第52話 喧嘩を買ったからには退路無し

 会議室から職員室へと戻ってきた碧を、大きな拍手が出迎えた。


「お疲れさん、新城先生!」

「よく頑張ったね!」


 職員室に居残っていた教師や事務員達が、皆そろって席から立ち、碧の傍に群がる。職員室にあるテレビを通じて、会見の模様を見守っていたようだ。

「皆さん、ご心配とご迷惑をおかけしました」


 碧は礼の言葉を述べながら、職員達一人一人と握手を交わす。これまで積もりに積もった鬱憤を吐き出し終えたおかげか、その表情は試合を終えたスポーツ選手のように晴れやかなものであった。


 碧の隣では、眉村がほっとした様子で笑みを浮かべている。


「会見の後半が打合せと全然違いましたので、ほんっとにヒヤヒヤさせられました。これで、世間を完全に敵に回しましたからね。あそこまでマスコミに対して派手に噛みついたからには、もう裁判に勝つ以外に道はありませんよっ。……とはいえ、あの非難轟々の中、怯まずによく頑張りましたね」

「眉村先生、本当にありがとうございました」

「いえいえ、お礼をいただくのはまだ早いですよっ。問題は、やはり世間からのバッシングがさらに強くなることですね。それも含め、私の仕事はこれからが本番です。裁判、絶対に勝ちましょうねっ」


 相変わらずの甲高い声と共に、眉村が快活な笑みを浮かべる。碧は深い感謝と共に、彼女の両手を握った。


(あ、そういえば)


 緊張から解放されたことで、昼間聞かされた話をふと思い出す。


「それで、例の『反撃』作戦の件は……?」

「ええ。少なくとも現時点では、上手く事が運んでいるようです。今日の新城さんは、私の予想以上の働きを見せてくださいました。そのおかげで、他の連携が随分とやりやすくなりましたし、作戦の成功率もかなり上がったと言えるでしょう。後はこちらにお任せ下さい」


 眉村の力強い言葉を受け、碧は頷き返す。眉村の言う通り、あの『反撃』作戦について碧にできることはない。明日以降に結果報告を待つだけだ。


「碧先生、お疲れ様」


 そこへ、瑞希が含み笑いを浮かべながら、碧の肩を気安く叩いてきた。


「碧先生は、もう少し穏やかな人だと思っていたんだけどなぁ。あんなに真っ向から怒るなんて、人は見かけによらないね。今の会見を聞いた後じゃ、碧先生を口説く勇気が持てないよ」

「翡翠を説得できそうにありませんか」

「ふふ、それもあるね。さっ、早く帰って顔を見せてあげなよ。あの子が誰よりも、碧先生の帰りを待っているだろうから」


 そう言って瑞希は、机上に置いてあった碧の鞄を手渡してきた。碧は、職員達に向かって一礼する。


「では、お先に失礼します!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る