橋の上の槍兵「槍は叩くもの」
牛☆大権現
第1話
橋の上に立つ人影。
「たかが一人で、進軍を止めようとは。豪胆な…… 」
その前に、山と積まれた屍。
彼の武者の槍捌き、真に一騎当千なり!
「ええい! 奴は、本当に人か!? 」
「怯むな、かかれ! 」
命令と共に、飛び出したのは、若き屈強な兵士達。
分厚い鎧は、城壁に比する堅牢なり。
「叩くべしっ! 」
対する槍兵は、槍を振り上げ、叩き落とす。
撓り(しなり)を伴い、襲いくる槍が、雑兵達に襲いかかる。
「はぐっ……」
肋骨を叩き折られた痛みに、一人の足が止まる。
狭き橋の上、一人が止まれば全員の足が浮き足立つ。
その隙を逃さず、槍兵は駆け寄って、雑兵達に槍を叩き込む。
脳を揺らされ、頭蓋を砕かれ、次々膝を突く兵士達。
「強酒に、酔うより強き酩酊感、兜の上から脳髄を揺らすか! まるで妖術のよう! 」
「生きておるだけワシらはマシじゃ。見よ! 兜や鎧が陥没し、頭蓋や肋骨を砕かれた者も少なくない 」
将も、思わず称えざるを得ない動きであった。
「むうう。 槍は叩くもの、とは言うが。ここまで使いこなすか! 」
槍兵の槍は二間(3.6m)、よく撓る。
その先端にある刃が撓りを増幅し、衝撃を内部に浸透させる!
次々と雑兵が討たれて、怯える者も出ている。
そんな中で、一人の兵が微かに笑った。
将は思い出した。
確か、剣の腕前を売りこみ、志願してきた若造だ。かなり使う若造だ。
「次は、私が」
次なる兵は、どうしたことか、自ら鎧を脱ぎ出してしまう。
「何か、策はあるのか? 」
「なまじ、重い鎧を着てるから、避けられぬのです。我が神速の剣にて、叩きつけられる前に切り伏せて見せましょう! 」
将は頷いた。
「なるほど。 叩くならば振り上げがある、その隙に懐に潜り込むのだな! 」
彼が橋の手前まで歩き、構えたと見えた時。
充分な距離があるにも関わらず、その姿が掻き消える。
なんたる速さ、神速の名に偽りなし!
「いつもの事だ……誰も俺の神速には追い付けぬ……」
ましてや槍より、我が太刀のほうが短い。同じ打ち掛けならば短き太刀が勝つが道理よ。
奴の振り上げは未だ来ぬ。
ここは既に我が間合い、一度振ればその素っ首叩き切れる。
その首、貰った……
待て、振り上げではなく、突き、だと!?
不味い、この狭き橋の上では避けられぬ、この速さでは踏み込みは止められぬ……!
「危うく、我が首に届くかと思うたぞ。 神速、見事なり! 」
次にその姿が現れた時、彼の刃は槍兵の首に触れていた!
ただし、その胴を槍で貫かれ、絶命した状態でだが。
届きはすれど、首を落とすまでに、僅かに至らなかった。
「なれど、甲冑無き生身なら、突けばよし! 多少鉾先がブレようとも、的が広い胴なら容易に当たる」
将は声も出ず、恐怖が身体を震わす。
一人一人と雑兵が逃げ出していく、無理もない。
「槍は叩くだけと思うたか? 自慢の神速がお主を殺したのよ 」
「技量はあったが、槍は叩くもの……と先入観に縛られるとは、兵法家としては若かった。惜しい猛者を失ってしまった」
その言葉と裏腹に、無表情に槍を屍より引き抜く。
槍を脇にかまえ、狼狽する将に悠然と向かう。
橋の下の川音だけが、さらさらと流れる音だけが、変わらなかった。
=完=
橋の上の槍兵「槍は叩くもの」 牛☆大権現 @gyustar1997
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