第30話 花梨と隠し撮り

 何やら今日は誰かの視線を感じている。

 そんな事を言うのは、大概の場合、自意識過剰である。

 お前の顔など誰が好き好んで見るものかと言われたら、「まったくその通り」と膝を打つ準備は出来ているくらいに自覚がある。


「もぉー! 桐島先輩、どうしてじっとしていてくれないんですかぁー!」

「おう。と言うと?」

「今日、ずーっと隠れて見ていたのに、ひどいですよぉー!」


 可愛い後輩が、今日ずっと俺をストーキングしていたと告白してきた。

 世の中、需要と供給が適切に行われるのは稀であるが、これはどうしたものか。

 ひとまず、事情を聴く必要があると思われる。



「なんで俺の様子をうかがってんのよ? 声かけてくれりゃ良いのに」

「ダメなんですよ! だって、先輩って意識するとアレじゃないですか。変な顔するじゃないですか!」

 思った以上に辛辣なダメ出しに、心がいささかモニョっとする。


「……おう。ごめんな、変な顔で生まれてきて」

「あ、違いますよ! 先輩のお顔立ちは、あたし結構好きなので! すみません、言葉足らずでした! 写真の話です!!」

 土砂降りの心模様に、少しばかり光明が差し込む。


「ええと、つまり? 花梨は俺の写真が撮りたかったから、今日は暇を見つけては俺の周りをウロウロしていたと、そういうアレかな?」

「はい! だいたいそういうアレです! さすが先輩、すごい理解力!」


 それはそうだ。

 てめぇの面に自信はないが、大切な後輩に変な顔呼ばわりされていない可能性に賭けているのだから、話がそっちに流れると反応も鋭くなりますとも。


「そもそも、なんで俺の写真が必要なの?」

「えっとですね、あたし、スマホの電話帳に仲の良い人を登録する時、写真も一緒に保存するのが趣味なんです! それで、ぜひ先輩の写真も欲しいなって!」

「なるほど。何となく話が繋がってきたぞ。昨日の写真はそう言う事か」


 実は、昨日の放課後、花梨は生徒会メンバーの写真を撮っていた。

 毬萌も鬼瓦くんも、すんなりと撮影された。

 だが、その簡単な作業に凄まじい苦戦を強いる相手がいた。

 何を隠そう、俺である。


「だって、桐島先輩、何回スマホ向けても変な顔で写るんですもん! あ、もしかして写真撮られるの、恥ずかしいタイプですか?」

「違う、違う! 別に俺なんかの写真くらい、好きに撮ってもらって構わんよ!」


 ただ、困ったことがある。

 これは幼稚園の頃に発症して以来、ずっと患っている俺の持病なのだ。



 端的に言うとね、俺、むちゃくちゃ写真うつりが悪いの!



 小学生の卒業式の集合写真では、先生に「ふざけるのをヤメろ」と叱られ、中学校の修学旅行ではあまりの変顔に俺の写真を魔除けにする者が続出した。

 察するに、俺のカメラとの相性は最悪のようであった。

 と言うか、人の写真を魔除けにするんじゃないよ!!


「つーことで、俺はどうあがいてもまともにカメラと仲良くできん運命らしいんだ」

「そうだったんですか……。あたしも、意識すると変な顔になっちゃうのかと思って、今日はこっそり先輩を隠し撮りしていたんですけど……これ……」


 そう言って、花梨は俺の写真をスマホに表示させた。

 中庭でご飯食べている俺。目の半開き方がヤバい。

 休み時間に友人と談笑している俺。なんでそんなに顔がブレているのか。

 掃除をしている俺。窓越しに撮影されたため、生首みたいになっている。


「……おう。ごめんね」

「あ、あはは……。で、でもでも、あたしはこの先輩とか好きですよ?」

「おう。学園長の銅像の添え物みたいになってる俺な。そうなんだよ、端っこでものすごくちっちゃくなってると、たまにまともに写るんだよ。……小さいけど」


 例えば、別の被写体のはるか後ろに俺がいる場面を切り取ったりすると、たまにそこそこ見られるレベルには写りこむことが出来る。

 しかし、それは俺の写真じゃない。

 分かっているさ。言われなくったって!



 もうアレだもん、それは誰かの写真の背景の一部だからね!!



「……あっ! 桐島先輩、あたし、良い事考えました!」

「おう。アレか? 馬の顔のマスクでもかぶろうか? あのパーティーグッズのヤツ。ちょっと俺、ドン・キホーテまで行って買ってくるよ」

「違いますよー! 先輩、要するに誰かの後ろにいれば、少し変な写真で済むんですよね!? あ、ごめんなさい、変な写真とか言っちゃって」


 俺は、笑顔で「いやいや」と花梨に向かって首を振る。

 変なものを変と言える仲って、大事な関係じゃないか。

 変に気を遣われるよりはずっと嬉しい。


「で、何か作戦があるのか?」

「はい! こうするんです! よいっしょっと! 失礼します!!」

「お、おおおおっ!? か、花梨、花梨さん!?」


 花梨が俺の座っているソファの真横に腰を下ろす。

 そこはもはやソファではない。

 俺の足の上である。


「こうやって、あたしが自撮りする感じで写真を撮ったらどうかなって思いまして!」

「おう! 発想は素晴らしいと思うけど! 距離が近すぎじゃねぇか!?」

「大丈夫です! あたし、先輩とならくっ付いても平気ですので!!」



 俺が平気じゃねぇんだよ!!



「はい、撮りますよー! 笑って下さーい」



 そして、写真は無事に撮れた。

 ……らしかった。


「あ! これなら良い感じです! 早速登録しちゃいます!! えへへ」



 とても可愛い花梨の奥で、笑ったなまはげみたいな顔をしている俺。

 花梨が嬉しそうなので、もうそれはそれで構わないけども。


 俺とカメラの不仲はまだまだ溝が深そうである。

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