第348話 もうマヂ無理。
「えー。俺たちは文化祭で、料理を提供すると決めた。メニューについて、実は俺が少しばかり考えたんだが、聞いてくれるか?」
嘘である。
鬼瓦くんと3日くらいかけて、夜な夜なラインでメッセージを飛ばし合いながら、時にはテレビ電話しながら議論を交わした。
その末に「これくらいなら、どうにかなるんじゃ」と言うラインを見極めたうえで、更に昨年の生徒会企画に負けないものを、と思考を重ねた。
「教えて、教えてーっ!」
「あたしは公平先輩が考えてくれたお料理だったら賛成ですよ!」
「うむ。一品は、スイーツにしようと思う。鬼瓦くんがうちにいるのに、菓子を作らん理由がないからな」
これについては、既に鬼瓦くんに一任している。
事前にある程度の準備が出来て、かつ見映えの良いもの。
そんな難しいオーダーなのに「任せて下さい」と心臓を捧げる鬼瓦くん。
鬼神イェーガー。
「磯部さん! しっかり! おい、誰か、紙袋持って来い! 過呼吸だ!!」
「傷は浅いですよ、お気を確かに!!」
「はい、吸ってー。吐いてー。ゆっくりですよ、頑張ってー!!」
ちょっと磯部シェフの容体が気になりすぎるけど、話進めて良いんだな?
「あ、あー。んで、残りは、その場で調理して提供する飯が良いかなと思ってな。もう結構冷える季節になったし、出来立てってのは注目度が高い」
「おーっ! さすがコウちゃん!」
「温かいものが美味しい季節になりましたよねー」
これについても、メインの方は現在鬼瓦くんと俺とでメニュー考案中。
当日も、俺たちチーム男子が調理を担当するつもりでいる。
ならば、彼女たちに作ってもらう料理は——。
「んで、これは二人にお願いしたい料理なんだけどな」
「うんっ!」
「はい!」
「フライドポテトを作ろうかと思ってるんだ」
「んー? それって、マクドナルドとかで売ってるヤツー?」
「ちょっと地味じゃないですか?」
「そう来ると思ったぜ。鬼瓦くん、説明を頼む」
「ゔぁい! 僕たちは、その場で食べて頂ける料理と、スイーツを用意します。しかし、それではどうしてもお客様の回転率が悪くなります」
「あーっ! それで持ち運べる食べ物なんだねっ!」
「なるほどー! さすが公平先輩です! 鬼瓦くんも特別に褒めてあげます!」
チーム女子の理解力の高さたるや、チョモランマである。
そのチョモランマ、先端をちょいとちぎって料理スキルに割り振れないかな?
「つーわけで、今日から3日で、二人にはフライドポテトの作り方をマスターしてもらいたい! ちなみに、作った事は?」
「ないよーっ!」
「あたしもです!」
だろうな。
「それなら、作り方は?」
「知らないけど、何となく分かるーっ!」
「あたしもそんな感じです!」
だろうな!
もうその『何となく』がそこはかとなく危険なんだよ!!
「とりあえず、油を使うから、シェフの人に付いててもらいたいんだが」
チラリと厨房の奥を見る。
「磯部さん! あなたには奥さんも娘さんもいるんですよ!!」
「頑張れ、頑張れ! 吸って、吸って! 吐いて、吐いて!!」
ちょっとお願いできる空気じゃないな!!
「くっくっく。未来の息子よ。どうやら、ワシの出番のようだな!」
パパ上! そうか、シェフじゃなくても良いじゃないか!
むしろ、冴木邸の家主が居たよ!
ずっと静かにメロンジュース飲んでるもんだから、すっかり忘れてた!
