第365話 公平とミス花祭学園

「それじゃあ、まずミスコンが始まりますので、参加する女子の皆さんは、こちらにいらして下さい」


 福山くんが、女子メンバーを根こそぎ連れて行くものだから、俺と鬼瓦くんは所在の無さを体育館の舞台裏で感じる事になった。

 着替えがどうのと聞こえてくるので、なおの事穏やかではない。



 更衣室で着替えさせろよ!!



 衣擦れの音と、はしゃぐ毬萌と花梨の声とかが、色々とアレなんだよ。

 健全な男子高校生には、色々とアレなんだよ。


「鬼瓦くん」

「はい」

「俺たちは、なんでミスターコンテストなんぞに出るんだろうか?」

「分かりません。……僕なんか、出ても驚かれるだけですよ」

「いや、多分だけど、君は黄色い声を浴びると思う。でね、俺が妙にガッカリされるオチだと思うんだよ。もう、何となく分かるんだ」


 そう、何となくね。


「そんな! 桐島先輩を差し置いて、僕なんかが! 滅相もないですよ!!」

「それだよ。もうね、なんつーか、それが遅効性のネタ振りになるんだ。俺には分かる。ついでに、一芸を披露しろとか無茶言われて、君は瓦を割ったりする」

「た、確かに、瓦程度ならいくらでも割れますが」

「だろう? で、俺にもやれってお鉢が回って来て、ああああい! とか叫んで、腕がモキョッてなるの。知ってんだ、俺」


 そう、何となくね。


 それから先の展開を予言することはなかった。

 別に、悲しくなったからではない。

 いや、悲しくなったからでもあるのだが、外的要因が会話を遮ったからである。


「ふ、副会長! えらいことです! 副会長!!」

 福山くんが、えらい慌てて帰って来た。


「おう。そう言えばさ、このピコ太郎の仮装取ってもいいかな? なんか、口の周り痒くなってきたんだよ。俺、敏感肌だから」

「そんなことはどうでも良いんですよ! 副会長!!」


 そんな事とはひどい。

 敏感肌って大変なんだよ。

 特に、乾燥する季節とかはケアに気を遣うんだから。

 保湿クリームは手放せない。


「ミスコンの司会する予定だった二年の生徒が、いなくなりました!」

「えっ? なんで? ああ、トイレかな?」

「風紀委員に捕まったそうです!」

「穏やかじゃねぇな! 何しでかしたんだよ!?」



「落語を披露していたら、誰かに通報されたらしいんです!」

「あのバカか!! それ通報したの俺だよ!! だって、エロ本片手に時そばやってたんだもん!!」



「な、なんて事をしてくれたんですか、あなたは!!」

 副会長として真っ当な職務を果たしたんだよ。


「あ、あのー。代わりの人がいるのではないのですか?」

「おう。そりゃそうだ。こういう役は万が一のサポートがいるだろ?」

「そのピンチヒッターもいなくなったんです!」

「なんでさ!? また風紀委員に捕まったの!?」

「違います! トイレから出てこなくなりました!」

「どんだけ食いしん坊なんだよ!!」



「午前中に、風紀委員会の綿あめを食べただけらしいのですが」

「そりゃあ仕方ねぇや!!」



 あの目と鼻にガツンと来る空間で、その人もよく綿あめ食ったな。

 すごい勇気だよ。そして、漏れなくちゃんとお腹壊してるのも凄い。


「第一三共胃腸薬プラスなら、俺持ってるよ?」

「スタートまであと3分しかないんですよ!? バカなんじゃないですか!?」


 俺の事はバカって言っていいから、第一三共胃腸薬プラスエリクサーの事はバカって言わないで下さい。


「じゃあ、中止にするしか」

「無理です! 体育館イベントの花形企画ですよ!? どれだけ人が集まってると思っているんですか!!」


 ちょいと幕の間から、向こう側を覗いてみる。


「……おう。すっげぇ人。軽く引くくらい居るね」

「そうでしょう!? これで中止なんてことになったら、暴動が起きますよ!!」

「じゃあ、福山くんが司会を」

「無理です。自分、存在感が薄いんで! 存在感が薄い界隈かいわいで勇名を馳せる副会長にすら忘れられたんですよ!? それも、つい数時間で!!」


 それに関しては本当に申し訳ないと思う。


 ところで、何だね、その嫌な界隈は。

 俺の知らないところで、そんなネットワークがあるの?


「こうなったら、生徒会にお願いするしかありません。お二人で、司会をして下さい! 台本はあるので!! お願いします!! では、1分後に幕が上がりますから!!」

「えっ!? ちょ、まっ!! ちょまっ!?」


 福山くんの足はすこぶる速く、気付いた時にはもういなかった。

 情報を整理するのに、俺と鬼瓦くんは1分間の時間を要した。

 すると、幕が勝手に上がっていくでやんの。

 こういうの、普通は司会者に合図とか出すものじゃないの?


