第332話 もう限界だから俺はここに住む
「ほーら、先輩! 頑張って下さい!! あと9キロですよー!!」
9キロって花梨さん。俺の歩ける距離じゃないよ。
現在、俺は花梨と腕を組んで歩いている。
……かのように、周りの一年生からは見えるだろう。
言い直そう。正しい表現に差し替えよう。
現在、俺は花梨に引っ張られるようにして歩いている。
腕を組んでいるのは花梨の趣味であり、俺の意図するところではない。
「マジかよ! 冴木さんと副会長ってやっぱり!!」「副会長の相手は会長じゃね?」
「どっちもらしいよ!」「えー? マジ? 冴木さん可哀想!!」
ほら見たことか。
花梨が「腕を組んだ方が効率よく先輩を引っ張れます!」とか言うから、反論する体力も温存してされるがままになった結果がこれだよ。
「ふふっ! せーんぱい! あたし、可哀想らしいですよ? えへへ!」
「ふがっ……失敬。その割にゃ、ものすごく嬉しそうに見えるけども?」
油断するとブタの鳴き声みたいな呼吸音が発生する。
俺の肺、もしかして何か異常が起きているのでは。
「えー? そんなことないですよぉー。先輩、もっと腕を引っ張ってあげます!!」
「……おう。そんなに密着する必要があるのかは分からんが、助かる」
腕に花梨の胸部が触れている、それはラッキースケベじゃないかって?
俺の腕に感覚が残っていたら、そして俺の脳内に
今の俺にとって、花梨は推進力以外の何ものでもないのだ。
とりあえず、花梨とのドッキングが切れたら俺、その場で座り込んじゃう。
「冴木さーん! 氷野委員長が呼んでるよー! ちょっと来てくれるー?」
「あ、松井ちゃん! はーい! すみません、先輩、ちょっと行ってきますね!」
「あひゅん」
予告した通り、その場に座り込んだけど?
より正確な表現をすれば、その場で崩れ落ちたけど?
「おいおい、見ろよ! 男子の敵の副会長様だぜ!」
「怪我でもしたのか、座り込んでやがる!」
「けっひっひ! こいつは良いとこに立ち会えたぜ!!」
君ら、急に世界観が違う感じでいきなり出て来て場を混乱させるのをヤメてくれ。
大丈夫、ちゃんと覚えているよ。
アレだよね?
体育祭の時に騎馬戦で
多分誰も覚えていないと思うけど、俺はちゃんと覚えていたよ。
それで、アレかい? 今から俺は身ぐるみ剥がされるのかい?
「おい、見ろよ! こんなところにレッドブルがあるぜ!」
「こっちには濡れたタオルがありやがる!」
「けっひっひ! 副会長さんよぉ、精々こいつでも喰らってな!!」
そして3人組は、名も名乗らずに、レッドブルと冷えたタオルを置いて去って行った。
なにこれ、普通に良いヤツ!!
なんでいじめっ子調で現れたのか分からんが、君ら、普通に優しいな!
じゃあ、もっと普通の態度で話しかけてくれたら良いのに!
どういう事情で舌をやたらとベロベロ出してたの!?
自分から好感度下げに行くとか、今はそう言うのが流行ってるのかな?
俺の体力が尽きているせいで、お礼も言えてないし、君たちの名前すら語ってあげられやしない。
「……ああー。染みるねー」
頂いたレッドブルは飲んで、空を見上げる。
何と言う秋晴れの空だろう。
地べたに座るのが丁度良い塩梅であり、冷えたタオルを首にかけたら、さらにケツの座りが良くなった。
おっし。もうここに住むか。
ここを拠点に、街を作ろう。
そうすれば、無理に学園まで帰らなくとも済むじゃないか。
まずは食料品を扱う店を誘致して、次はインフラ整備。
それが済んだら、各種遊興施設も欲しいな。
うむ。忙しくなってきたぞ。
「桐島先輩! どこにいるのかと探してみたら、こんなところに!!」
「おう。鬼瓦くん」
「おう、じゃないですよ!! 最後尾から1キロくらい遅れています! 先ほどから毬萌先輩が、コウちゃんが神隠しにあった! と
「俺が神隠しに? そいつぁ大変だ。皆にも苦労かけるなぁ」
「だ、ダメだ! 僕の桐島先輩が、酸素欠乏症に!!」
失礼だな。
俺ぁダメじゃないよ。これから、ここに街を作るんだ。
街の名前? そうだなぁ、桐島町じゃ、
鬼瓦くん、何か良い意見ある?
