第309話 公平なりの愛情 ~ストップ! 食品ロス!!~

「こっちもまだまだありますから! 食べて下さいね、公平せーんぱい!!」

 もう、なんて言うか、花梨の可愛い笑顔がつらい。

 可愛い後輩が可愛すぎてつらい。

 いなり寿司はからい。ちくしょう、日本語って難しいや。

 逃げ場がどんどんなくなっていく。


「はいっ! コウちゃん、おかわりだよっ!」

 そして、わんこそばシステムを採用する毬萌。

 俺の前には、朝ご飯の定番がふんだんに練りこまれたサンドイッチと、3回に1度口の中が死ぬいなり寿司が並ぶ。


 そして俺は論理的に考えた。

 花梨のいなり寿司は、それほど危険ではないのではないか。

 3回に1度死ぬという事は、3回に2度助かるという事。

 ここで「死ぬ確率高い!」と言うのは、もぐりである。

 花梨の手料理で3回に2回助かるなんて、破格の条件じゃないか。


「じゃあ、次は花梨の方をもらおうかな。……これ、いや、こっちを」

 ちなみに、こうやって箸をウロウロさせるのを迷い箸と言い、かしこまった場ではマナー違反になる。

 ぜひとも、「お嬢さんを僕に下さい」と言いに行く人などには啓発しておきたい。


「いただきます。……おう、意外と普通に食べすっぺぇ!!」

 なにこれ、口の中が超すっぱい。

 どうしたの、えっ、初恋!?

 バカ野郎。どう考えてもお酢の過剰投与が疑われる事案である。


「うん。冴木花梨、こっちのヤツは酸味が強くて良いわね! 毬萌のサンドイッチも美味しいし、あんたたち、良いお嫁さんになるわよ!!」



 氷野さんメシマズサイド、ちょっと黙って。



 クッキー作ろうって話になればフリスクを練りこみ、月見団子を作ろうって話になれば粉末にしたフリスクを混ぜ込む、食の世界でも死神の氷野さん。

 そんな君が料理を語っちゃいかん。

 海原雄山先生がこの現場に通りかかったら卒倒するよ。


 とりあえず、目下の問題は、お腹を空かせた天使たち。

 毬萌のサンドイッチは普通に不味い。

 花梨のいなり寿司はくそ辛いか、くそ酸っぱいかの二択。

 絶対に食べさせられない。


 そんな時、スマホが震えた。

 俺の物ではない。鬼瓦くんのスマホが震えた。

 先ほどまでマッサージ器当てられたファービーみたいになっていたのに、しっかりとした声で電話に出る鬼瓦くん。

 鬼神超回復。


「おう。鬼瓦くん、どうかしたのか?」

「はい。うちの両親が、差し入れにと料理を作って来たらしいのですが、こちらに持って来ても良いでしょうか? 差し出がましいようならヤメますが」

「ヤメんとって!! ぜひ頂戴ちょうだいしよう!!」

 即答せざるを得ない。むしろ即答以外の何をすると言うのか。


「それでは、ちょっと受け取って来ます」

「あ、武三さん、わ、私も、行く!」

 鬼瓦夫妻が出動した。

 ならば、あとは時間稼ぎ。俺の出番だ。


「心菜と美空ちゃんも、遠慮しないで食べて良いのよ?」

 氷野さん、待って!

 愛する妹とその親友にそんなもの食わせちゃいかん!!


