第308話 地獄の手作り弁当

 やたらと濃密な午前中の競技が終了した。

 つまり、体育祭も半分の日程が消化されたことになる。

 もう既に俺はお腹いっぱいである。


 アレだったら、いますぐ大雨が降ってくれても構わない。

 それなのに、秋の空はどこまでも高く、雲もまばらな快晴とな。


 少し空気が読めていないのではないか、天気よ。

 カラオケで初っ端にマイナーな洋楽を入れる人くらい空気が読めていない。

 どうすれば良いの?

 とりあえず手拍子するけど、その次に俺は何を歌えば良いの?


「コウちゃーん! ご飯食べよーっ!!」

「おう。そうだな」


 不毛なイメージトレーニングの海から、毬萌によって釣り上げられた俺。

 腹が減っては戦ができぬ。

 なるほど。実に合理的な考え方である。


 体育祭とは言え、昼休みは平常時と何ら変わりない。

 つまり、どっかで適当に何か食って時間までに戻ってくれば良し。

 自由な校風ってステキ。いっそセクシーだね。


「みんなで食べよっ! 花梨ちゃんと、手分けして集合をかけているのだ!!」

「おう。そりゃあ良い! やっぱり飯は大勢で食うに限るな!」

「あ、いたーっ! おーい、武三くん! 真奈ちゃんっ!!」

 なるほど、毬萌の担当は鬼瓦夫妻だったか。

 おっと、いかんいかん。

 すっかり横着をする癖がついている。


 鬼瓦くんと勅使河原さん。未来の夫婦。約束されたカップル。

「ぜひご一緒させてください! 真奈さんもそれで良いかな?」

 返事をしたのち事後承諾を求める辺り、もはや夫婦感が半端ない。

 相手の事を深く知っていないとできない芸当。

 鬼神ばっちり。


「あ、ま、毬萌、先輩。お昼、どう、されるんです、か?」

「にへへっ、実はね! あっ、これは内緒なのだ! とりあえず、外は暑いから生徒会室に行こっか!」


 この時感じた、ほんの少しの嫌な予感。

 俺の中にある危機管理センターが、せっかく警報を出してくれたと言うのに。

 どうして俺は見逃してしまったのだろう。

 悔やんでも悔やみきれない。


 ねえ? 第一三共胃腸薬プラスエリクサー?



