第364話 土井先輩の華麗なるフライドポテト

「あれ? なんかうちの屋台の前に人が集まってんな?」

「そうですね。今はりんご飴しか売ってないんでしたよね?」

「そう言う話になってたはずなんだが。ちょっと急ごうか」

「あ、はい! 分かりました!」


 生徒会屋台は結構な賑わいを見せていた。

 と言うか、賑わいなのだろうか。ちょっと騒がしい。

 毬萌はニコニコしているので、トラブルではないと思うのだが。


「おーい! どうした、毬萌?」

「コウちゃん! おかえりーっ! 花梨ちゃんもっ! 楽しめた?」

「はい! おかげさまで、とってもいい思い出ができました!」


「で、こりゃどうしたんだ? 男子生徒がやたらと集まってるけど」

「にははーっ。これはね、みんなポテト買いに来たんだよー」

「マジか。フライドポテト、そんなに評判が良いのかよ! こいつぁ嬉しいな!」

「うんっ! でもね、今は売ってないってマルちゃんが言ったら、お客さんが列を作り始めちゃったんだよー。コウちゃん、ポテト揚げる?」


 フライドポテトの魔力、おそるべし。

 ラードで揚げたほくほくポテトに、選べる三種類のソース。

 なるほど、人気を博す条件は整っている。

 さらに、俺には分かる。と言うか、耳をすませば聞こえてくるじゃないか。


「会長が手作りでフライドポテト揚げてるって聞いたんですけど!」

「書記ちゃんも揚げてるんでしょ!?」

「おれは会長が芋から育てたって聞きました!」

「自分はただただ、美味いポテトを安価で食べたいでごわす!!」


 どうも、『可愛い女子が揚げたポテト』と言うのが、このフィーバーに一役買っているらしかった。

 あと、相撲部の大結おおむすびくん。

 君は自分のとこでちゃんこ食ってなさいよ。


 しかし、押し寄せるお客に顔色一つ変えないで対応している、毬萌の守護者ガーディアン

「あー! うるさいわね! うちは今の時間、りんご飴一本でやってんのよ! それが気に食わないってんなら、帰ってもらって結構よ!!」



 頑固おやじのラーメン屋かな?



 まあ、言っている事に間違いはないのだが、せっかくうちのポテトを食いに来てくれたお客を無下にするのも忍びない。

 仕方がない。ここは、予定を早めてフライドポテトを揚げるとしよう。


「先輩方。これは一体、どうしたことですか?」

「おう。鬼瓦くん。ちょうど良いところに」


 園芸同好会のパワーアップイベントを人知れず消化して来たらしい、うちのお料理番長に事情を説明。

 やはり、「お客様第一主義で行くべし」と、俺たちの意見は一致する。

 そうと決まれば準備だ、準備。


 が、ここで問題発生。

 既に発生しているだろうって? 違うよ、ヘイ、ゴッド。

 別の問題が、実は結構前から動いてるのにすっかり忘れていたんだよ。

 何がまずいって、この場にいる全員が忘れていた事だ。


「あー! 良かった! 皆さんお揃いで! お迎えにあがりましたよ!!」


 誰だったかな?


