第310話 綱引きの準備と教頭許すまじ
「おう。つまり、自由参加の教職員対生徒の綱引きに人が集まっていないと?」
多めの水で
めちゃくちゃ苦しんでる姿を予想したのに、当てが外れた?
俺の数少ないストロングポイントだぞ、胃腸の丈夫さは!!
ゴッドはもっと俺に優しくするべきだと思うのだ。
「このままじゃ、競技として成立しないのよ」
困り顔の氷野さん。
「良いじゃないか! 綱引きなんてやらなくても!! あんなもん引いたって一銭の得にもならん訳だし!!」
「なんですごく嬉しそうなのよ! あんた、仮にも副会長でしょう!?」
「あっはっは! 綱引きの綱、この世から全部なくなれば良いんだ!!」
「今の言葉、心菜に聞かせてやろうかしら」
「それで、何人必要なんだい? 言ってごらんよ、氷野さん!!」
変わり身が早い?
違うね。これは心変わりじゃない。
心菜ちゃんの名前を聞いただけで、心が浄化されたのだよ。
「30人よ」
「おう! そりゃあ無理だ!!」
いくら心が浄化されても、出来ないことを出来るとうそぶくのはいかん。
みんな腹いっぱいなのに、わざわざエキシビジョンマッチ的な、赤組白組に関係のない綱引きに、あと30分で30人!?
無理だ、無理だね。
1分で一人ゲットしないとダメな計算じゃないか。
ああ、ほら、残り29分になっちゃった。
「話は聞かせてもらったよ? 桐島くん。なんだね、伝統ある教職員との綱引きが、今年は中止になりそうなんだってねぇ?」
食後に脂ものはご勘弁頂きたい。
テッカテカに脂の乗った中年、教頭登場。
彼は続ける。
「いやぁ、やっぱり今年の生徒会はねぇ、ちょっと良くないねぇ。実行委員もどうかと思うけど、やっぱり、長たる生徒会の体たらくが原因じゃないかねぇ」
そして、言いたい事だけ言って去って行く教頭。
俺は精神年齢が高いゆえ? そんな挑発に乗るような男ではないけど?
でもまあ、思春期の男子高校生らしく?
ムカつく大人に牙を剥くのもたまには良いかなと思ったりもするし?
ちくしょう!! あのくそデブ野郎! 綱ごと引きずり倒しちゃる!!
「俺ぁ生徒会の方で色々と当たってみるから、氷野さんは実行委員会中心で頼む!」
「え!? あ、はい。……あんた、教頭のこと本当に嫌いなのね」
「おう! とっても!!」
「つーわけで、30人の屈強な生徒が必要になった! くそデブ……もとい、教頭に舐められるのは我慢ならん! 絶対に集めて、ヤツらをボコろう!!」
「おおーっ! コウちゃんが燃えてるーっ!」
「怒った先輩って結構レアですよね! 写真撮っておきます!!」
「とは言え、方法が問題だな。とりあえず、目に付いた生徒を捕まえるか……。しかし、そんな上手くいかねぇか……。おう?」
「ねね、君、一年生かな? 綱引きに出てくれないかなぁーっ!?」
「は、はい! 自分で良ければ出ます!」
「あ、すみません! よろしけれぱ、このあとの綱引きに出て下さいませんか?」
「え!? オレのこと!? 可愛い書記ちゃんに言われたら仕方ないなぁ!!」
おい、意外と簡単じゃないか。
しからば俺も。
「なあ、君、綱引きとかに興味ないかい!?」
「いや、ないっす」
一人目で上手くいくとは思っちゃいないさ。
「おう、そこのみんな、綱引きに出てくれやしねぇか? 男子でも女子でも、大歓迎だ!!」
「あ、大丈夫でーす」
「ウチも、間に合ってます」
「ごめんなさい」
ちょっとアレだね。心がモキョっとしたね。
「ヒュー! 公平ちゃん、困りごとかい? オレっちの両手は、今なら美女を抱きしめる余裕があるぜぇー? ヒュー!!」
「桐島。なにかあったんなら、手を貸すぞ?」
高橋と茂木の優しさに感涙。
やっぱり友達ってステキ。
ステキを通り越していっそセクシーだね。
それからさらに20分。
氷野さんと合流。俺たちは12人メンツを集めて来た。
「こっちはあまり
「合計で22人か。俺たちが全員参加するとして、27人……むう……」
「あの、わ、私も、出ます! 武三さん、困ってる、から!」
「ゔぁあぁぁっ! 真奈さん、ありがとう! でも、無理はしちゃいけないよ? 君の白い手は繊細なんだから、怪我をしては」
「へ、平気、だよ! 武三さんの、ためなら、私、やれる!」
鬼の嫁の献身を見る。
軍手があるよって言い出しにくいったらねぇや!!
「そもそも、教職員チームは30人って、多くねぇか?」
「なんかねー、保護者会の人とか、学園長の知り合いの来賓の人とかも出るらしいよーっ! 伝統行事だからって、さっき教頭先生が言ってたーっ!」
あのデブ野郎、俺には嫌味言って、陰で毬萌に接触してやがる!!
修学旅行でちょっと分かり合えた気がしていたけども、あれは気のせいだ!
劇場版のドラえもんでジャイアンが良いヤツに見える、アレだ!!
借り物競争で、もっと髪の毛むしり取られたら良かったのに!!
「去年はどうしたんすか? なんだか、お話聞いてると、あんまり積極的に参加したくなるイベントじゃなさそうですけどー」
「おう。去年はな、生徒会が強制的に各クラスから代表者を選抜して、徴集したんだよ」
「えー!? 強制的なんですか!?」
花梨が驚くのも無理はないが、去年の生徒会はそういうところだったのだ。
「おう。そんで、今年は自由に有志が集まってくれりゃ……なんて思ってたら、この
と、お手上げの状態を嘆いていたところ、爽やかな風が吹いた。
「お困りのようですね。桐島くん」
「土井先輩! ああ、すんません! 今の話は、別に批判とか、そういうアレじゃなかったんですよ!! いや、陰口叩いたみてぇになっちまって、申し訳ないっす!!」
非礼を詫びる俺に、土井先輩は首を振る。
「個人の主義主張は尊重されるべきです。また、貴重な意見は口に出して討議するのが正しい在り方です。お気になさらず」
相も変わらずの柔らかい鉄仮面。
その論理には、一本の柔軟な芯が通っており、聞く者をハッとさせる。
そんな土井先輩が、申し訳なさそうに俺に耳打ちをした。
「すみません。わたくしの力が及ばず、少々面倒なことになってしまいました」
「おう? なんのことでしょうか?」
「すぐに分かります。こうなってしまったからには、わたくしも精一杯のサポートとフォローを務めますゆえ、桐島くんも大事な人を守って下さいませ」
そして本当に理由はすぐに分かった。
「あと2人は、私と土井くんで埋めよう! ちょうど腹ごなしをしたかったのだよ!!」
天海先輩、来ちゃった。
「申し訳ございません。どうか、天海の意思を尊重して下さいませんか? 彼女も、善意で申しておりますので、わたくしとしても強く止められず……」
土井先輩がいつになく困った顔をしている。
ならば、俺がどうにかしなければ。
このお方にはこれまで散々助けてもらって来たのだ。
天海先輩に悪意のない事だってとうに分かっている。
誰も悪くないのに、そこに被害が発生するなんて、おかしいじゃないか。
そうして、俺も予想しなかった歴史的瞬間が、すぐそこまで迫る。
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