「あー! 先輩方、遅いですよー! もう、こっちは準備万端です!!」

「にははーっ、ごめんね! こっちはコウちゃんがいたからさっ!」

「そうでした! じゃあ仕方ないですね!」



 ナチュラルに足手まとい認定をするな。



「兄さまたちのお仕事の部屋、久しぶりなのですー!!」

 目を輝かせながら生徒会室に興奮する心菜ちゃん。

 可愛い。うん。可愛い。


「ウチは初めてやで! 心菜ちゃん何回目なん?」

「えと、えと、3回くらいなのです! むふーっ」

「ええー、ズルいわー! そんならウチは、4回を目指すで!」

「美空ちゃん、そう言うの、抜け駆けって言うのです! ダメなのです!!」


 心菜ちゃんと美空ちゃんのやり取りを眺めているだけで、何だか満たされるね。

 お腹が? いいや、違うよ。

 心が、ね。分からない? バカだなぁ、ヘイ、ゴッド。


「椅子持ってきたわよ! これで全員座れるわね! ……なんで泣いてるの、あんた」

「え? いや、なんかね、俺、今日頑張ってきて良かったなって……」

「なんか普通にキモいわね。さあ、勅使河原真奈、座りなさいよ! 心菜と美空ちゃんはソファーの方が良いわね! 鬼瓦武三はこっち。あんたデカいんだから!」


 氷野さんの万事手回しの良さで、俺たちは綺麗にテーブルを囲んだ。

 少しばかりテーブルが手狭ではあるが、まあ問題ないだろう。


「んで、毬萌と花梨が飯買って来てくれたんだろ? いくらだった?」

 とりあえず、ここは最年長の男である俺が立て替えておいて、後でみんなから徴収するのがベター。

 心菜ちゃんと美空ちゃんは当然免除。

 天使割引適応である。


 が、問題発生。

 しかも、非常に重大な問題である。



「にへへーっ、実はね! 今日はわたしと花梨ちゃんでお弁当を作ったのだ!」



 その時、生徒会室に電流走る。

 事情を察知したのは、俺と鬼瓦くんと勅使河原さん。

 心菜ちゃんと美空ちゃんはこの危機について詳しくないし、氷野さんは料理に関しては向こう側の住人である。


「お、お前、今日は俺が迎えに行った時、珍しく起きてやがると思ったけども……!!」

「にへへっ、バレないようにするの、大変だったんだよぉー」

「そうですよ! こういうのって、サプライズの方が嬉しいと思いまして!」


「き、きき、桐島せんばぁぁい! どう、どうじばじょうが!?」

「落ち着け、鬼瓦くん。恐怖は人を誤った方向へといざなうものだ」

「つまり、先輩には何かお考えが!?」

「ううん。ないよ? 何かの奇跡で、食べられる品が出てきたら良いなって!!」

「絶望的なことを明るく言わないで下さい!!」


「さあ、皆さんで召し上がって下さい! こっちはいなり寿司です!」

「こっちはサンドイッチだよー! おかずまでは作れなくてさーっ!」


 僥倖ぎょうこうであった。

 用意された品はたったの2つ。

 しかも、実に簡単な調理工程で作ることのできるもの。

 これならば、いくら二人がメシマズだって、そうそう事故らないだろう。


「で、では、僕が最初に。いなり寿司を頂きます」

「えー? 鬼瓦くんですかぁー? 最初は公平先輩が良かったですー!」

「い、いやぁ、僕、お腹が空いちゃって」

「もぉー。仕方のない人ですね。じゃあ、どうぞ!」


 鬼瓦くんは、俺に目配せ。

 彼はいつも前衛で戦ってくれる。

 なんて頼りになる鬼だろう。

 鬼神フルアーマー。


 そして、鬼瓦くんの傍らには、彼の手をギュッと握る勅使河原さん。

 まるで大手術に挑む夫を案じる奥さんである。


「いただきます……。あ、意外と普通にゔぁあぁあぁあぁぁぁあぁっ」



 ちくしょう! 鬼瓦くんがやられた! 分かっていた、分かっていたのに!!



「あ! それ当たりです!! 3つに1つ、大量のワサビを入れておいたんです!!」

「なんで!? しかも当たり判定が広い!!」

「だって、みんなで食べるご飯なので、遊び心があった方が良いじゃないですか!」



 その遊び心で鬼が死んだよ。



 一体、どれだけの量のワサビを仕込んだのか。

 鬼瓦くんは、現在痙攣しながら「ブルスコファー」って言ってる。


「あら、このワサビの辛さ、良い感じね! やるじゃない、冴木花梨!」

 氷野さんメシマズサイド、ちょっと黙って。


「コウちゃん、コウちゃん! はい、サンドイッチ!!」

「ん? あ、ああ」

 そうか。

 もう毒見をする人員が足りていないのか。


 まさか、勅使河原さんに地獄へ行けと言う訳にもいかず、俺は決意する。

「……それじゃ、頂くとするか。……逝ってきます」


 サンドイッチを大きく一口で頬張った。

 ……衝撃に身構えていたが、その必要はなかったようである。

 代わりに、率直な感想が湧いてきた。


「毬萌よ。これ、中に何入れてんの? 納豆とマヨネーズは分かった」

「おおーっ! コウちゃん、すごい! あとはね、たくあんと昆布と! それから隠し味にビスケットを砕いたのだ!! ……おいしかった?」



 贔屓目ひいきめ抜きに可愛い顔で感想を聞いてくる毬萌。

 柴犬の尻尾の代わりにぴょこぴょこ動くアホ毛。

 さて、どうしたものか。



 味? 普通に不味かったよ。

 決まっているじゃないか、ヘイ、ゴッド。

 逆に美味しかったら、それもう事件だよ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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最新話 毬萌と漢字

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一つ前 花梨と星の数

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