文化祭編

第343話 11月がやって来た!

「おらぁ! いい加減に起きなさいって!! 遅刻すんだろうが!!」

「みゃーっ……。寒いから、あと15分……やっぱり30分……」

「そんだけ待ったら、とくダネの小倉さんの挨拶だって終わるわ!!」

「みゃーっ……。録画しといてぇー。コウちゃーん……」


 また月が一つ進み、ついに11月。

 桜の花を見たのがこの間のように思えるのに、時が過ぎるのは早い。


「おおおい! もう8時だぞ!! いい加減にしろ!!」

 本当に、時が過ぎるのは早い。

 俺が布団を体に巻き付けて恵方巻になった毬萌と格闘始めてから、ついに30分が経った。


「平気だよぉー……。ギリギリまで寝てるのだぁー……」

「いや、お前! 着替えたり身支度を整える時間を計算しろよ!」

「ぬふふ……抜かりないのだぁー……みゃーっ」

「い・い・加・減……にぃ、しろぉぉぉい!!」


 俺のハッスルがこの日一番を計測した瞬間であった。

 毬萌から布団を奪う事に成功。


「みゃーっ! 寒いよ、コウちゃんっ! 何するのーっ!!」

「時計を見て言え! ……つーか、お前、なんて格好で寝てんの!?」


「ふっふっふー! 制服を着て寝てたら、時短になるのだよ、コウちゃんっ!」

「アホか!!」


 毬萌の制服はシワだらけ。

 そりゃあそうだよ。こいつ、寝相が最悪だもん。


「みゃっ!? なんでこんなにヨレヨレになってるの!? あーっ、コウちゃん! わたしが寝てる間にイタズラしたでしょーっ?」

「するか! ああ、もう良いから、お前は制服脱いどけ!」

「みゃーっ、コウちゃんのエッチー!!」

「言ってろ! おばさーん! 毬萌の替えの制服ありますかー!? ちょっと、大至急持って来て下さーい!! おばさぁぁぁぁぁん!!」


 今日が月曜日で、昨日タイミングよくクリーニングから返って来ていた制服があったのは、不幸中の幸いであった。


「行ってきまーす!」

「コウちゃん、車に気を付けてね」

「うっす! 分かってます! んじゃ、失礼します!!」


 毬萌に「気を付けろ」と言わず、俺に「毬萌の分まで気を付けろ」と言うおばさん。

 間違いなく毬萌の母親である。


 さて、全力疾走でどうにか間に合う、ギリギリのラインである。

 生徒会の会長と副会長が揃って遅刻だなんてあってはならない。


「コウちゃん、急いでーっ! 信号変わっちゃう!!」

「あひぃ、おひぃ……。ふぁん……」

 先に横断歩道を渡り切った毬萌が、俺を呼ぶ。

 それに応えて俺も、と意気込んだところ、タイミングよくおばあさんが通りかかる。


 俺は、紳士的に考えた。

 交通量は多くないが、ここは次の信号を待って、おばあさんと一緒に渡るべきではないのか。

 考えるまでもない事案であった。


「毬萌ー! ……はひぃ。俺ぁ次の信号で良いから、先に行ってろ!!」

「うんっ! 分かったーっ!!」


 そして走り出す毬萌。

 もう、校門は目前である。

 さすがに俺の目の届く範囲ならば、一人で行かせても問題なかろう。


「おばあさん。良ければ、一緒に道路を渡りましょう」

「はえ? あたしゃ、渡らないよ?」

「え? あの、横断歩道……」

「うん。渡らない」



 俺って、ほんとバカ。



「桐島くん。事情は分かったけど、副会長が遅刻したら示しがつかないよ。不測の事態に備えて、もっと早く家を出なくちゃ」


 校門に立っている浅村先生の言う事は至極当然。

 例えば産気づいた妊婦さんと遭遇する事にも備えて、家を30分は早く出るのが紳士としてのたしなみだろう。


 おかしいな。俺、家出たの1時間以上前なのにさ。


 11月の風は、なんだか俺にだけやたらと冷たい気がした。



「はいっ! じゃあ、今日は2週間後に迫った文化祭について、会議をしますっ!」


 放課後になり、今日も今日とて生徒会活動。

 本日から、文化祭に向けて準備が始まる。

 文化祭と言えば、学園のイベントでも屈指の花形。

 そして、責任者は我々生徒会。

 準備を疎かにして良いはずがない。


 天海先輩と土井先輩から受け取ったバトンの重さを忘れてはならぬ。

 完璧な文化祭を開催して、お二人を安心させるのだ。


「あの、公平先輩は何してるんですか?」

「にははっ! コウちゃんね、遅刻したから反省文書いてるの!」

