますが、こ、これは……!!」


 もう分かったよ。

 上手い感じに誹謗中傷しておくんなまし。


「……質問、良いかしら? ……あんた、桐島公平よね?」

「……おう。なんかカツラ頭に乗っけられて、花梨に化粧までされた、俺だよ」

「嘘でしょう? ……普通に可愛いじゃない。……美少女だわ」


 何を言ってるのかな?


「ご、御覧ください! 美少女です! 華奢な体つきは思わず守ってあげたくなる愛おしさ! 線の細さが儚げで、私も思わず見惚れてしまいます! 審査はいかに!?」

「こんなもん、優勝に決まってるじゃない! 会場のあんたたちも、文句なんてないでしょ!?」


「「「わあぁぁぁぁあっ!!」」」


「桐島先輩には、商品としてストッキングと化粧ポーチが贈られます! おめでとうございます! あ、皆さん、写真撮影はほどほどにお願いします!!」



 かつてない量のフラッシュを浴びながら、俺は思った。


 ああ、これは多分夢だ。

 むちゃくちゃ酷い夢を見ているんだ。


 目を覚ましたら、窓辺でチュンチュン鳴くスズメさんにおはようって言うんだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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