「鬼瓦くん」

 突然舞台の真ん中に立たされた俺は、相棒の名を呼ぶ。


「ゔぁ、ゔぁい」

 彼は、俺の制服の裾をキュッと掴んで、上目遣いでこちらを見つめていた。

 鬼神プルプル。


 梯子はしごを外されるって、こういう事なんだね。

 分かった。全部分かった。



「えー。始まりました! ミス花祭学園コンテスト! 司会は、急遽マイクを渡されて、何の用意もしていない、生徒会の桐島が務めます!」


 「あっはっは」と笑い声が起きる。

 笑い事じゃないんだよ。


「今年の花祭学園コンテストの参加者は、5人! 違う、4人! えっ? ああ、失礼、6人! 6人で、学園の花の女王を決めるようです!」


 福山くん。カンペでサポートしてくれるのは助かるけども。

 一言だけいいかな?



 字が小さいうえに薄いんだよ!!

 そんなとこでまで律義に存在感消さなくても良いんだよ!!

 見えねぇんだよ!!



「はい。まあ、俺の声は集会とか、なんやかんやで聞き飽きてると思いますが、出てくる女子はもうべっぴんさん揃いですんで! お付き合い下さい!」


 俺は、福山くんのカンペを見限って、アドリブに活路を見出すことにした。

 鬼瓦くん?

 ああ、さっきから俺の制服の裾掴んだままだよ?


「では、順番に登場しますんで、皆さんには、彼女たちのアピールを見て、最終的に誰が良かったか、手元にある団扇うちわに番号書いて、コンテストの最後に頭上に掲げて下さい。えーと、野鳥観察部が集計するらしいです。って、まんま紅白じゃねぇか!」


 俺の心の叫びがノリツッコミに聞こえたらしく、会場がまた沸いた。

 ちくしょう。普段の朝礼で俺が言う小粋なジョークには反応しないくせに。


「はい。早速行きましょう。エントリーナンバー1番。2年4組、保健委員で日々不健康な生徒を支えるナイチンゲール、堀さん!」

「桐島くん! 恥ずかしいから、あんまり盛り上げないで!」


 堀さんとは、修学旅行で一緒に乗り物に酔いまくる氷野さんの最期を何度も看取った仲である。

 しかし、彼女が出ているとは、意外である。


「さて、堀さんはどうしてミスコンに?」

「と、友達とゲームして、その罰ゲームで……」

「あー。なるほど。でも、ナース服、良く似合ってますよ!」

「やめて! 次に盛り上げたら、桐島くんでもぶつよ!?」


「はははっ! 照れ屋なところが可愛いですね! では、一芸を披露してもらいましょう。ええと? おう? か、瓦割り?」


 福山くんの描き間違いじゃないかと思うものの、その福山くんが瓦を持ってきた。

 それを無言で鬼瓦くんに手渡すと、鬼瓦くんも自分の仕事を瞬時に把握。

 堀さんの前でもって、それを両手で掲げる。


「もー。ぱっぱとやるからね。……せいっ!」



 瓦が、パッカーンと割れた。



「は、はい、割れましたー! ……おい、ヤメろ! お前ら、盛り上がるんじゃねぇ!! 次に盛り上がったら俺がぶたれるんだってよ!! おいぃぃっ!!」


 堀さんの腰を落とした見事な正拳突きに、会場は大喝采。

 俺は、我が身の可愛さに、堀さんをステージから下ろした。


「……お次です。生きてて良かった。もう、お前らなんか大嫌いだ。お、これまた顔見知り! 次期風紀委員長の呼び声も聞こえる、放送のエキスパート、松井さん!」


「こ、こんにちはー。松井です」

「婦警のコスプレが眩しいですねー。松井さんは、どうして出場を?」

「……氷野先輩に出ろって言われて」

「はい! パワハラによるものらしいです! でも大丈夫、松井さんは可愛いですよ!」


 そのあと、松井さんは見事なジャグリングを披露したのだが、時間の都合でそのシーンは割愛する。


「松井さんでした! 拍手! 色気のねぇパワハラ上司によろしく! えー、次は」



「きーりーしーまー」



「あ、あー。こんな美人が居るのか! いや、居ない! 学園の正義の番人! 美人! めがっさ美人!! もう美人って言葉の方がいっそ気後れしてる! 氷野丸子さん!!」



 お忘れの方は思い出してほしい。

 うっかり氷野さんをフルネームで呼ぶと、どうなるのか。


 その前にしっかり怒りを買ってたから今さらそれくらい平気?

 そうだね、時すでに遅しだね。ヘイ、ゴッド。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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