第363話 花梨と体育館デート

「もぉー! 急に変な事言うんですから! びっくりしますよぉー!」

「おう。すまん。俺もちょっと、なんつーか、テンションがアレで」

「……テンションが? せんぱーい? それは、もしかしてあたしが体を密着させているのと関係ありますかー?」


「ばっ! ホントにお前、ばっ! そういう、ばっ! もう、アレが、ばっ!!」



 男ってのは愚かな生き物だよ!!



 俺と花梨は、体育館へやって来ていた。

 理由はもちろん、「あのエノキ野郎、一年生のアイドルとくっ付きやがって! ぶっ殺してやる!!」的な事案を避けるためである。


 いや、まあ俺はぶっ殺されても文句が言えないと思う。

 ちょいと自分を客観視すれば、そのくらいは分かる。

 でも、俺がぶっ殺されるのを見た花梨が「あたしの責任で」と思ったら、悲しいじゃないか。


 毬萌と俺が一緒に歩いていても目立ったが、一応、会長と副官の立場を利用して、言い訳しようと思えばできる。

 それが、花梨になると言い訳のハードルが上がり、更に腕組んで「ふひひ」と笑いながら歩いていると、もうハードルはこんがりきつね色に揚がる。


 と言う訳で、花梨を暗がりへとお誘いしたのである。



「来てみたは良いけど、今って何してんだろうな?」

「そうですねー。あっ、先輩、先輩、こっちにプログラム置いてありますよ!」

「花梨、花梨さん! あんまり俺の体側に寄ってこんといて! あかんヤツ!!」

「えー? 公平先輩、いい加減あたしの体に慣れて下さいよぉー」



 著しく誤解を受けそうな発言は控えておくれ。俺の死期が早まるよ。



「あのな、花梨がどうでも良い子だったら、俺も慣れてるかもしれんが。俺にとって花梨は特別なの。特別な相手とのスキンシップに慣れなんてねぇんだぞ」

「も、もぉー! すぐそうやって、あたしをドキドキさせるんです! ……だから、ずっとくっ付いていたくなるんですよ?」


 ヤメておくんなまし。

 腕にくっ付いてその照れ顔は反則でおます。

 暗がりでハッキリ顔が見えなかったから、どうにか致命傷で済んでるけども。

 明るかったら? そりゃもう、即死だよ。


「えーっと、今は、落語同好会の演目ですって! 時そばってヤツをやってるみたいです!」

「へぇ! 定番だけど、ちょいと興味があるな」

「先輩、落語って知ってるんですか?」

「おう。まあ、かじった程度だから、知ってるって胸は張れねぇけどな」

「なんだか大人って感じです! じゃあ、聞いてみましょう!」

「そっか。じゃ、ちょっと待っててくれ。良い感じに座れる場所があるか見てくるから。花梨は目立つしな。可愛いから! すげぇ可愛いから!!」


「も、もぉー! ヤメて下さいよぉー! 仕返しですかぁ?」

「はっはっは。バレたか! んじゃ、行ってくる」

「はーい!」



 体育館は、意外と席が埋まっている。

 30分刻みで次々に演目が変わるから、動かずに時間を潰せると言う側面が作用しているようにも思われた。

 実行委員の妙である。

 さすがは氷野さん。抜かりなし。


「はぁはぁ、ふひひ、ここのはデカくていいねぇ! さっきの店で買ったのはハズレでさぁ!」


 おう。やってるな、時そば。

 現代風にアレンジしてるって書いてあったな。


「いくらだい? へえ、900円でございます。そうかい、そんじゃ、十円玉だけで悪いねぇ、手ぇ出してくれ。勘定するからよ」


 意外と堂に入った語り口じゃないか。

 結構練習して来たんだろうなぁ。


「86、87、ところで店主、この子のおっぱい何センチだい? へえ、88でさぁ。そうかい。89、90と。ごちそうさん!」



 バカじゃないのかな?



 「ごちそうさん!」じゃないよ。

 それ完全に、エッチな本の勘定してるじゃん。

 道理で「はぁはぁ」言ってたはずだよ! なに試し読みしてんだよ!!

 よく見ると、扇子せんすを持たずに本物のエッチな本抱えてるよ!

 最前列に男子が張り付いてるのもおかしいと思ったんだよ!!


 あと、お前それ、損も得もしてねぇよ! はなしがオチてねぇよ!!


