第23話 茶番劇の裏側

 車を飛ばして、三〇分ほどで自宅にたどり着く。自宅前にも報道陣が集まっており、車を車庫に止めるのも一苦労だった。


「おかえりなさい、碧!」


 車を降りた碧を、化粧を入念に施した早苗が笑顔で出迎える。家庭内の裏事情を知らない報道陣の目には、息子との久しぶりの再会に感激しているように映っているのだろう。


「ああっ、この子なのね?」


 碧に抱き上げられた赤子を、早苗は愛おしげに見つめる。


「抱いてもいいかしら?」

「ええ、母さん」


 碧から赤子を慎重に受け取った早苗は、自らの胸にそっと抱き寄せる。二人の子を産み育てた経験を持つだけあり、その姿は碧よりもずっと様になっていた。

 その早苗も、茶番劇を演じているのだ。

 報道陣の注目を浴びながら、碧達は玄関へと移動する。不特定多数から注目を浴びることが苦手な碧は、今朝からの報道陣の視線のせいでどうも居心地が悪い。笑顔が硬くなっていないか、内心は不安でいっぱいだった。


「どんな経緯があっても、この子は私にとって大切な孫よ」

「ありがとうございます、母さん」


 赤子を大切そうに抱く早苗の姿は、一見すると「優しい祖母」そのものだ。


「皆様、本日は遠くからお越しいただき、本当にありがとうございました」


 今日だけで何度目になるのか、報道陣に頭に下げて碧達は玄関の扉を閉めた。靴を脱ぎ、居間へと移動する。


「ふう、疲れた」


 真一が偉そうに両腕を広げ、ソファに腰を下ろす。早苗は優しい笑顔の仮面を脱ぎ捨てると、後ろを歩く碧の方を振り返り、赤子を押し付けてきた。


「ほら、あなたが面倒をみなさい。あなたの子なんだから」

「は、はい」

「あぁっ、汚らわしい。念入りに手を洗ってこなきゃ」


 先程までの優しい雰囲気から、一気に豹変する早苗。まるで、便器に手を突っ込んでいたかのように表情を歪め、洗面所へと早足で向かった。雑な扱いをされたことで、赤子は今にも泣き出しそうになる。


「怖かったねー、もう大丈夫だからね」


 押し付けられるようにして赤子を受け取った碧は、慌ててあやそうとする。その様子を、真一が白い目で眺めていた。


「碧、そこに座れ」

「あ、はい」


 真一の命令に従い、碧は真一の正面のソファに腰かけた。むずかる赤子をあやしながら、兄に視線を向ける。そんな碧の態度に、真一が特に腹を立てた気配はない。


「これから言うことをよく聞け。まず、第一。今後しばらくの間、お前は許可なく一人で外出することを禁じる。赤子を連れても、だ」

「マスコミ対策ですか」

「それもあるが、近所の目もある。どん臭いお前だけでは、いつボロが出るか分からんからな。かといって、ずっと家に閉じこもってばかりでは、実は不仲だったなどと変に勘ぐられる恐れがある。時折、俺かお袋のどちらかが付き添って、赤子の世話として近所を歩くことで、そういった目を誤魔化す」


 実は不仲というのは真実だろうに、と碧は胸中で呟く。もちろん、声には出さないが。


「それから、そろそろ出生届を出さなければならん。早く赤ん坊の名前を決めろ。くれぐれも、ふざけた名前にはするなよ。これもイメージ戦略の一つなんだ、世間に好感を抱かれるようなものにしろ」


 マスコミの前では「家族皆で話し合う」などと言っていたのに、結局面倒くさいようだ。そこで早苗が洗面所から戻ってきた。忌々しげな視線を、碧が抱く赤子にぶつけてくる。


「これから、この赤ん坊と一緒に暮らすなんて。ストレスで髪が抜け落ちそう」

「碧。お袋の手をあまり煩わせるなよ。親であるお前が、責任を持って面倒を見ろ」


 早苗と真一の勝手な言い草に、碧は思わず顔をしかめる。だが、文句を言う気概はなく、


「……はい」


 と、小さく頷くしかできなかった。

 そんな碧の心など構わず、早苗が今にも嘔吐しそうとばかりに、口元を手で押さえる。


「こんな赤ん坊と自分の血が繋がっている、って考えるだけでも気持ちが悪くなってくるわ。いっそ、病気で死なないかしら」

「肺炎なんかで死なれたら、一緒に暮らしている俺達の責任を問われるぞ。今やこの赤子は、俺達親子の信用のバロメーターなんだ」

「ええ、分かっているわ、真一さん。せいぜい役に立ってもらいましょう」


 どこまでも利己的な言葉を交わす真一と早苗。当の赤子本人は、大人達の悪意を知る由もなく、碧にあやされて泣き止んでいた。

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