第2話 海からくるもの

 夜になった。

 少年はまだ波打ち際にずぶ濡れで立っている。彼に声をかける人は誰もいなかった。

「さあ、行こう」

 数人残っていた地元の男の手で、焚き火は消火が行われ、神主達は神輿を担ぐ。

 一瞬で浜は闇に包まれた。

 堤防沿いに設置された街灯の明かりは、やけに遠く薄暗く感じられた。

 側にいた藤崎が小声で話しかけてきた。

「俺たちも行こうか」

「うん」

 答えたところだった。

 ひたりと、冷たいものが新也の手を握った。

 小さな濡れた手だ。しっかりと手をつないでくる幼い手。

「……っ」

 新也は震え上がった。

 あの少年だろう。

 そっと自身の手を振り返ると、暗い中でもそこに繋がる白い手と、砂浜に溶けて消えてしまいそうな裸足の小さい足がほんのりと闇に浮かび上がっている。うつむいている黒髪の下は、怖くて覗き込むことは出来なかった。

 振り払いたい。しかし怖くてできない。

 隣の藤先に助けを求めたいが声が出ず、それも出来なかった。

 小さな濡れたてから、海水が新也の手にも伝って落ちてくる。

 それは本当に冷たく、新也は恐怖と一緒に切なさで胸が一杯になった。

「……なんだってさ」

「え?」

 先を行く藤崎が何かを行った。どうにか聞き返すと、藤崎がこちらを振り返る気配がした。

「さっき神主さんに聞いたんだけど。海からくるものは、全部神様なんだって」

「……」

 ぎゅっと、新也の手が強く握られる。けして離そうとはしないように。

「流れ着く流木でも、死体でも。海からくるものは全部……あの地蔵も、謂れでは海から流れ着いたものらしい。だから神様だ。それを年に一回、海にお返しする。そしてまた新しい神様として拾ってくる……そういう儀式なんだって」

「へえ……」

 そっと、新也は冷たい手を握り直してみた。相手からは何の反応もない。ただただ冷たいだけの指先。

 同時に、新也は少年の落ち窪んだ眼窩を思い出したけれど、今度は不思議と恐ろしくならなかった。

「神様、か……」

 新也は呟いた。

 少年はそのまま山の頂上までついてきて、地蔵が神輿から降ろされるとともに消えた。

 新也は自身の濡れた指先を擦り合わせた。

 そして何となく、その話を藤崎には出来ずに山を降りた。



【end】

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現代百物語 第21話 海からくるもの 河野章 @konoakira

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