 俺は、無言で花梨の元へと引き返す。

 その前に、氷野さんに一報を入れておいた。


「せんぱーい! 遅いですよぉー! どうでした? 座れる場所、ありましたか?」

「おう! なかったな! と言うか、次の演目までここで待とうか!」

「えー? でも、先輩、落語が好きなんじゃ?」


 俺が好きなのとはちょっと違ったんだ。


「まあ、しばらくここでまったりするのも良いじゃないか」

「あー。先輩、あたしとくっ付いていたいんですかぁー?」

「ばっ! ……否定はせんが! ばっ!!」


 そして5分後。

 警察官に仮装した男子風紀委員が数人の部下を連れてやって来た。

 彼は、俺に向かって敬礼。

 役になり切るとは、なかなか粋である。


「風紀委員の先輩、何の用事でしょうか?」

「おう。多分ね、不届き者が捕まるんだよ。花梨は見なくていいと思う」


 その後、「寿限無じゅげむ! 寿限無やらせて! セクシー女優の名前せっかく覚えた来たの!!」と言う、酷い断末魔が聞こえたので、俺は花梨の耳を塞いでおいた。



「あ、冴木さん! それに副会長も! 二人でデートですか?」

 松井さん登場。

 彼女は一年生なので、コスプレはなし。

 少し残念。


「えへへ。そう見えちゃいますか? そう見えちゃいます? 困っちゃいますねー!」

「そんなにくっ付いてたら分かるよー! 冴木さん、良かったら写真撮ろうか?」

「あ、それステキです! ぜひぜひ、お願いします!」

「じゃあ、体育館の前でいいかな?」


 俺の腕にくっ付いたまま、松井さんの手を引っ張る花梨。

 器用な事をするなぁ。


「松井ちゃん! ここで撮って! あたしのカメラ、ナイトモードで撮れるから!!」

「どうした、花梨。そんな必死になって。別に明るいとこで撮りゃ良いんじゃねぇの?」


 そんな俺の顔を見て、凄まじい勢いでため息を吐いた花梨。


「公平先輩、明るいところで写真撮ったら変な顔するじゃないですか!!」

「えっ!? いや、普通にしてるけど!?」

「今まで、一体どれだけあたしが公平先輩の写真撮って来たと思ってるんですかぁ! 断言しますけど、今日もきっと変な顔で写ります!!」


 嫌な断言だなぁ。


「あの、冴木さん? 先輩、写真が苦手だったら、暗いところでも桐島先輩に悪いんじゃないかな?」

「違うんです、松井ちゃん! 公平先輩、暗いところだと、何故かちゃんと写るんです! それどころか、ちょっとイケメンになるんです! 元々イケメンなのに!!」


 なんか俺、心霊写真みたいだね。


「ええ……。なんだかそれじゃあ、桐島先輩が悪霊みたいだよ?」


 かぶった! 口に出さないで良かった!!


「良いんですよ! 公平先輩だって、自覚があるはずなので! と言うか、このチャンスを逃すと絶対後悔するので、お願いします!!」

「桐島先輩はよろしいんですか?」

「俺? 俺ぁもう、全然まったく問題ないよ? 花梨の良いようにしてあげて」

「……あ、そうですか。……副会長はきっと尻に敷かれるタイプですね」


「えっ? なに!? 花梨の尻がどうしたって? とても良いお尻だよおごっ」


 花梨さん。腕にくっ付きながら、みぞおちに肘鉄を入れる事はないじゃないか。

 俺、まだ「尻」しか褒めていないのに。

 デカい、とか。安産型、とか。地雷原には立ち入っていないのに。


「せんぱーい? 今、何考えているか当てましょうかー?」

「松井さん! 速やかに写真撮影を頼む! 男前に撮ってくれ!!」

「あ、はい。じゃあ、撮りますね」


 そしてパシャパシャと何枚かの写真が花梨のスマホで撮影された。


「わぁー! すごい、すごいですよ、先輩! 先輩、見て下さい、先輩!!」

「お、おう!? どうした!? 何がそんなに凄いのよ!?」

「公平先輩がとってもイケメンになってます! これまで撮ってきた数千枚の中でも一番の映えですよ! 映え!!」

「……うん。自分じゃよく分からん。まあ、アレじゃねぇの? 松井さんの腕前が良かったんじゃないのか?」


 花梨は松井さんに嬉しそうに抱きついて、心の底から謝意を述べる。


「松井ちゃん! ありがとうございますー!! これ、あたしの宝物にします!!」

「あはは、喜んでもらえて良かったよー。心配だったんだ」


 気になる言い方だったので、俺は何気なく質問してみた。


「心配ってのは? 松井さん、写真撮るの苦手なのかい?」

「あ、いえ。でも、私が撮ると、よく変なモヤとか、人の顔に見える影とかが写る事があって! 不思議ですよねー」



 そこで気付く、松井さんのスキル。

 彼女、芸術の分野をホラーに極振りしてるんじゃなかったか?

 いつも、すげぇ怖い絵描いてるじゃん。俊雄くんがこっち見てるヤツ!!


 ゴッドに問いたい。


 俺、悪霊じゃないよね? もしかして、知らないうちに死んでる?




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