第322話 花梨と怪しげなバイト

「くっくっく。よく来たな、未来の息子よ。息災そくさいであったか?」



 夏休みからこっち、ライトセーバー買ったり、遊び呆けたり、ルームランナー買ったり、遊び呆けたりしていたら、完全に金がなくなった。

 とは言え、金がなくなる度にリトルラビットへ行くのはどうか。


 鬼瓦ファミリーは恐らく歓迎してくれるし、嫌な顔一つせずに働かせてくれると思うが、毎度のようにお邪魔するのは気が引ける。

 そんな悩める俺に手を差し伸べてくれたのは、花梨だった。


「公平先輩、パパがお仕事を手伝って欲しいって言ってるんですけど、もしお暇だったらどうですか?」

「えっ!? 花梨のパパの仕事!? そいつぁ俺にはちょいと荷が重いんじ」

「日給30000円でどうか、なんて言ってましたー」



「やろう!!」



 仕事の内容も聞かずに即答した俺は、約束の日に冴木邸へと訪れていた。

 ……手ぶらで来て良いと言われていたが、何をするのだろうか。

 日給のあまりの高額さに、いささか嫌な予感が頭をよぎる。


 ……接客を伴う夜の仕事か?

 俺に務まるだろうか。


 そんな事を考えながら、パパ上にこんにちは。

 話は冒頭へと戻る。



「ご無沙汰してます。お父さんこそ、お元気そうで何よりっす」

「くくくっ。こやつめ、言いおるわ! 貴様の気遣い、五臓六腑ごぞうろっぷに染みわたる!!」

「なんか、お仕事をさせて頂けるとかで。本当に助かります」

「ワシもちょうど手が欲しかったところよ! 三十万で足りるか?」

「ふぉすっ」



 あまりの衝撃に、鼻水を噴き出した俺である。

 聞いてた額よりゼロが一つ多い!!



 これは、貰って良いものなのか。

 しかし、一日で三十万などと言う法外な額をただのエノキ高校生が受け取って支障はないか。


 ……あるだろう。


 俺の金銭感覚で行くと、そんな額の給料もらった日には、多分、全身の毛穴と言う毛穴から血とよく分からん汁を噴き出して、死んじゃう。

 拒絶反応で死んじゃう。

 俺、十万円より多い額持ち歩くと、死んじゃう。


「お、お父さん。あの、俺ぁ三万って話で来たんですが……」

 苦渋の決断であった。


「くっくっく。よもや、自ら報酬を下げにかかるとは! 相変わらず、天晴あっぱれな男よ! なかなかかぶきよる!! 報酬は減らしても仕事は減らせぬぞ!?」

「ああ、そりゃあもちろんです! と言うか、三万でも貰い過ぎくらいですんで!!」

「良いだろう。では、まずは着替えだ。誰か! 用意しておいた物を持て!!」


 そして俺は執事の皆様に連行されて、お召替めしかえ。

 1分もしたらば、やたらと体にフィットするスーツが俺の装備に早変わり。

 もう、肌触りからして高級品なのが分かっちゃう。

 そこに転がっている俺のパーカー何着分のお値段かしら。


「あ、せんぱーい!! えへへ、スーツ姿、すっごく似合ってますよ!!」

 ここでようやく花梨さん登場。


 そして、何故だか彼女もスーツ姿。

 ちょっとスカートが短かったり、胸もとにスキがあったりする気もするが、これを指摘するとからかわれてアレがナニするパターンなのは把握済み。


「花梨も可愛い……って言うより、大人っぽくて良いな!」

「も、もぉー! 先輩、なんでそんな真っ直ぐな感想言うんですかぁー!!」

 やはりこれが正解だったか。


「ところで、花梨もお父さんの手伝いすんの?」

「はい! 公平先輩が行くんですから、当然くっついて行きます!!」

「俺ぁてっきり、筋肉増強剤の治験とか、そう言うバイトを想像してたんだが」

 なんだか違いそうだわね。

 スーツ着て筋肉増強剤は打たないだろうし。


 ……そうなると、自白剤かな?