と、俺の壮大な計画をお日様眺めながら彼に語ると、鬼瓦くんは泣いた。
「ゔぁぁあぁぁあぁっ! ずびばぜん!! 僕が付いていながら、先輩ぃぃぃぃ!!」
「おふぅん」
俺の体が宙に浮かんだ。鬼瓦くんに抱えられたのだ。
そして、鬼瓦くんがスマホで誰かと連絡を取る。
「こちら鬼瓦です! 至急、至急! 要救助者1名! 重症です!!」
俺が覚えているのは、ここまで。
次に気が付いたら、何故か学園の保健室のベッドの上で、周りにはいつものメンバーが揃っていた。
「おう。おはよう、みんな」
とりあえず、目覚めた時の挨拶としては適切なものをチョイス。
「わーんっ! コウちゃーん!! なんで死んじゃう前に言ってくれなかったのぉー!!」
「そうですよ!! あたし、公平先輩を置き去りにした事……すごく後悔して……!!」
毬萌と花梨に抱きつかれながら、俺は呆けた顔で誰かに説明を求める。
「はあ……。体育祭でちょっと活躍したかと思えば、結局いつものあんたじゃない」
ため息を盛大に吐きながら、氷野さんが俺の身に起きた出来事を端的に説明。
体力の限界を迎えた俺は、鬼瓦救急車に乗って、超特急で帰還した。
端的過ぎる?
だって、これ以上なにをどう形容しても多分この事実は綺麗にならないから。
だったら、
「それにしても、生徒会の皆は分かるにしても、氷野さんまで俺の事を見舞ってくれるってのは、なんか嬉しいな」
「べ、別に!? 私はあんたに死なれたら困るだけだから!!」
「おっ! ツンデレ頂きましあぁぁぁうおぅ」
学習能力のない俺である。
氷野さんは、普通に手が出ます。
「……ほら。これ、読みなさいよ」
「おう。なに、このオシャンティーな封筒。ラブレター?」
「……だったら良いわね」
その封筒は黒く、そして金色の縁取りが目を引いた。
周りにはカボチャをかたどったデザインが施されており、時節を考えると、さすがに「あ、ハロウィンだな」と考えに至る。
中を
『今週の金曜日の夜。ささやかながら、ハロウィンパーティーを主催致します。生徒会の皆様におかれましても、何卒ご参加下さいますよう願います』
「ははあ、今年はそんなイベントがあるのか。去年はなかったよね」
「問題は差出人よ。見てみなさい」
「うん。そうしたいんだけど、毬萌と花梨が邪魔で見れねぇや! 痛い痛い痛い!」
両手が塞がっているって事は、アイアンクローの回避率0パーセントだね。
道理だよ。
氷野さんの指は細いのに、頭を締め付けるパワーが半端ないなぁ。
その封筒には、最後に主催者の名前が書いてあった。
『ハロウィンパーティー実行委員会代表・天海蓮美』
「おう。天海先輩か。平気、平気。毬萌も俺らが付いてりゃ、前みたくなんねぇだろうし。そう言えば、天海先輩、
氷野さんに首の向きを修正されて、
「その後に、すっごく小さい字で書いてある文章も読んで!」
本当だ。むちゃくちゃ小さい字で、なんか書いてある。
詐欺師の手口みたいだ。
『当日はコスプレがマスト! キュートなのとセクシーなのがよろしくマッスル! このドスケベ! ユーのセックスフレンド、共同代表セッスク・アドバーグ』
すごい、一気に行きたくなくなった!!
「氷野さん、断っちゃダメかい?」
「もう行くって返事したのよ……。そのあとに、その文言に気付いたの」
「……Oh」
地獄の鍛錬遠足の次は、すぐそこでハロウィンが待っていた。
秋って本当に忙しい。
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