花梨パパに監督してもらいつつ、俺たちはフライドポテトの修行を開始した。
「とりあえず、自分の思うように作ってみようか! お父さん、ジャガイモを少しばかり貰っても良いですか?」
先ほど、磯部さんがご存命の時に、ストックは充分あると聞いておいたのだ。
「うむ。田中ぁ!!」
「はっ! ここに!」
「今すぐ北海道へ連絡しろ! ジャガイモを用意させる!!」
俺の言い方が悪かったのかしら。
そんな、厳選された素材を用意しなくても良いんだけども。
「あ、いや、お父さん。お気持ちだけで。本番もスーパーで買ったもの使う予定なんで、むしろここにあるヤツでも上等過ぎます」
「くくっ、こやつめ、抜かしおる! 田中ぁ! 控えておれ!!」
「はっ!」
そして瞬時に姿を消す田中さん。
姿を消さなくても一向に構わないのですよと伝えそびれる。
そして、気付くと二人がエプロン姿になっており、準備は万端。
「にへへーっ。花梨ちゃんのヤツ借りちゃった! どうかな、コウちゃんっ!」
「……可愛い」
「あたしも着ましたよー! 制服にエプロンって、何だか萌えませんかー?」
「……こっちも可愛い」
「コウちゃんっ! 感想は大きな声で、だよっ! はい、もう一回!」
「ばっ! ばっ、おまっ、ばっ!! 何でもねぇよ!!」
「もぉー。毬萌先輩、せっかく公平先輩がデレたのにぃー」
「ばっ! ちがっ、ばっ!! さっきのは世迷言だ! ちょっと口が滑ったの!!」
「桐島先輩。お時間が」
そうだった。時間は有限。今は砂金より貴重な時間だった。
「そんじゃ、とりあえず作ってみよう! レシピはこれな!」
当然のことながら、こいつらに創作フライドポテトを作らせるほど俺は間抜けじゃない。
一体何回俺がそいつに苦汁を飲まされてきたことか。
それはもう、とびきり苦いヤツを。
俺と鬼瓦くんが夜中にキャッキャウフフとこしらえた、簡単だけど一味違うフライドポテトの指南書を、二人に一枚ずつ授ける。
「じゃあ、俺たちは後ろで見てっから」
「これなら大丈夫だよーっ! コウちゃんたちは別の準備しててっ!」
「えっ、いや、でも」
「だって、ジャガイモを切って油で揚げるだけじゃないですか! 簡単ですよ!」
「あ、おう。そ、そうか?」
なにゆえ、俺は押し切られたのだろうか。
それから、俺と鬼瓦くんはバカでかいテーブルにて、料理のレシピ考案会議。
「くくっ、ここは敢えて持ち運びに特化させるが良策かもしれぬぞ?」
「あー。なるほど。席で食うのも持って帰るのも自由ってスタンスだったら、去年の豚汁とは全然違った戦い方ができるな」
「ええ。問題だった回転率についても解決しそうです」
「しかし、出来立てを、という事になれば、回転率が上がるイコール、作業速度も比例してあげる必要が求められるであろう?」
「そうっすね。ってこたぁ、メインの料理も事前にある程度の仕込みができねぇと」
「いっそのこと、ファストフードに目先を変えて考え直すのもアリかもしれません」
「くくくっ。若い発想の見せどころであるな!!」
ものすごく自然な感じで会議に参加しているパパ上。
あまりにも普通に意見を出してくれるので、気にならなかった。
むしろ、一番建設的な意見を出してくれている。
さすがは総帥。メロンくれるツンデレおじさんじゃなかったんだ!
ちなみに調理場の監督役は田中さんが召喚された。
有能な秘書ってステキ。いっそセクシーだよね。
「おーいっ! 出来たよーっ!」
「はい、パパどいて! 邪魔だから!!」
花梨がパパ上を肘でぞんざいに追い出した。
さっきまでの威厳が羽を生やして飛んでいき、「ぴえん」と言って移動するパパ上。
「おう。できたか! ……あの、これは?」
「フライドポテトだよっ!」
「うん。俺の考えてたヤツとちょいと違うな」
「アレンジしてみました!」
繰り返すが、なにゆえ俺はあの場から離れたのか。
彼女たちが差し出した皿の上。
そこには、奇怪な形のジャガイモが鎮座していた。
まさか、そのまま油にぶち込んだのかと思い、よく見ると、中身がない。
ジャガイモの外側だけがそこにあり、中身は空洞になっていた。
「なんだこりゃぎぃえぇぇええぇぇぇえぇえぇぇいっ」
クレームを入れる前に、俺の眼球めがけて何かしらの刺激物が気体となって侵入してきた。
「お、お前ら、これ! なに、これ!?」
「ガラムマサラとハバネロソースをね、内側に練りこんだのっ!」
「男の人ってカレー味好きじゃないですか! えへへ」
「き、桐島先輩! い、今、僕が目薬を!」
「ダメだ、鬼瓦くん! こっちに来るな!!」
「ゔぁぁああぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁぁあぁっ」
この日は結局、得たものはダメージだけだったと先に言っておく。
なぜなら、最期の言葉はもう決まっているからである。
俺は絞り出すように言った。
「もうマヂ無理……」
涙と一緒に零れ落ちた、俺の本音であった。
もはや希望は
誰もがそう思った。
しかし、天はまだ俺たちを見捨ててはいなかった事を知るのは、翌日の事である。
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