第8話 失敗祈願

  ●二〇〇八年 六月二三日(月曜日)


 日に日に増大化する不安が碧の精神を削り、それに応じて食欲も衰えていった。が、真一の冷酷な監督下で、栄養バランスを練られた料理が、無理やり胃へと押し込まれる。


「いいか、体調を崩したら許さんからな」


 母体の健康を考えているようで、精神面のケアを完全に無視した兄だ。医師として完全に失格である。


 また、碧の一日のスケジュールに急遽加えられたことが、他にもある。大学への通学の際、自宅のある地域内でも有名な神社へと、足繁く通うようになったのだ。


「いらっしゃい。とても熱心ですね」

「……こ、こんにちは」


 境内で箒を扱う高齢の神主には、すっかり顔を憶えられてしまったようだ。碧は愛想笑いと共に会釈してから、拝殿の前に立つ。なけなしの貯金を賽銭箱に入れ、悲壮とも言える祈りを捧げた。


(神様、お願いしますっ。どうか人工授精を失敗させて下さい!)


 安産祈願ではなく、真逆を強く願うのだから、神も困惑していたに違いない。あるいは、罰当たりと怒っているかもしれなかった。

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