「うむ! 二人とも、用意は良いようだな! では、参るぞ!!」

「パパ、せっかく先輩が来てくれたんだから、もっと愛想よくして!!」


「やだぁー! もう、ごめんってば花梨ちゃん! でも、ほら、パパにもキャラ付けって言うのがあるからさぁー! ここだけはホント許してヒヤシンス!!」

「もぉー。ホント、男の人ってそーゆう変なとこに頑固でヤダ!!」

 冴木親子のいつものやり取りを堪能。


「まあまあ、お父さんにも立場上の態度ってもんがあるだろうし、な?」

「あー! 先輩までパパの肩持つんですかぁー!? あ、そうですよね……。そう言えば、先輩も男の人でした!」


 うん。なんだと思っていたのかな?

 エジプトのミイラかい?


「くくくっ。やはり多くを語らずとも、我らは通じ合っておるようだな! ならば、今日も安泰あんたいであろう! 参ろうぞ、未来の息子よ!!」

 出立の空気に水を差してアレなのだが、これだけは聞いておきたい。


「あ、あの、どこに行って、何をするんですか?」

「これはワシとしたことが、うっかりしておったわ! さすがの貴様でも、未来予知はできぬか! くっはっはっは!!」

 何かとんでもなく嫌な予感だけはしてきました。


「今日は、貴様にワシの第二秘書を務めてもらう!」

「ひ、秘書!? お、俺、高校生っすよ!?」

「なに、心配するな。第一秘書の田中がおるゆえ、第二秘書のやる事など、雑事である。が、将来のためにも、現場に慣れておくことも必要であろう!!」


 俺は三万円に釣られて、とんでもないところに来たのではないか。

 あと、将来のためにって何だろう。

 俺の将来、パパ上の脳内ではどうなっちゃってるの!?


「大丈夫ですよ! 田中さん、すっごく仕事できる人ですし! あと、あたしも一緒ですから!!」

「お、おう。そ、そうね」


 このパターンだと、花梨さんが頼りにならないヤツじゃないのか。

 ヘイ、ゴッド。ちょっとだけ教えて? これ、大丈夫なヤツ?

 ……なんで何も言ってくれないのさ!?


「田中ぁ! これがワシの未来の息子、桐島公平だ! 簡単に顔合わせをしておけぃ! 十五分ののち、出るぞ!!」

「はっ。かしこまりました」


 今まで俺たち三人しかいなかったはずの空間に、突如として田中さんが出現。

 一体どこに潜んでいたのか。

 もしかして、忍者かな?


「田中と申します。桐島様のお噂は、お屋形様より常々聞かされております。本日は短い時間ですが、よろしくお願いいたします」

 田中さんは二十代後半くらいだろうか。

 高身長で顔は薄目。しかしイケメン。

 濃厚な花梨パパとの対比で、田中さんの存在感はより薄くなる気がする。


「あ、こいつぁ、ご丁寧に。桐島っす。よろしくお願いし」

「……むっ! お嬢様、危ない!」


 田中さん、ふところから尖った手裏剣みたいなものを取り出し、投げる。

 その先の柱に突き刺さった針の先には、スズメバチが。


「あ、あの、た、田中さん?」

「ご無礼! これは千本せんぼんと言いまして、護身用に便利です。桐島様もどうぞ」



 忍者じゃねぇか!!



「か、かかか、花梨! 花梨さん!! なんか、色々とアレだけど、おかしくね!?」

「え? 何がですか? 田中さんは秘書とボディガードも兼ねてますから、これくらい普通ですよ! あはは、先輩、緊張し過ぎです!!」


 普通じゃねぇよ!! 田中さんが投げたそれ、ナルトでよく見かけるヤツ!!



 忍者だよ!!



「田中ぁ! 最初の予定はどうなっておる?」

「はっ。地元の県議会議員との会食でございます」

「なにぃ!? 未来の息子の前でそんなつまらん予定こなせるか! キャンセルだ!!」

「はっ。それでしたら、先日買収しました熊丸くままるフーズの視察では如何でしょう?」

「ふん。悪くない。よし、出るぞ!!」



 やべぇところに来てしまった。

 すごく家に帰りたい。


 冗談みたいなリムジンに乗って、俺は自分の狭い部屋に思いを馳せる。

 そうか、これが望郷ぼうきょうの念か。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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