第31話 毬萌と年賀状

 今日は日曜日。

 思い切って、部屋を掃除する事に決めた。

 埃を払い、カーペットとベッドを移動させて、クイックルワイパーを出動させる。

 なかなかの大仕事。結構しんどい。


 と言うか、割とキツい。ぶっちゃけ、かなり後悔している。

 テーブルまで廊下に運び出したは良いものの、俺の体力のゲージは既に赤に近い黄色。

 クイックルワイパーを使ったら、多分活動限界がやって来るだろう。

 猫の手も借りたい。

 いや、犬の手でも良い。


「コウちゃーん! 来たよーっ!!」

「おう! 毬萌! よく来たなぁ!!」


 アホな柴犬系女子がやって来た。

 俺は彼女を大歓迎。

 絶対に帰さないぞ。俺の部屋の掃除が終わるまでは。



「えーっ!? お掃除手伝うのヤダよぉー。わたし、帰るねっ!」

「待って、お願い、帰らんでくれ! もう、ベッドとか、自分でもどうやって運べたのか分からんくらいの奇跡で移動させてんだ!」

「やーだぁーっ! だって、コウちゃんの腕力を計算すると、絶対にわたしが一人でおっきい物を運ばないといけなくなるもんっ!」

「いやぁ、さすが! 天才は考えるのが速い! すごいなぁ、毬萌はすごい!!」


 毬萌の手を引っ張って、駄々をこねるのが俺。

 褒め殺しだろうと、みっともない姿だろうと、何でもする覚悟である。

 だって、このままじゃ俺、今晩どうやって寝たら良いの!?


「むぅーっ。……じゃあ、コウちゃん、アイス買ってくれる?」

 つ、釣れたぁぁぁぁぁぁっ!!


「おう! 買っちゃう、買っちゃう! 3個でも5個でも買っちゃう!!」

「……もうっ! 仕方のないコウちゃんだなぁ!」

「ありがとう! マジで助かる! 恩に着る!! ガリガリ君で良いか?」

「ハーゲンダッツ!」



 おう?



「いや、毬萌さん。ガリガリ君……美味しいよ?」

「ハーゲンダッツ!! 5個だからねっ!!」



 ……嗚呼。



 さすがは毬萌。

 天才を雇うには、それはもう大変な対価が要求されるらしかった。

 そして、それを断れる道理がない。


「分かったよ! コンビニにある全部のフレーバー買ってやっから!!」

「やたーっ! じゃあ、コウちゃん、おっきいものから運ぶよーっ! 効率よく、いかに楽をするか、これがお掃除の基本なのです!!」


 生活力の低い毬萌。

 普段から料理はもちろん、掃除だって自分ではしない。

 おばさんに任せるか、時には俺が駆り出される事もある。

 それなのに、いかに楽をするかの計算は瞬時にできるらしかった。

 天才って使い方を間違えると、なんだかすごく損した気分。


「コウちゃん、せーので持ち上げるんだよっ! せーのっ! ……みゃー」

「い、言っとくけど、俺ぁ今、全力だぞ!?」

「うん。分かってる。今はね、コウちゃんがこのベッドをどうやって運んだのか考えてるんだーっ。多分、軽く宝くじの二等が当たるくらいの奇跡が起きてるねっ!」


 俺は奇跡を何たる無駄なことに使ってしまったのか。

 俺の人生で、あと何回奇跡の数って残っているのだろうか。

 まさか、これが最後じゃあるまいな!?


 それから30分後。

「みゃーっ! これで全部だねっ! ふぅーっ、疲れたぁー」

「うっす。お疲れ様っす、毬萌さん。これ、リンゴジュースっす!」

「うむっ! 良い心がけですな! ……あれ、コウちゃん、これ年賀状? 見てもいーい?」

「ああ、さっき棚の整理した時に出て来たんだ。構わんぞ。来年の年賀状書く時に困るといけねぇから、別にしとこうと思ってな」


 毬萌はベッドに寝転んで、足をパタパタさせながら年賀状を鑑賞。

 普段なら「行儀が悪い!」と尻でも叩くところだが、今日は流石に俺だって弁えている。

 もう、気の向くままにパタパタさせて下さい。


「結構あるんだねーっ。コウちゃん、こんなに友達いたんだ!」

「全部が友達じゃねぇよ。小学校とか中学校の時の先生とか、従姉妹とか、じいちゃんとかばあちゃんとか、その辺だ」

「あー、ホントだ! 同級生からはほとんど来てないね! 良かったぁー!」

「お前、ナチュラルに酷いこと言うね……。なにも良い事ぁねぇよ?」


 そうだよ。

 同級生から来た年賀状なんて、3枚だけだよ。

 しかもその1枚、毬萌からだよ!


「ところで、今ふと思ったんだが。なんでお前、毎年、年賀状にピカチュウなの?」

「ほえ? だって、コウちゃん好きじゃん!」

「そりゃあそうだが。そして毬萌の描くピカチュウは可愛くて嬉しいけども。普通は、干支とか描かねぇか?」



「えっ!? 年賀状って好きなキャラ描くんじゃないの!?」

「んな訳あるかい!!」



「だ、だって、コウちゃんだって、この間の年賀状はピカチュウだったし」

「ネズミ年だったからな!!」

「に、にははーっ。これは、わたしとしたことが!」

「お前、もしかして、友達全員に毎年ピカチュウ描いて送ってたの!?」


 ちょっと笑ってやろうと思い、俺も反撃。

 今日は恩義があるけども、このくらいは許容範囲だろう?

 ちゃんとあとでハーゲンダッツ祭は開催してやるんだし。


 と、思ったのも束の間。

 俺の予想と全然違う答えが返ってくるものだから、天才って怖い。



「んーん。平気だよっ! だってわたし、コウちゃん以外に年賀状出さないもんっ!」



 改めて毬萌の年賀状を見てみると、そこには毛並みの良い立派な手描きのピカチュウが鎮座していた。



「毬萌。コンビニ行くぞ。好きなだけハーゲンダッツ買ってやる」

「えーっ!? コウちゃんが太っ腹だーっ!! 行くーっ!!」



 今日はもう、俺の完封負けで良いと思った、日曜日の夕暮れ。

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