第325話 毬萌と花梨と桐島家の食卓

「コウちゃーん! 来たよーっ!!」


 何十回このパターンで始めるのか。

 そんなゴッドの嘆きが聞こえた気がしたが、俺はえてこたえる。


 何十回かで済めば良いね、と。


 毬萌が俺の部屋に突撃してくることなんて日常茶飯事であり、この物語が過分な事に俺の日常に深く根差している事を鑑みれば、これからもこのパターンは消えない。

 何より、俺は幼馴染に対して閉ざす扉を持ち合わせていない。

 ……これも、いつか言ったような既視感きしかんを覚える。


「おう! いやぁ、すげぇ腹減らしといたぞ! いやぁ、楽しみだなぁ、おい!!」


 俺、ご機嫌である。

 毬萌が部屋に来たから? まあ、遠因えんいんはそれである。

 可愛い幼馴染が部屋に来ることにも、それなりの嬉しさはある。

 否定はすまい。


 だが、直接的要因は別なのだ。


「にははっ! コウちゃん、好きだもんねーっ! さつま芋の天ぷらっ!」

「秋って言えば、仕方ねぇよな! 毎年悪ぃなぁ!」

「んーん! うちじゃ食べきれないんだもんっ!」


 毬萌がお裾分けに持って来てくれたのは、さつま芋である。

 神野家の親戚が農業に従事しており、秋のメインとなる作物がさつま芋。

 なんでもそれを大量に送って来るらしく、食べきれないと毎年我が家にも分けてくれる。


 そして、俺はさつま芋が大好物!

 特に天ぷらは特に好き! もう愛していると言っても良い!!


 そんな興奮状態の俺に、更なる幸福が訪れる。

 震えるスマホ。相手を確認して、俺は速やかにボタンをタップ。


「おう。どうした、花梨」

 相手は可愛い後輩からであった。


「えへへ、こんばんはー! 突然ですけど、公平先輩ってサンマ、お好きですか?」

「お好きだよ!! そりゃあもう、お好きだよ!!」

「良かったですー。あのですね、パパが新鮮なサンマを道すがら手に入れたから、先輩にお裾分けしたらって言うんですけど」



 道すがら!? パパ上、今日は一体どこに行ってんの!?



 とは言え、断る理由などあるはずもない。

 何故かって?


 サンマも俺ぁ大好きだからだよ!!


「ちょうど毬萌のヤツも来てんだ。良かったら、花梨も一緒に飯でもどうだ?」

「えー!? ホントですか!? ぜひお呼ばれしたいです! すぐに行きますね!!」

 俺は「道中気を付けてな」と言って、電話を切る。


「花梨ちゃん、来るって?」

「おう! しかも、サンマも来るぞ! いかんな、こいつぁ忙しくなってきた!!」

 俺は、急ぎ台所へ向かい、母さんに問う。


「なあ、うちに大根ってある?」

「なんだい、藪から棒に! 大根なんてないよ!! あるのはキウイだけだよ!!」

「じゃあ、ちょっと買ってきてくれよ。花梨がサンマ持って来てくれんだって!」

「あら、それは嬉しいねぇ!! でも、母さんは忙しいから、無理だよ」



「さつま芋の天ぷらつまみ食いすんのがそんなに忙しいのかよ!?」

「ああ、忙しいねぇ!! こんなに忙しい事が他にあると思うかい!?」



 ダメだ、この母さんばばあ!



「そうだ、母さん良い事思い付いたよ! キウイすりおろしたらどうだい?」

「どうもこうもねぇよ!! サンマにすりおろしたキウイかけるバカがどこにいんだよ!! どっかのシェフはするかもしれんが、うちは一般家庭だ!!」

「なんだい、その口の利き方は! 誰がキウイ買ったと思ってんだい!?」



「俺だよ!! ヨーグルトに入れようと思って買ったのは、俺だよ!!」



 繰り返すが、ダメだ、この母さんばばあ!!


 俺は、「花梨が来たら丁重に迎えろよ」と言い残して、スーパーへ。

 サンマを焼くのに大根おろしがないなんて、耐えられない!!