「お、おう! そうだ、貰ったウーロン茶があるんだ! 二人とも、まずは飲み物でもどうだい? ほら、口ん中乾いてたら、食いにくいし!!」

「はわわ、兄さまが言うならそうするです!」

「ほんまに公平兄さんって気配り上手やわ! 憧れます!」

 我ながら、機転の利いた良い判断だったと自賛、いやさ大絶賛。


 そしてタラタラとウーロン茶をコップに注いでいると、鬼瓦くんが帰還。

 どうやら、ダッシュで行ってくれた模様。

 僕と鬼神は以心伝心。二人の距離つなぐテレパシー。


「すみません。両親が張り切ってしまい、かなりの量があります。肉団子と唐揚げにお赤飯なのですが、皆さんよろしければ」

 普通にお赤飯がメンバーに居るけど、俺はつっこまんぞ。


「わぁーっ! まだ温かいよーっ!! ……ううーっ」

「なんだ、見てたら食いたくなっちまつたのか? 良いぞ、あっちを食べて」

「えーっ? でも、サンドイッチが……」



 俺の男気、発動のお時間。



 上手い運動の方法は知らなくったって、大事な人の表情を曇らせないために出来ることは知っている。

 俺の胃腸は割と丈夫に出来ている。

 そのはずだ。そうであってくれ。


「あー。なんだ、アレだよ。毬萌と花梨の作ってくれた飯は、俺が貰っても良いか? 独り占めしてぇんだよ。子供みたいな事言って悪ぃけど」


「え!? でも、先輩、結構な量がありますよ?」

「平気、平気! 実は俺、むちゃくちゃ腹が減ってんだよ!!」

「にははーっ! さてはコウちゃん、わたしと花梨ちゃんの愛情を独占したいんだねっ!? 欲張り屋さんだなぁー、もうっ!!」


 ああ、ちくしょう。

 嬉しそうな顔をしやがってからに。

 退路がどんどん減っていく。


「……まあ、そうとってもらっても構わん。二人も、自分で作った飯より、温かいヤツの方が良いんじゃねぇか?」

「んー。そう言われると、鬼瓦くんのご両親の作ったお料理に興味はありますねー」

「うんっ! 実はすっごくいい匂いを我慢してたのだ! ……じゅるり」

「そんなら、二人は、鬼瓦くんの弁当をやっつける手助けしてやってくれ。心菜ちゃんと美空ちゃんもそっちを食べてごらん? 美味しいぞー」


 中二コンビもホカホカの唐揚げに心を奪われていた模様。

「はいです! 心菜、唐揚げが食べたいのですー!」

「わ、私が! よそってあげる、ね!」

「真奈姉さん、おおきに! 鬼の兄貴のお嫁さんみたいです!!」

「え、あ、う、嬉しい、な! はい、二人とも、熱いから、き、気を付けて、ね!」


 どうやら収まるところに収まってくれたようで、一安心。

 あとは、俺がこのサンドイッチといなり寿司を完食すれば万事オーケイ。


「……うぐっ。……まずい。……くぅぅっ! ……からいっ!!」


 そんな孤独な闘いを続ける俺に、救世主が。


「あんた、ちょっといい恰好し過ぎよ。……ほら、少し分けなさいよ。あの子たちに見えないように食べるの手伝ってあげるから」

「ひ、氷野さん! マジで助かる!!」

「はいはい。じゃ、サンドイッチから片づけるわよ。んー。この独特の風味、美味しいわね! やっぱり毬萌は何をやらせても天才的だわ!!」



 今回ばかりは味覚音痴の氷野さんが頼もしい!!



 俺も負けてはいられない。

「……からい。……すっぺぇ! ……すっぺぇ!! ……からい!!!」

 花梨のいなり寿司、見た目はかなり良いのに、それだけに中身が勿体ない。

 普段からシェフの料理を食べているせいで、自炊の機会がないのだろう。

 これは、後日花梨パパに相談すべきかもしれない。



「ふうーっ! 美味しかったねーっ! みんな、しっかり食べられたかなっ!?」

「……食べ過ぎちゃいました。ああ、あたしのバカ! もぉー! 鬼瓦くんのせいですからね!! 鬼瓦くんのバカ!!」

「ええ……。ひどいなぁ、冴木さん」


「とっても美味しかったのです! ごちそうさまなのです!!」

「ほんまに美味しかったです! 唐揚げ、サックサクでした!!」

「よ、良かった、ね! きっと、おじ様と、おば様も、喜んでる、よ!」


「……あんた。なんか顔色悪いけど、平気? 今にも死にそうなんだけど」

「お、おう。平気、全然平気。ぐふぅ……」



 俺は、自分のロッカーにかの妙薬を常備していた事実に感謝した。

 今日もよろしく頼む、第一三共胃腸薬プラスエリクサー!!



 場面が変わったら、きっと俺は完全回復している。

 そうあって欲しいと、今はただ願うのだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


角川スニーカー文庫公式、毎日更新、『幼スキ』特別SS


最新話 花梨と信じられないもの

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一つ前 毬萌と漢字

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