「えー!? 時間にキッチリしてる公平先輩がですか!? 体調が悪かったとかですか? 心配ですー」


「ちょいとアクシデントがあってな。大丈夫。もう、次からは容赦しない」


 俺は紳士であるからして、「そこの笑ってるアホの子がアホみたいに布団から出てこねぇから時間をアホみたいにロスしたんだ!」などとは言わない。

 その代わり、明日の朝からは容赦をしない。


「それにしても、高校の文化祭と言うものは生徒会として出店をするものなのですね。僕は知りませんでした。お恥ずかしい」

「あたしもビックリです! 中学校の時とはやっぱり違うんですねー」


「おっしゃ! 書けたぁ!! ちょいと職員室行ってくる! あとな、二人とも。多分、うちが特別なんだと思うぞ。5月にやったオリエンテーリングがあったろ? あれと一緒で、うちの学園は文化祭も生徒会が立案する企画なんだよ」


 俺は「毬萌、あとの説明頼むぞ」と言い残して、職員室へ。

 さっきホットココア飲ませといたし、きっと天才モードだろう。



「失礼します。生徒会の桐島っす。浅村先生、いらっしゃいますか?」

「今はボクだけだよ。桐島くん」


 教頭しかいない職員室。

 またの名を地獄と言う。


「あの、浅村先生は」

「彼は急な来客でねぇ、しばらく戻らないよ。大丈夫、要件は聞いているからねぇ」

「ああ、そうでしたか。では、これ、反省文っす」

「うん。確かに」


 おや、今日の教頭はずいぶんとおとなしいな。

 などと思った、俺がバカだった。

 今日の俺ってば、ほんとバカ。


「桐島くん、君ねぇ。ウサギとカメのお話を知ってるかね? ウサギは足が速いのに怠慢で、カメは足が遅い代わりに勤勉だよねぇ」

「うっす。存じております」


「君はアレだねぇ。怠慢なカメだねぇ。なんだい、おばあさんを助けようと勘違いして遅刻しましたって言うのは。言い訳もカメ並だねぇ」



 教頭のスカルプシャンプーに除毛剤ぶち込んでやりたい。



「以後、気を付けます」

「気を付けてもねぇ。カメが遅刻しないように気を付けて、果たして必ず刻限に間に合うかねぇ? 僕は、また遅刻すると思うねぇ。カメ島、ああ、桐島くん」



 教頭の行くヘッドスパの担当の人、今日はボブ・サップにならねぇかな。



「すんませんでした」

「もうじき文化祭だけどねぇ。今年は期待できないかねぇ。だって、生徒を引っ張るのが、カメじゃあねぇ。神野くんと言う優秀なウサギの足を引っ張るカメがねぇ」


 その後、10分に渡り嫌味をネチネチと繰り出されたのち、ようやく解放された。

 俺は走った。

 今日ばかりは廊下だって走っちゃう。


 カメだって、走る時はすげぇ速さだって事を見せてやるのだ。


「帰ったぞ! ちくしょう!! 毬萌! 二人に説明しといたか!?」

「みゃっ!? う、うん。したけど、コウちゃん、どしたのー?」

「ちょいとハゲとデブと陰気のジェットストリームアタック喰らっただけだ。気にすんな。俺ぁもう、全然、これっぽっちも、マジのガチで気にしてねぇから!!」


 3人が、何故か無言で頷いた。


 よく分からんが、彼らの中でなにがしかの共通認識が生まれたらしかった。

 ならば、その勢いで、力を合わせようじゃないか。

 最高の文化祭を執り行うために。


「おっしゃあ! 会議していくぞ!! 準備は良いな、みんな!!」


「二人とも。コウちゃんのテンションに付き合ったげてー」

「当然です。いつも桐島先輩が矢面やおもてに立って下さるお姿を見ていますので」

「また教頭先生と揉めちゃったんですね……。相性悪いですよね、お二人」



 今に見ていろ、教頭め。

 目にもの見せてくれる。


 ショックのあまり髪の毛全部抜け落ちろ!!




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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よりぬき生徒会さん 生徒会とボーリング

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目次 またの名をお品書き

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