第347話 どうにかしよう。メシマズを
「鬼瓦くん……。ついにこの時が来た」
「はい……」
現在、俺と鬼瓦くんは、中庭の隠れスポットにて密談中。
かつて花梨と鬼瓦くん、三人で昼飯を食ったその場所は、相変わらずの隠れスポットであり、内緒話をするには持って来いかと思われた。
「2日……いや、3日。おう、仕事の量からしても、全員で放課後を自由に使えるのは、これがギリギリいっぱいのラインだと思うんだが」
「僕も異論ありません」
「うむ。文化祭本番までもう10日しかない。仕込みを考えると、今日から取り掛かるべきじゃなかろうか」
「はい。桐島先輩のご判断に間違いはありません」
この密談は、うちの女子に聞かれるとまずい。
そんな訳で、彼女たちには模擬店の権利を獲得した部活動一覧をプリントアウトしたビラを掲示板と各学年の廊下に貼りに行ってもらっている。
もうしばらくはこの緊急会議を続けられるだろう。
「俺が思うに、あいつら、基本はどうにかなると思うんだ。例えば、氷野さんみてぇに玉ねぎ切るついでにまな板も切っちまおう的な発想はない」
かなり希望的要素の入った推察であった。
「確かに。先輩がおっしゃるように、毬萌先輩も冴木さんも、食材のカットや下処理の方法などは理解しているように見受けられます」
鬼瓦くんは、神に祈るような面持ちで頷く。
鬼神アーメン。
「では、何がまずいか。……味覚、だよな」
「ええ。更に言えば、そこから派生する奇抜なアレンジがくせ者です」
「だよね。しかも、そのくせ者、むちゃくちゃ強いよね」
「スターを獲得したマリオくらいには強いです」
無敵じゃないか、それ。
「だが、とにかく時間がない。そこで、俺ぁひとつ妙案を思い付いた」
「聞かせて下さい」
「あいつらに、お互いの作った飯を食わせるのはどうだろうか」
「なんと。お優しい先輩にしてはかなり残酷な作戦ですね」
俺も昨日の夜、寝ないで考えた。
こんな可哀想な事を強いるんだから、俺だって睡眠時間くらいは差し出すべきだ。
でも、他に抜本的な解決法が見つからなかった。
向かいのホームにも路地裏の窓にもいなかった。
とにかく、急を要する事態である。
時間を優先すると、どうしても
だが、本番で全学園の生徒に彼女たちの
二人は、さぞや傷つくだろう。
そんな結末を、俺は見たくない。
ならば、今は俺が悪役にだってなる覚悟だ。
大好きなヤツらに嫌われたって、大好きなヤツらを守ってやりたい。
「……やろう。鬼瓦くん。全責任は俺が持つ」
「分かりました。先輩がそこまで強い意志をお持ちならば、僕は従うだけです」
「おっし。早速、今日の放課後から取り掛かろう」
「ゔぁい!」
こうして、昼休みを丸々使った、俺と鬼瓦くんの中庭会議は終了した。
えっ? 何の相談をしてたのかって? ゴッドさ、時々意地悪するよね?
分かってるくせに、言わせるんだから。
良いよ、言うよ。
メシマズ女子を、文化祭までに平均レベルまで押し上げる作戦についてだよ!!
S級ミッションじゃないかって?
知ってるよ!!
