第323話 花梨パパとよく分かる降格人事

 熊丸くままるフーズは県内を中心に青果の流通業で一定の地位を獲得している企業である。

 最近では、高級な果物や野菜などに注力しており、業績は悪くない。

 その安定感を評価した冴木グループがこの度、買収したらしい。


 ところで、冴木グループって言うんだ。パパ上の会社。


 だが、買収してみると、思いのほか改善すべき点が多く見受けられ、今日の視察もその一環だとか。

 グループの総帥そうすいが出張って来るとあって、熊丸フーズの本社前には、数十人の社員が待ち構えていた。



「これは冴木様! わざわざのお越し、恐縮でございます!!」

「誰だ、貴様は」


 パパ上。何と言う態度。


「あのですね、パパってば、交渉は相手に隙を見せたら負けだーとか言って、いつも初対面の人にはあんな感じなんですよ。嫌ですよねー」

「なるほど。高度な交渉術の一環だったのか」


 とりあえず、スキを見せたら負けと言う理論を持って帰ろう。

 毬萌はすぐに白旗をあげるだろうし、俺の隣で父親に冷たい目を向けている可愛い後輩も割と簡単に降参しそうである。

 そうとも、俺の周りにはスキの多い女子が二人もいる。


「も、申し遅れました。私、経理部長をしております」

「貴様の名前に興味などない。経理部長、案内をせよ。ここは、どうも食品ロスが多いと報告が上がっておる。工場を見るぞ。田中ぁ!」

「はっ。こちらでございます、お屋形様」


 案内をしろと言った経理部長を置き去りにして、歩いて行ってしまうパパ上。

 そして、思い出したように振り向いて、俺と花梨にウインク。

 これは、アレかい? ギャップ萌えの範疇はんちゅうかい?


 工場では、オートマチックにトマトがカットされていた。

 マジかよ、あのブランド知ってる、近所のスーパーでたまに見るヤツ。

 しかも1パック900円とかするヤツ。そしてとっても甘いヤツ。


 それはそうと、俺は秘書として何をすれば良いのだろう。

 先輩に聞いてみることにする。


「あの、田中さん、よろしいですか?」

「はっ。いかがしましたか?」

「いや、俺、何をしたら良いのかなって」

 指示待ち人間ですみません。


 すると田中さんは、声のトーンを落として、ひっそりと俺に耳打ち。

「お屋形様を見て差し上げて下さい」

「えっ!? あ、ああ! てめぇで出来る事を探せってことっすか?」

「いいえ。桐島様に見られることが、今回の視察の目的でございます。桐島様は、視察をするお屋形様をどうぞ視察して下さい」



 ちょっと何言ってんのか分からねぇな。



「お屋形様も不器用なお方ですので、バイトと言う形にしないと仕事をする姿を見せる口実を思い付かなかったのでしょう」

「……もしかして、俺、参観日の父兄ポジションっすか!?」

「言い得て妙ですね。さすがは桐島様」


 とんでもねぇバイトだよ!

 スーツ姿の花梨とお喋りしながら、パパ上の背中を見つめるだけ!?

 求人広告出したら、2秒で定員が埋まるね!


 それにしても、さっきから、トマトの切れ端が無造作に捨ててあるのが気になって仕方がない。

 0円食堂だったらもう確実にあのセリフを言ってるよ。


「あの、これって捨てちまうんですか?」

「はあ。そうですね。ゴミとして廃棄しておりますが、それが何か? と言うか、賑やかしは静かにしておいてくれます?」

 怪訝そうな経理部長。そりゃそうだ。


「ああ、いや、すんません。もったいねぇなって」

「ふむ。貴様の意見を聞こう」


 しまった。

 イメージで止めときゃいいのに、言っちゃったよ。

 口はわざわいの元。

 経理部長が凄まじく眉間にしわを寄せて俺を見る。

 確かに、ただのギャラリーが差し出口をきいてしまった。


「あの、うちって貧乏なもので。なんつーか、こんなに高価なトマトがあるんなら、捨てるところは極力減らしたいなー、とか思ったりしまして」

「……続けるが良い」


 なにこのプレッシャー。

 ヤダ、時を戻して、ぺこぱの派手な方!!


