第306話 実況・公平と解説・セッスクくん

 急な展開であった。


「桐島先輩! 今、少しよろしいでしょうか?」

 実況席で奮闘していた松井さんが、俺の席へとやって来た。

 もちろん彼女を拒む理由を俺は持ち合わせていない。


「おう。どうした? とりあえず、麦茶でもお飲みなさいな」

 凍っていた麦茶が溶けてきて、ちょうど良い塩梅あんばいになっているから。

「あ、これは恐縮です。はぁ、美味しいです」

「そうだろう、そうだろう。やっぱり暑い日は冷えた麦茶だよね」


 松井さんは、麦茶のお礼を丁寧に述べて、俺に本題を切り出した。

「あの、先輩にお願いしたいことがあるんですけど……」

「おう。俺で力になれると良いが」

 お金なら、五百円玉がポケットに入っている。

 これで足りるかな。


「次の競技が、女子のダンスなんです」

「ほほう。おう、ホントだ。さぞかし華やかなんだろうなぁ」

「はい。女子は体育の時間にみんなで練習していたので、きっとステキな演技をお見せできるかと思います!」

「おお、そいつぁ楽しみだな」

「あの、楽しみにして頂いているところ恐縮なのですが、そのダンスの時間、先輩にはやってもらいたい事がありまして……」


 二つ返事でオーケイした俺であった。



『あー。えー。どうも、ダンスの時間は女子がいなくなるってんで、臨時の実況を仰せつかりました。副会長の桐島です』

 女子のダンスに実況放送で彩を添えてくれ。

 松井さんはそう俺に依頼してきた。


 普段から式やら何やらの司会をすることも多いので、松井さんも俺を頼ってくれたのであろう。

 その点については文句はないし、むしろありがたい人選だとすら思う。

 それだけ、俺の能力が実況に足ると信頼をしてくれた訳なのだから。

 ただ、一つだけ。

 ほんの一つだけ、はなはだしく文句が言いたい。



『どうもデース! みんなのフレンド、特別解説を任されマッスル! 姓はセッ、名はクス! お馴染みのワタシは、セックスです!!』



 なんでセッスクくんと一緒にやらされてんの?



『ヤメなさいよ。君、マイク使って言う事じゃないだろ? この放送、近所の民家にも届いてんだぞ。事前に騒がしくてすみませんって菓子折り配ってんだから!』

『オーウ! コウスケ、さすがの気配りネ! だったら、思う存分シャウトするのがイエスね! どうも、セックスです!!』

『ヤメろ! サブレーひと箱じゃ、お前の猥褻わいせつトークのお許しに足りねぇの!!』

『ガールのダンス見るからって、もう固くなってるネ、コウスケ! このドスケベ!!』


 落ち着こう。俺。

 マイクを通してこのセッスクくんと言い合いをしたって無為な事だ。

 失われるのは喉の潤いと俺の実直なイメージ。

 与えられた仕事を全うするのが最善手。


『えー。米津玄師の曲をチョイスとのことで、この曲、俺も大好きです。踊るのにもちょうど良いテンポと言うか、選曲者のセンスの良さが光りますね』

『ワタシも大好きデスよ! ピーマン!!』

『バカ野郎! パプリカだよ!!』


 ああ、いかん。

 またしてもセッスクくんのペースにはめられている。

 クールになるのだ。

 魔法使いは誰よりもクールでいろってマトリフ師匠も言ってた。


『先頭で踊っているのが、うちの生徒会の女子です。なんつーか、手前みそになりますけど、なかなか上手いですね。と言うか、全体的に実に統率が取れています』

『練習の成果を出せてるますです! これにはコウスケもうっとりネ!』

『そうですね、思わず見惚れてしまいますね』

『体操服でジャンプするガールに見惚れるコウスケ、ドン引きするドスケベね!!』

『タイミング!! たまたまそのタイミングだっただけだろ!?』


 ちくしょう、毬萌と花梨がくすくす笑っていやがる。

 あいつら、他人事だと思ってからに。


『コウスケ、ちなみにイギリスでは、体育祭の定番メニューに、サックレースって言うのがあるデース』

『おう。珍しく建設的なことを言うな。で、何それ』

『大きな袋に入ってジャンプしながらゴールを目指すレースね! もう、ガールがバインバインよ! コウスケの大好きなジャンルデース!』

『ヤメろよ! 今知った競技だよ!!』


 ダンスの方はクラスマックス。

 左端から順にウェーブが起きている。

 一糸乱れぬその様子は圧巻の一言。

 この場面に無粋な実況など必要ないだろう。


『大波、コナミ! ぽよよん、バインバイン!』

『そこは、どんぶらこにしとけ! つーか、良いところなんだから少し黙ってろ!!』

『オーウ。コウスケ、ワタシの倍喋ってそれはナッシングね』

『お前のせいだよ!!』


 そして女子のダンスは終了した。

 全員が引き上げてくる。

 これにて俺の役割も終わり。

 まったく、地獄のような時間だった。


『ガールたち、汗が光ってムレムレしてるネ!!』

『キラキラな! そりゃあ多少は蒸れるかもしれんけども!!』

『コウスケ、想像力が豊かなのはグッドね! でも、口に出したらノーよ! シンキングしてるうちはまだしも、口に出したら戦争デース!!』

『うるせぇ! もうお前はあっち行け! えー。これにて、女子のダンスは終幕でございます。……なんつーか、本当に申し訳ありませんでした』

『元気出すネ、コウスケ! スタンドアップ! オーウ、そっちは立てちゃノーよ!』

『お前のために謝ってんだよ!!』



 もうぜってぇ学食でうどんの食い方教えてやんねぇからな!!



 ひとつ競技を終えたように疲労感を覚えながら、俺は自分の席へ。

 毬萌と花梨が引き上げてきたのとタイミングが重なった。


「にははーっ! コウちゃん、大活躍だったねーっ!」

「ぷっ、ふふっ、あ、ごめんなさい! 先輩、セッスク先輩と仲良しですね!」

「お前ら、分かってて言ってるな?」


「でもでも、実況席からだとコウちゃんがハッキリ見えたから、頑張って踊れたよーっ! これはホントだもん!!」

「そうですね! ちゃんと公平先輩がこっち見てくれてたの、分かりましたよ!」

「おう。そうか。そりゃあ良かった。俺も、贔屓しちゃいけねぇとは思いつつ、どうしても二人をメインで見ちまってたよ。お疲れさん」


 すると二人は顔を見合わせて、にやりと笑みを浮かべる。


「コウちゃん、わたしたちがジャンプするとき、じーっと見てたよね!」

「はい! あたしも視線を感じてました! 特に中盤の大きなジャンプの時!」

「ち、違ぇよ!! ありゃ、セッスクくんが変な事言うから、たまたま!!」


「オーウ、コウスケ! イギリスでは、自分のスケベを人のせいにする法律はナッシングデースよ? まったく、コウスケはキングオブ・ドスケベジャパニーズね!」

「てめぇ、どこから湧いて来やがった!? もうイギリスに帰れ!!」

「オーウ! お正月には帰りますぞなもし!」



「そう言う話じゃねぇんだよ!! ホントにお前にゃ嫌味が通じねぇのな!!」



 もう絶対に実況なんかしない。




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