だから俺は、悲壮な覚悟を背負っているのだ。
さあ、決戦は放課後。
鬼瓦くんの作ってくれたむちゃくちゃ美味いサンドイッチを食いながら、俺は闘志を燃やすのであった。
「もぉー! 先輩ってば、おっちょこちょいなんですから! 営業中のお店でそんなことしたら、邪魔しちゃうじゃないですかぁー!」
「……はい」
「武三くんもだよっ! お父さんとお母さんの迷惑も考えなくちゃっ! あと、クッキー美味しかったですってお父さんに伝えといてねっ!」
「……ゔぁい」
燃え上がっていた闘志に、早速冷や水をぶっかけられた。
「ちょいと文化祭に向けて料理の
「ゔぁ! ちょうどうちに厨房がありばず!!」と、心臓を捧げた鬼瓦くん。
ここまでは計画通りだったのに。
うちの女子二人による「店開けてる菓子屋の厨房なんかに入れるか、常識を知れ」と言う正論の前にはなす術がなかった。
そして連れてこられたのは、冴木邸。
「厨房なら、うちにもありますよ!」と言う花梨を止められなかった。
気付けば、主導権をメシマズシスターズに握られている。
だが、何を握られようとも、今回は結果が全て。
何なら、そこに至る過程なんてどんな悪路でも構わないのだ。
そうとも、プランを練り直そう。
「くっくっく! よく来たな、貴様たち! 厨房を使いたいと花梨ちゃんから連絡を受けて、商談断ってダッシュで帰宅してやったわ! 冷蔵庫に果汁100%の夕張メロンジュースがあるので、炭酸水で割って飲むと美味いぞ!!」
平日に、いつも在宅、花梨パパ。今回に限り、ちょっと邪魔かな。
いかがでしょうか、先生。
えー。そうですね。
今回はシンプルかつ、スマートに仕上げて来た印象です。
花梨パパが邪魔だと言う気持ちが溢れ出して震えていますね。
俺が一句読んでいる間に、鬼瓦くんと花梨パパが初顔合わせ。
「ぬう! 貴様、なかなかの体をしておる! さては、普段から鍛えておるな?」
「あ、これは恐縮です。冴木さんのお父様も、相当鍛えておられますね」
「くくくっ、やはり分かるか。して、貴様はどの立ち位置におるのだ?」
「僕は生徒会で会計を務めております。桐島先輩の後輩です」
「しぇけらっ」
今のは、花梨パパに肩を掴まれた俺の悲鳴である。
ビックリした。鎖骨折られるのかと思った。
「くっくっく! 未来の息子よ、貴様、やはり人を見る目がある! この鬼瓦と言う男、化けるぞ! 見事な青田買い! くくっ、やりおるわ!!」
鬼瓦くんを見出したのは毬萌だし、鬼瓦くんがこれ以上何かに化けるのは軽く恐怖を覚える予言だけども、それを説明する時間が惜しかった俺は、頷いた。
「うっす!」
「くくくっ、短い言葉に込められた力強さ! 織田信長を思わせるな! 付いてくるが良い、厨房へ案内しよう!!」
そして初めて足を踏み入れる冴木家の厨房であ
思わずモノローグがすっ飛ぶほどの広さである。
キャッチボールできる。もちろん、ボール使ったヤツの方。
「ようこそおいで下さいました。こちら、ウェルカムドリンクです」
「あ、これはご丁寧に。すみません、磯部さん」
そこで俺は、妙案を思い付いた。
冴えている。冴木家に来たから冴えたのだろうか。
当初の計画からはかなり見当違いな方向に居るが、これはアレである。
ある意味逆にピンポン。
「あの、磯部さん、磯部さん!」
「はい。おかわりがご入用ですか?」
俺は、多くの料理人を従える、この厨房の王でもあらせられる、磯部シェフを小声で呼ぶことに成功。
勝ったな。
「今日これから、毬萌のヤツと花梨の料理の特訓をするんですけど、もしよろしければ、お力添えをお願いできませんか?」
「……神野様は、どの程度の腕前でおられますか?」
「多分、花梨と同じレベルだと思います。いやぁ、プロ中のプロの磯部さんに高校生の料理教室の先生やれってのも失礼だとは思うんですが」
「あ、ああ、あ」
「おう。磯部さん?」
「あ、ああ、あかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
かつて有名料理店のコック長を歴任したと言う磯部シェフが、唐突な関西弁と激しい拒絶反応で床に倒れ伏した。
「料理長!」
「おおい、何人か来てくれ! 料理長の発作だ!!」
力なく倒れる磯部シェフを連れて行く料理人たち。
俺はその一人に、事情を聞いた。
「磯部さんは何か持病がおありなのですか」と尋ねた。
すると、小声で、モスキート音レベルの音量で、料理人たちの一人が短く言った。
「お嬢様の料理の味見を何度もしているうち、料理長はその話を聞くだけで……!! すみません、これ以上は! ここは自由に使って結構ですので!!」
そして、俺たち以外誰もいなくなった。
「さぁ、頑張りましょうね、せーんぱい!」
「わたしも頑張るぞーっ!」
相当の覚悟を持っていたはずなのに。
なにゆえ、俺の両脚は震え続けるのだろうか。
この感じ、ラストダンジョンに入る前にセーブし損ねた、あの時と似ている。
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