第29話 生徒会とボーリング

 高校生らしく、ラウンドワンに行ってボーリングがしたい。

 高校生になったら、きっと日常的にラウンドワンに行くものとばかり思っていた。

 それがどうだ。

 来る日も来る日も仕事に追われ、仕事のラウンドはワンどころかワンハンドレッドを余裕で突破している。


 そこで俺は閃いたのだった。



「んーんーんんー。よし、こんなもんで良いだろう!」

 ご機嫌なナンバーを口ずさみながら、俺は生徒会室にペットボトルを並べていた。

 中には三分の一くらい水を入れてある。

 それを10本。丁寧に並べた。

 そして、手には先ほど落とし物として届けられたソフトボール。


「あれーっ? コウちゃん、何してるの?」

「おう。来たか、毬萌」

「すごく急いで教室から飛び出して行ったから、おトイレに籠ってるのかと思ったー」

「勝手に人を便所で引き籠らせるな」


「お疲れ様ですー! あ、先輩方、もう来られていたんですね! あたしが一番乗りだと思ってたのに! さすがです!」

「おう。花梨。よく来てくれた」

「えっ? 何ですか? 何かあるんですか、今日」

「フフフ。それは全員が揃うまで内緒だ」


 そしてドドドと地鳴りが聞こえてきた。

「ゔぁあぁぁぁっ! ずびばぜん! テニス部のネットの支柱を埋め直していたら遅れてしまいました!!」

「……あれって、個人の力で抜いたり埋めたりできるんだ。おう。まあ、気にすんな、鬼瓦くん」

「ゔぁい! 桐島先輩の優しさが五臓六腑に染みわたります!!」


「ところで、諸君。これを見てくれたまえ」

 丁寧に並べたペットボトル。

 上から見ると、さぞかし美しい三角形になっているだろう。


「もうっ、ダメだよ、コウちゃん! ゴミをこんなところに並べたら!」

「ゴミじゃねぇよ!! 俺の苦労をゴミとか言うなよ!!」

「でも、これって何かの儀式ですか? あたしも何だかよく分からないです」

「やれやれ。女子には難しかったかな。なあ、鬼瓦くん」


 すると、彼は一つ大きく頷いた。

 やはり分かるか。さすがは男子。さすがは鬼。

 鬼神きっちり。


「そうとも、こいつは!」

「水質汚染の調査ですね!」



「違ぇよ! ボーリングだよ!! 俺の手作りの!! ボーリングだよ!!」



 俺は、ラウンドワンに行けない悲しみとフラストレーションを拭い去るべく、今日は仕事の前に余興を用意していたのだ。

 ピンは適度に水の入ったペットボトル。

 球はソフトボール。

 我ながら、素晴らしい発想だ。

 廃物利用しているところなど、特に高得点。


「ちょいとゲームでもしようじゃないか。一人につき一投のみのガチンコ勝負だ! 当然、ピンを多く倒せたヤツの方が偉い!」

「わぁー! ちょっと楽しそうです! 桐島先輩、アイデアマンですねー!」

「僕もそのように心のゆとりを持てるよう精進します」


 後輩たちの評価は上々。

 せっせと準備したかいがあると言うもの。


「仕方ないなぁ! コウちゃんが一人で寂しく準備してたゲームを無視したら、可哀想だもんね! みんな、付き合ったげてー!」

「言い方ぁ!! ……言っとくけど、最下位は全員にジュース奢りだからな!」


「えーっ! ありがとう、コウちゃん! わたしね、なっちゃんのリンゴ!」

「じゃあ、あたしはリプトンのアップルティーをお願いしちゃいます!」

「僕はいちごオレを。恐縮です」



 なんで君らは全員が俺に勝つの前提で話を進めているのか。



 そりゃあ、本物のボーリングだったら、俺に勝ち目はないかもしれない。

 最後にプレイしたのは中学の時だが、あまりにも球が重かったので、そのボーリング場で一番軽い6ポンドのヤツを借りた記憶がある。


 まあ、普通に溝掃除をし続けたね。

 しかも子供用を想定しているからか、指が入らないでやんの。

 あれは、ボーリング場サイドにも落ち度があると思う。


「お前ら、あとで泣きを見てもしらんからな! よし、レディファーストだ! 女子からやっていこうじゃないか!」

 仕事もたんまり抱えているので、余興はサクッと済ませる。

 これが我ら生徒会の流儀。


「じゃあ、あたしやります! ここの線から転がすんですね。……それっ!」

 花梨の投じたソフトボールは、やや右に逸れた。

「もぉー! なんで思った通りに行かないんですかぁー!!」

 倒れたピンは4本。まあ、頑張った方だな。


「ふっふっふー。次はわたしだね! みゃーっ!!」

 毬萌の投じた一球は完璧であった。

 ど真ん中を寸分の狂いもなく転がっていくボール。

 しかし、甘い。甘いんだよ、毬萌さん。


「みゃっ!? 外側のピンが倒れなかったー! おかしいなぁ、計算したのにぃー」

 毬萌の記録は8本。それでも高スコアを出すあたりは流石である。


「では、僕も失礼します。……ゔぁぁぁあぁぁっ!!」

 鬼瓦くんの剛速球は、ピンから大きく外れるコースを取った。

 が、勢いそのままに後ろの壁で跳ね返って、結果的に6本倒れた。


 ここで種明かしをしよう。

 実は、ペットボトルに入れた水の量を調整してあるのだ。

 つまり、先頭のピンに対して、左斜めから切り込むように当てれば、全てが美しく倒れるように俺が計算して配置しておいた。


 ズルい?

 いいや、違うね。

 これは作戦だ。

 俺には体力がない。運動神経もない。

 ならば、知恵を使うのが正解。誰に憚ることもない。


「そんじゃ、俺がトリだな。……ああああああああいっ!!」


 俺の投じた球は、完全に計算通りの起動を描く。

 そしてそのまま、先頭のピンに接触。



 そこで球は動きを止めた。

 ピンは微動だにしなかった。



「ちくしょう! ちくしょう!! ボーリングなんか大嫌いだ!!」

 俺は涙をこらえながら、財布を片手に捨て台詞吐いて部屋を飛び出した。


 今回の敗因?

 てめぇの力を過剰に計算していたことに尽きる。

 まさか、ペットボトルがピクリとも動かないとは思わなかった。



 俺、多分、高校生活を終えるまで、ラウンドワンには近寄らないと思う。

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