第305話 乙女と尻と風船と花梨さん

「ゔぁあぁあぁぁぁあぁあぁぁっ!!」


 ケツ圧競争は、200メートル間に6つの椅子があり、その上に固定された割と頑丈な風船を尻で割って走ると言う、難儀な競技である。

 風船の強度の良し悪しに詳しくない俺であるが、男子の参加者が軒並み苦戦しているところを見ると、どうやらそれなりの防御力を持っている模様。


「ゔぁあぁぁぁぁぁあぁあぁぁあぁっ!!」


『今、白組の鬼瓦くん、圧倒的な大差でゴールイン! 他の選手が軒並み2つ目の風船を割っている中、余裕の完走です! さすがは鬼の血を引く男子!!』


 とりあえず、うちの鬼瓦くんが相手じゃ、風船も気の毒である。

 せめてあの、トゲトゲした鉄球。

 モーニングスターって言うの?

 アレの先端部分くらい置いとかないと。

 それくらいが丁度良いハンデだと思う。


 あと、鬼瓦くん、いよいよ鬼の血を引いてるってのが学園で公式設定になりつつあるな。

 まあ、良いか。

 イケメンの鬼だから。

 これで顔が般若はんにゃみたいだったらいじめだけど、鬼瓦くんの場合は誉め言葉として使われているのだから、それで良いのだ。



 そして、男子の競技が終わった。

 え? 描写? そんなの必要かな?

 野郎が額に汗して尻で風船割る競技だよ?

