ハロウィン編
第333話 魔窟の入り口 ハロウィンパーティー!
明日に迫った学園のハロウィンパーティー。
風呂上がりのコーラを堪能しつつ、俺は夜空を眺める。
仮装に関しては、毬萌と花梨が用意をすると張り切っていた。
この時点で既に嫌な予感がするのは何故か。
多分、経験則による予測であると思われ、またその予測は多分外れない気がして、何となく憂鬱な気分になっていく。
そんな曇り始めた俺の心を、パッと快晴へと導く着信が。
なに? 夜なんだから、快晴はおかしい?
じゃあ星の海でも光る月でも何でもいいよ。訂正よろしく、ヘイ、ゴッド。
「あー。んんっ! あーっ、まーっ!」
発声練習は大切である。
俺の中でも最高級のイケボでお出迎えせねばならぬからだ。
しかし、電話の向こうで彼女を待たせる訳にもいかぬ。
俺は、良い感じに喉を温めたのち、スマホのボタンを
「ああ、もしもし? 心菜ちゃん。どうしたかな?」
「……なにいい声出してんのよ、あんた」
回転寿司で俺の注文したサーモンが前の席の客に横取りされる幻影を見た。
「……氷野さん。うん、ちょっとごめんね」
俺はすみやかにディスプレイを確認。
そこにはしっかりと『氷野心菜』と表示されていた。
「あの、これ、心菜ちゃんのスマホじゃ?」
「そうよ」
酷いじゃないか。上げて落とすなんて、酷いじゃないか。
「ええと、心菜ちゃんはいずこへ?」
「今、お風呂よ」
「そうなんだ。あの、氷野さん? 用があるなら、自分のスマホからかけてくれたら」
そうしてくれたら、俺は心を弾ませる事もなかったし、イケボを用意する必要もなかったのに、とまでは流石に言えなかった。
心菜ちゃんのお姉さんは氷野さん。
つまり、将来的にお
「ちょっとね、あんたにお願いがあるのよ」
「ええ……」
「なんで嫌そうなのよ! ……心菜に関する事なのよ。あんたに頼むしかなくて」
「聞こうか!!」
「……露骨に態度が変わるところに腹が立つけど、力を貸して」
なんだか既視感を覚えるやり取りである。
氷野さんの相談は要約するとこうなる。
「うっかりハロウィンパーティーの話をしたら、心菜ちゃんが行きたがってしまい、断ろうとしたら、姉さま嫌いなのです! と言われて、死にたくなった。助けて」
つまり、心菜ちゃんにコスプレをさせたくない氷野さんだけども、これ以上心菜ちゃんに嫌われたくないので、俺を召喚することにしたらしい。
なるほど、心菜ちゃんの信頼が厚いこの俺をチョイスするとは、お目が高い。
「つまり、心菜ちゃんを上手いこと止めりゃいい訳だ?」
「そうなのよ。あんた、交渉術に
「ふふふ、そう言う事なら任せてくれ! 氷野さん!!」
「はわわー。姉さま、どうして心菜のお部屋にいるのです?」
心菜ちゃん、お風呂から帰って来る。
「あ、ああ! ちょうどね、心菜のスマホが鳴っていたから! 持って行ってあげようと思ったのよ!! ホントに、ええ、ホントに!!」
「誰からなのですー?」
そして画面を覗き込む心菜ちゃん。
俺と目が合い、こんばんは。
「あ! 公平兄さまなのです! こんばんはです!!」
うん。可愛い。
「おう、こんばんは。ちょっと心菜ちゃんとお話がしたくなってね」
くぅぅぅぅっ! 湯上り心菜ちゃん、可愛い!!