「俺、ああ、いえ、私はミニトマト育ててた事がありまして。それを寒天に入れてゼリー作ってたものですから、この切れ端とか入れたらさぞかし美味いだろうなぁと」

「……くくくっ。おい、田中ぁ!!」

「はっ」


 俺に手裏剣が刺さるのですか。


「今すぐに、熊丸フーズで廃棄されている、食べられる部分のトマトの量と、それを再利用したスイーツを販売した場合の概算を出せぃ! 5分で足りるな!?」

「はっ。3分で済ませます」


 そしてきっかり3分後。


「お屋形様。このようになりました。年間で二千万ほどの利益が出ます」

「くっくっく! どうやら、我が第二秘書の才能を、ワシも過小評価しておったようだ! 今すぐに、廃棄されているトマトの可食部を使いスイーツを製作するチームを立ち上げよ! そして、経理部長!!」

「は、はひぃ!?」


「貴様はクビだ」


 経理部長の顔色がトマトのように赤くなったかと思えば、一気に白くなる。

 ホワイトアスパラガス、これには親近感。


「貴様は怠慢たいまんにより、会社の利益を損なわせておった! さらに、その事実に気付きもせず!! そして、ワシが何より許せぬのは!!」

「ひ、ひぃいぃいぃっ!?」


「うちの第二秘書を若輩者と甘く見て、聞くべき意見をないがしろにした点だ! 貴様には人の上に立つ資格などない!! このれ者がぁぁぁっ!!」

「がぁああぁっ! ひぃぃぃぃん!!」


 ちょっと、あまりにも気の毒過ぎて見ていられない。

 経理部長にも家族がいるだろうに。

 なんか、俺のせいで一家離散とかになったら本当に申し訳ない。

 怖いけども、もう一度だけ意見具申いけんぐしんするか。怖いけど。


「あの、お父さ……、総帥。いきなりクビはいくらなんでも可哀想なのでは……と、思わなくもないです……あ、やっぱり何でもないです……クビで良いです……」

 尻すぼみもはなはだしいが、これは致し方ない。

 花梨パパの目が、ギンッて開くんだもん。


「くくくっ。その優しさ、経営者としては不必要なものだな。……だが、人としては得難えがたきものよ! 経理部長!!」

「あ、あひ、あひぃぃ」

「貴様は明日から、一般社員に降格だ! 一からやり直せ! 結果を残せば、また再び今の地位に戻れるであろう!! ……ふん、この若い才能に感謝するのだな」


 そして俺は、涙とよだれが溢れ出すかつて経理部長だったおっさんに両手を掴まれる。

 ははは、すっげぇ嫌だ。

「ありがとうございますぅぅぅぅ! ありがとうございますぅぅぅぅぅ!!」


 こうして、よく分からんまま、俺の怪しいバイトは終わった。

 そのまま冗談みたいなリムジンで、冴木邸に帰還。



「先輩、先輩! すっごくカッコ良かったです! あたし、仕事の出来る人の奥さんになれるように、今から色々と勉強しておきますね!!」

「うん。俺ぁ、将来はアレだよ。身の丈に合った仕事をしたいな」


「くくっ、まったく欲のない男よ。さて、今日の報酬を支払わねばな!」

 そして、俺の前に置かれるメモ用紙の束。



 ……違うな。俺の見間違いじゃなかったら、これ、お札だ。



「三百万ほどある。足りぬか?」



 あばばばばばばばばばばばばばば。



 三百万!? うちの親父の年収っていくらだったけか!?

 これが俺の物に!?


 ……無理、無理無理無理。


 酷い息苦しさと動悸どうきまぶたのひきつけと吐き気が同時に襲ってきたもの。

 こんなもの、早く引っ込めてもらわないと俺が死んじゃう。


「お父さん、あの、三万円で結構です。マジで、ホントに、刺激が強すぎます」

 あれ? 俺、泣いてる?

 無意識に泣くほど大金に拒絶反応が出たの!?


「もぉー! パパ! 公平先輩は控えめな人なんだから! 空気読んでよ!!」

「ごっめーん! パパ、ついテンション上がっちゃった! じゃあ、三万円ね! あと、メロンがあるから持って帰ってね! 今日は夕張メロンとマスクメロン、二つ!!」



 俺はもう、考えるのをヤメた。

 ポケットには三万円。両手にはメロン。



 ——うわぁい! 幸せだぁ!!




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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一つ前 花梨とあだ名

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目次 またの名をお品書き

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