 そして、速やかに大根を入手した俺は、マッハで帰宅。

 玄関には可愛らしい靴が増えていた。

 いかん、やはり花梨はもう来ていたのか。


「ただいま。母さん、花梨は?」

「あんたの部屋で毬萌ちゃんと一緒だよ」


 まあ、毬萌と一緒なら退屈させずに済んだだろうか。

 急いで階段を上がる。


「んっとね、この漢字辞典はフェイクで、本命は広辞苑のカバーの中なの!」

「なるほどー! 公平先輩も裏をかいてるんですね!」



「ちょまぁぁぁぁぁぁっ!! ちょ、まぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 何してますのん、毬萌はん!!

 その広辞苑の中はアレだから、ナニがアレして、アレだから!!


「ふんっ! せぇぇいっ!!」


 俺は、広辞苑(仮)を本棚からぶっこ抜き、庭に向かって窓から投げ捨てた。

 電光石火の早業であった。


「あーっ! コウちゃん、おかえりーっ!」

「公平先輩、おじゃましてます!」

 君ら、危うくパンドラの箱を開けようとしていたのに、なんだねその笑顔は。

 もうね、可愛いのがちょっと腹立つ。


 そして談笑。

 一時でも早く広辞苑(仮)の事を忘れてもらうために。

 ひたすら俺は面白い話を披露。

 先週の笑点見ててよかった。ありがとう小遊三こゆうざ師匠。



 それからしばらくして、サンマの焼けるいい匂いが部屋まで漂ってくる。

 これは、大根をおろす頃合いか。

「二人とも、台所に行くか! 腹減ってきたろ?」


「うんっ! お腹空いたーっ!!」

「あたしもです! ……でも、食べ過ぎないようにしなくっちゃ!」

 俺は、可愛い幼馴染と可愛い後輩を引き連れ、ドラクエスタイルの行進で、我が家の貧相な食卓にご案内。


「あら、やだよ、この子は! 両手に花じゃないの! ねえ、お父さん!」

「そうだなぁ! でも、母さんも奇麗な花だよ?」

「もう、お父さんったら! エビスビール冷えてるわよ!!」


 毎回思うんだけど、うち、エビスビール常備してるよね?

 金がなくてたまに俺の家庭菜園を荒らすくせにさ。


「はいはい! お嬢さんたちには焼き立てをどうぞ! 熱いから気を付けるんだよ!!」

「わーい! ありがとー、おばさん!!」

「いただきますね、おばさま!」

 レディーファーストは世の常であり、それは我が家とて例外ではない。


「ほれ、二人とも。大根おろし! こいつぁサンマはもちろん、天つゆに入れても美味いからな! さつま芋の天ぷらもレベルアップだぞ!!」

「ありがと! あーむっ! んー! おいひーね!!」

「あ、すみません! はむっ。わぁ! 本当に美味しいです!」

 そして、俺の目の前にも、焼き立てのサンマと温められた天ぷらが。


「かぁーっ! うめぇ! やっぱりサンマって良いよなぁ! 俺ぁ今年初サンマだよ! 花梨、マジでありがとなぁ!! 泣けるほどうめぇ!!」

「えへへ。喜んでもらえて嬉しいです!」


「いやぁ! 今日は食卓が賑やかで良いなぁ! 公平もやるようになったもんだ! それで、どっちがお嫁に来てくれるんだい?」

「ヤメろよ、父さん! 二人とも飯食いに来ただけだから!!」


「……にへへっ」

「お前、毬萌! 照れ笑いしながら、サンマの内臓を俺の皿に載せるなよ!!」

「みゃーっ……。だって、苦いんだもん」


「公平先輩! あたし、サンマを上手に焼ける奥さんを目指します! おばさまみたいな、ステキな奥さんを!!」

「ヤメて! 花梨はそのままで良いんだ! 間違ってもうちの母さんは見習うな!!」

「何言ってんだい! このバカ息子!! 花梨ちゃんは良い子ねぇ! あとで、デザートにキウイ入れたヨーグルトあげるからねぇ!」

「それ、俺の作ったヨーグルトだろ!! てめぇの手柄にしてんじゃないよ!!」



 その後も、色々とツッコミ所は数あれど、秋の味覚を堪能した俺である。

 確かに華やかな食卓だったが、それだけに、二人が帰った後は何とも言えない虚無感に襲われた。


「あんた! この牛乳パック、捨てときなよ!!」

「なんで全部食ってんの!? 俺のカスピ海ヨーグルト!! ちょっと残して増やすんだよ!! ああ、ちくしょう!!」

「なんだい、そっちに古い牛乳があるから、それ使いな! いい感じにドロドロになってるからね!!」



 それは普通に悪くなった牛乳だよ!! 腹壊すわい!!




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