そんな心の声をおくびにも出さない俺、今日は絶好調。
「兄さま、兄さまー! 明日、兄さまの学校でパーティーがあるって聞いたのです!」
早速本題に踏み込んでくる心菜ちゃん。可愛い。
「おう。そうだな。でも、アレは危ないからなぁ」
「はわわー。えとえと、危ないのです?」
「そうなんだよ! やたらと大きな声のお姉さんとか、何をするのも先読みしてくるお兄さんとかが居てね、ちょっと心菜ちゃんには危ないかなぁって」
すみません。
天海先輩、土井先輩。
ここは俺に免じて、どうか土管から出てくるパックンフラワー役を頼みます。
きっと、心菜ちゃんも目に見える危険には近づかないと思うので。
「はわー。……あ! じゃあ、美空ちゃんも一緒に連れて行くのです!」
「……それは良い考えだなぁ」
敬愛する先輩たちを悪者にした挙句、被害拡大。
こうなればもう、最終手段だ。
「あとね、口に出すのも危ない外国人もいるんだよ。怖いところだよ?」
「外国人なのです!?」
「そう。髪は金髪でサラサラだし、目は青くて綺麗だし。口は
「会ってみたいのですー!」
「ゔぁあぁあぁぁっ」
好奇心溢れる心菜ちゃん、可愛い。
けど、辛い。
ああ、画面の後ろの方に『家政婦のミタゾノ』みたいになってる氷野さんが。
分かった。言うよ。言えば良いんだろう。
「心菜ちゃん。今回はちょっと、参加するのはダメかなー。厳しいかなぁー?」
「はうぅ……。兄さま……まで、ぐすっ、イジワルするのです?」
「え!? い、いや!? ちが、違うんだよ!?」
「うぅぅ……。兄さまも嫌いなのです!!」
——僕が死のうと思ったのは。心菜ちゃんに嫌いと言われたから。
瞬間。俺の脳が一度シャットダウンし、ダミープラグが立ち上がる。
俺の脳内では、生にしがみ付く事だけを優先するプログラムが発動した。
ギアスでもかけられていたんだろうね。
「な、なーんてね! 心菜ちゃんも美空ちゃんも、一緒にパーティーに行こう!!」
「はわっ!? 良いのですー?」
「良いに決まってるじゃないか! 俺が全責任を持つ!!」
「はわわー!! 兄さま、大好きなのですー!!」
これで良かったんや。
義姉さん。いやさ、氷野はん。ほんま、許しておくんなまし。
そして俺は、暗くなったスマホを静かにテーブルへ置いた。
もう、寝よう。明日は忙しくなりそうだ。
「公平先輩! 今、天海先輩に確認してきたところ、心菜ちゃんたちも出席して問題ないそうですよ!」
「おう! そりゃあ良かった! ねえ、氷野さ痛い痛い痛い痛い痛い」
「良かったわねー。心菜、美空ちゃん。兄さまが、全力でエスコートしてくれるらしいわよ?」
「エスコートね! するする! 任せてく痛い痛い痛い」
「二人に身の危険がせまったら、あんた、身を差し出しなさいよ? 良いわね?」
「う、うっす」
「私もずっと傍に居るつもりだけど。頼りにしてるわよ、に・い・さ・ま?」
委細承知しました。
だから、俺の頭がヒトデみたいな形になる前に、アイアンクローを外して下さい。
「まずは仮装しなくちゃだねーっ! さあ、着替えよーっ!」
「ばっ! 毬萌、おまっ! まだ俺と鬼瓦くんがいる! ばっ! ばっ!!」
「平気だよーっ。まだ下にキャミ着てるもんっ!」
いつかも言ったが、それ大丈夫のライン越えてんだよ!!
「もぉー! 先輩、いつまで見てるんですか!」
「あ、いや、すまん! お、鬼瓦くん、とりあえず生徒会室から出よう!!」
「あ、桐島、先輩! 武三さん、なら、もうとっくに、出ていき、ました!」
「……Oh」
鬼神エスケープ。
ムーンチャイルドかな?
そして、コンビニに不法侵入した猫のように首根っこ掴まれて、俺は外に出された。
続いて、花梨がひょいと顔を出し、俺に袋を渡す。
「男子の衣装はこの中に入ってますから! 着替えておいて下さいね!!」
「……おう。了解」
「それでは、男子トイレで着替えましょうか。先輩」
「鬼瓦くん、どこに潜んでいたんだ」
「壁とドアの間に挟まっていました」
鬼神ひっそり。
「……そっか。まあ、行くか。女子待たせちゃいけねぇし」
「ゔぁい!」
こうして乗り込む、
またの名をハロウィンパーティー。
今回は、生徒会メンバーに加えて、氷野さん、勅使河原さん、心菜ちゃん、美空ちゃんの大所帯。
何も起きないはずがない。
気を引き締めて、俺と鬼瓦くんは名作『アルマゲドン』の出動シーンよろしく、エアロスミスの曲をバッグに歩き出した。
ムーンチャイルドじゃないんだ。
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