第10話 おぞましい結果報告
●二〇〇八年 七月四日(金曜日)
梅雨期の雨雲が空を黒く染め、大粒の雨が降りしきる。そんな早朝、碧は病院で重大な宣告をされた。
「おめでとうございます、碧さん。無事に妊娠なさいましたわ」
診察室にある医師用の椅子に腰かけ、早乙女は声を躍らせた。そのまま鼻歌でも歌い出しそうなほどの上機嫌ぶりだ。対する碧は、覚悟していたとはいえ、動揺を抑えきれない。
「え、っと、検査結果が間違い、ってことはないんですか?」
「確かに、高温期にhCG注射を行うと、ある程度の期間体内に成分が残り、妊娠検査で誤って陽性反応が出るケースはあります。ですが、碧さんの場合は妊娠の可能性がとても高いと言えますわ。碧さんの身体は通常女性に比べて不安定ですので、正直を申し上げますと、一度で成功するとは全く想定しておりませんでしたけれど。嬉しい誤算ですわね」
一方、患者用の椅子に腰かける碧の隣では、真一が歓喜のあまり握り拳を作っている。彼からすれば、碧の妊娠が成功することは、自分の首が繋がることを意味するからだ。
「あとは経過を見ていけばよろしいのですね。よくやった、碧」
だが碧は、兄の薄っぺらい労いの言葉など耳に入ってこなかった。
……自分が、とうとう妊娠してしまった。
その現実が頭の中で膨れ上がり、心臓が大きく鼓動を打っていた。
『ごめん、風邪を引いたので、今日の講義を欠席します』
ふらついた足取りで自宅へと戻った碧は、友人達や鈴鹿にメールを発信した。講義を受けるだけの心の余裕など残っておらず、丸一日大学を欠席する他なかったからだ。
『大丈夫? 次に会ったとき、今日の分のノートのコピーを渡すから安心して』
すぐに鈴鹿から心配のメールが返信された。彼女の気遣いに感謝のメールを返すこともできず、疲れ切った碧は二階の自室のベッドに横たわる。年月の分だけシミのついた天井を見上げ、碧は放心するしかない。まだ午前だというのに、全身に鉛が括り付けられたかのような重みを感じた。
「妊娠……僕が」
まだ受け入れがたいその事実に、碧は声が震えてしまう。
自分の子宮内に、胎児の素が存在している。
碧は、心と身体の性も定まらない自分にとって、家庭を築くことなど無縁と諦めていた。その理由の一つとして、性行為が分厚い壁として立ち塞がっていたのだ。碧も、自分が誰かと肌を重ねる光景など想像できなかった。
それなのに、今の碧は自分の遺伝子のみによる子を孕んでいるのだ。子を成すことが、このような禍々しい形で実現するのか。
嘘であってほしかった。こんな悪夢は早く覚めてほしかった。
だが、いくら頬をつねったところで、現実は変わらない。
「うっ……うう……」
恐怖のあまり全身が震え、涙があふれ出す。妊娠がこれほどまでに恐ろしく、おぞましいものなのだということを、碧は否が応でも実感させられていた。
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