 案外需要があるかも? ちょっと何言ってるか分からないな、ヘイ、ゴッド。



『さあ! それでは続きまして、女子のケツ圧競争が始まります!! 乙女のお尻で風船を割るのは大変! よって、女子は二人一組の協力戦です!!』


 競技スタートを知らせる松井さん。

 そして、順序良く女子たちがあの手この手で風船と戦い始める。


「おー。なんつーか、みんな色々と考えてやってんだなー」

 例えば、手前のコンビは片方が風船を押さえて、もう片方が勢いよく尻を椅子にダイブさせて割る、ヒップアタック戦法。

 かと思えば、その隣では、風船を二人で胸に挟んで、圧縮して破裂させる、サンドイッチ戦法。

 ふむふむと頷きながら、レモンの蜂蜜漬けをパクリ。


「あーっ! コウちゃん、女子をエッチな目で見てるーっ!!」

「見とらんわい!! 言い掛かりはヤメろ!!」

「でもさ、コウちゃん、たまにわたしとか、花梨ちゃんとかをいやらしい目で見てるよねーっ?」


 俺が無差別に女子を目で追うけだもの扱いされるのははなはだ不服である。

 ここは、しっかりと明言しておくべきか。


「言っとくけどな、毬萌。俺がいやらしい目で見る女子は、お前たちだけだぜ?」

「みゃっ!? も、もうっ! コウちゃんってばぁー! 照れるじゃん!!」



「あんたたち、何言ってんのよ……」



 氷野さんのツッコミにいつもの覇気がない。

 覇王色の覇気はどこにやったんだ。


「コウちゃん、マルちゃん! 次、花梨ちゃんと真奈ちゃんの番だよっ!」

「ひ、ひぃぃっ!?」

 氷野さん、大型犬に絡まれたポメラニアンみたいになる。


「よし、ひとつ応戦すっか! 頑張れよー! 花梨、勅使河原さーん!!」

「行け行けーっ!! 目指せ一等賞だよーっ!!」

「ほれ、氷野さんもここはひとつ、景気づけに!」

「え、ええ。そうね。さ、冴木花梨ー。勅使河原真奈ー。が、頑張ってぇー」

 どうも氷野さん、湿気った線香花火のようである。

 火がなかなか付かない。


「おっ、最初の風船だな。どうすんのかね、二人は」

「んー。どうだろ? あっ、真奈ちゃんがまずお尻で潰すみたいだよっ!!」

「おう。あらら、風船が上手いこと避けて落ちちまった」

「なかなか難しいんだよねー」

「ん? 毬萌、やったことあんの?」

「うんっ! 実行委員で試走したんだよっ! わたしもやったー!!」


 毬萌は小柄であるからして、苦戦したのではなかろうか。

 そう聞くと、彼女は首を横に振り、事も無げに答える。


「んっとね、大事なのは、お尻の角度とどの方向に力を加えるかだねっ!!」

 そして毬萌のお尻力学講座が始まった。

 理論はサッパリ分からんかったが、とりあえず賢いヤツは容易にクリアできるらしい。


「勅使河原さんじゃ無理みてぇだな。でも、花梨はなかなか代わってやらねぇな」

「きっと、花梨ちゃんも色々と計算してるんだよっ!」

「そうか? パッと見ると、すげぇ嫌がってるように見えるけど」


 数回に渡る押し問答の末、花梨が渋々攻守交替をする模様。

 才女らしく、何か俺には想像すらできない作戦を思い付いたのか。


「おう。見たところ、普通に風船の上に座るみてぇだぞ」

「だねーっ。あれじゃ、なかなか割れないと思うけどー」



 バァン!!



「……むっちゃくちゃ普通に割れたぞ。景気よく」

「に、にははーっ。あれは、なんて言うか、えっとね、コウちゃんは知らなくても良い原理だよっ!」

 毬萌がそう言うのなら、俺は何も知ろうとはしないさ。

 だって、その言い方だと知ったら大概ひどい目に遭うヤツじゃないか。



 バァン!!



「ひぃぃぃっ!?」

「氷野さんらしくもない。どうしたんだ?」

「さ、冴木花梨が、風船割る度に、こっち見て笑うのよ!!」

「おう。そうか?」



 バァン!!



 ああ、本当だ。

 しかも、瞳に光がないパターンのヤツ。

 アレはアレだよ。花梨さんが怖い時のヤツ。



 バァン!!



 そう言えば、さっきから花梨が全ての風船を一撃で割っている。

 何かコツでも掴んだのか。

 勅使河原さんがただの伴走者になっているじゃないか。



 バァン!!



「最初はずいぶん出遅れてたのに、気付けば1位だな」

「コウちゃん……。あのね、今はあんまり花梨ちゃんのこと、見ない方が良いと思うんだー。んっとね、この後のために!」

「そうか。お前が言うならそうなんだな。おし、俺ぁよそ向いてるよ」



 バァン!!



 そして最後の風船の破裂音が響いた。

『白組、冴木さんと勅使河原さんのコンビ、今ゴールイン!! 最初の出遅れを見事に挽回したしました! 冴木さんのお尻さばき、お見事です!!』


「ちょっと、あんた! 冴木花梨のお尻が重たいみたいな事言うんじゃないわよ!!」

 氷野さん、うしろ、うしろー。



「マルさん先輩? やっぱり、あたしのお尻って重そうに見えます?」



 ……Oh.



「げぇっ!? さ、冴木花梨!!」

 いや、「げぇっ」て氷野さん、女子がそんなリアクション取るものじゃないよ。


「花梨ちゃん、お疲れ様ーっ! レモン食べるーっ?」

「あ、はい! 頂きます! マルさん先輩、明日は絶対に、ぜっ・た・い・に、あたしのうちに来てくださいね?」

「じゃ、じゃあ、せめて桐島公平も一緒に!!」



 なに俺を道連れにしようとしてんの!? ちょっと氷野さん!?



「……いえ。明日はちょっと公平先輩には遠慮してもらいます。恐らく、激しいトレーニングになりますから。この戦いにはついてこられそうにないですし」



 花梨さん、俺をナチュラルにチャオズ扱い。

 でも、今回に至ってはそれでオーケイ! イエス、チャオズ!!



「お願いよぉぉぉっ! 助けて桐島公平!! アレだったら、ちょっとだけ胸触らせてあげるからぁぁぁぁっ!! 特別に! だから助けてぇぇぇぇぇっ!!」


 氷野さん、氷野さんの絶叫オチだと前回と締めがかぶるんだよ。

 まあ、良いか。

 今回の教訓は、花梨の尻には触れてはならないこと。

 あと、氷野さんの胸には別に触れたくもないこと。


 体育祭って勉強になるなぁ。




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