「あんた、誰!?」

「いや、氷野さん。そんなストレートに言わんでも」

「じゃあ、桐島公平はこいつが誰なのか言えるって、そういうアレね!?」

「お、おう。もちろん、だとも。……なあ? 花梨?」


 可愛い後輩に難問を押し付けるとは、何と言う卑劣漢か。

 でも、多分花梨なら、その優秀な記憶力で彼の事を覚えてくれているはず。


「へぁっ!? あ、あたしですか!? あ、あの、さっき来てくださった方ですよ! ちょっと、鬼瓦くん! どうにかして下さい!」

「ええっ!? ぼ、僕は料理に集中していたので……。ま、毬萌先輩!」


 そうなのだ。

 最終的に、俺たちは天才に頼らなければ、彼の名前一つ思い出せない。

 すまんが毬萌。今回も助けておくれ。


「もうっ! みんなひどいよ! この人は、福助ふくすけくんでしょ! 実行委員の人だよっ!!」

「ああ! そうだ、さっき何か頼みに来てた! おう、福助くん!」

「そう言えば、あんた実行委員会に居たわね。悪かったわ。福助」


「……福山です」


「おう? 何が?」


 彼は申し訳なさそうに、そして心細さを隠しきれない表情で言う。


「……実行委員の、福山です」



 さあ、みんな。謝ろう。



 俺たちは全員で福山くんに頭を下げた。

 謝罪のりんご飴も差し上げた。無論、お代は結構。


「あんた、自己主張が足りないから名前間違えられるのよ!」

「氷野さん、黙って! ホントにごめんな? 違うんだ、別に君がどうしたって事じゃなくて、全員屋台の事で頭がいっぱいだったんだよ。マジで」

「でもあんた、ちょっと福助人形に似てるわよ? これを機に改名したら?」

「氷野さん! ちょっとお願いだから! 今、俺たち謝ってんだよ!」


 とにかく、相手の名前を忘れるなんて最低だ。

 これ以上彼の事を忘れないように、俺たちはしっかりとシナプスに刻み込む。


「それで、そろそろ始まるんですけど」

「おう。何が?」

「ミスコンと、ミスターコンです。参加して下さるんですよね?」



 いっけね! 忘れてた!!

 リアルが爆ぜて、シナプスが弾けた模様。



「お、おおお、おう! もも、もちろん! 準備できてるよ!?」

 これ以上福山くんを傷つけるのは何としても避けたい。

 しかし、これは困ったことになった。


 ミスコンとミスターコンとやらには、この場にいる全員が参加する事になっているらしい。

 ああ、違うね。なっている。うん。覚えていたよ?

 そうなると、このポテト待ちの生徒たちをどうするのか。


 今、まさにポテトを揚げますよと、ラードを溶かした油を熱している最中であり、そこら中に香ばしい匂いが漂い始めている。

 この状況で、「やっぱりヤメまーす」と言えるだろうか。

 よもやのダブルブッキング。


 仕方がない。ピコ太郎がボコ太郎になれば済むかしらと、俺は覚悟を決めた。

 どうぞ、このエノキタケを心行くまで袋叩きになされませ。


 そんな時、あのお方の声が響く。



「どうもお困りのようですね。失礼いたします。わたくしごとき、お呼びではないでしょう。しかし、ポテトを揚げる作法は少々覚えが。お役に立てるでしょうか」



 土井先輩がキター!!

 学園一の伊達男。土井鉄太郎先輩。



「話は聞かせてもらったぞ! 私も少しばかり助力しようじゃないか! ハロウィンで引退宣言をした手前、少しばかり恥ずかしいがな! はっはっは!」



 天海先輩まで!

 こんなに心強い援軍はない。


 お二人は「事情は全て察しているから、ここのお客とポテトは自分たちに任せて行ってこい」と言う。

 さすがは花祭学園の公式カップル。

 お礼を言う間に、エプロンを用意してもうポテトを揚げ始めている。


 だが、俺は同時に一つの懸案事項に気付いてしまった。

 これは、今から俺たちが参加するイベントにも関わる重大な問題。

 口に出さずにはいられなかった。


「あの、土井先輩はミスターコンに出られないんですか? 先輩だったら、絶対ぶっちぎりで一等賞だと思うんすけど!」


 すると、俺たちのやり取りを黙って聞いていた福山くんが代わりに答える。


「土井先輩は、昨年女子生徒の得票率が80%を越えたので、殿堂入りと言う事になっています。正直、土井先輩が出られると、出来レース感が半端ないです」

「なんと……。知らんかった。去年のミスターコン、俺、見てなかったからなぁ」


 土井先輩の出場辞退の事情は分かった。

 しかし、そうなると、今度は天海先輩にも聞かなければならない。


「天海先輩も出ないんすか? 先輩、美人ですから、絶対に会場が盛り上がるでしょうに! もったいないっすよ!!」


 すると、天海先輩は「はっはっは!」と笑う。

 そして続ける。


「私は土井くん以外の男に何を言われても気にならんからな! ……いや、今、桐島くんに美人と言われたのはちょっと嬉しかったな! さあ、ポテトが揚がったぞ!」


「おやおや。桐島くん、両手に花では飽き足らず、わたくしの想い人の心まで奪うとは。あなたの方がよほどミスターコンに相応しいですよ。ふふっ」


「まあ、そういう訳で、私たちは引退した身だからな! こうして、愛すべき後輩の手伝いをしているくらいがちょうど良いと言うことだ!」


「皆さまの健闘をお祈りしております。さあ、お次の方、2つですね。かしこまりました。ソースは? なるほど、すぐにご用意いたします」



 先輩方にここまでされると、俺たちも立つ瀬がない。

 結局、弾かれるようにして、全員で行儀よく、体育館へ移動する。

 氷野さんも黙って言う事を聞くのだから、土井・天海カップル、さすがの一言である。


 こうして舞台が整った。

 舞台に上がれば大概ひどい目に遭うと分かっているのに、俺と言う男も度し難い。


 揚がるのはポテトだけで充分だと、後に俺は何度も思い出すことになる。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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