現代百物語 第21話 海からくるもの
河野章
第1話 その祭りは
「すぐそこの海で、地蔵を洗うっていう珍しい行事があるらしいんだ」
藤崎柊輔の声は弾んでいた。
混んでいる昼時のコメダ珈琲でのことだった。師走も半分が過ぎ、外では雪が舞っていた。
「はあ」
谷本新也(アラヤ)は気の抜けた声で答えた。藤崎が続ける言葉がもう分かっているからだ。
「取材……ですか?」
なので新也は先に聞いた。
藤崎は新進気鋭の作家だ。純文学、主に恋愛を得意とする作風なのだが最近では怪奇やホラー雑誌でも顔が売れるようになってきていた。
それに一役買っているのが新也のある特異体質なのだが、本人は何とも不本意な目に何度もあっていた。
「良くわかったな」
ニヤッと藤崎が笑う。いつ見ても、何をしても男前というのは本当に憎たらしいと、新也は思う。
「先輩が僕を呼び出すってのはつまりそういうことでしょう」
諦めの溜息とともに新也が了承すると、藤崎は楽しそうに笑った。
「よろしく頼むな」
それで、地元の海での取材が決まった。
取材の前半はつつがなく終わった。
地元ではかなり有名な行事だったらしく、地元のローカルテレビ局も取材に来ていた。
藤崎は関係者から祭りの謂れを聞いたり、子どもたちに声をかけたりしていた。新也はその近くでメモを取ったり写真を撮ったりと手伝う。
普段は近くの山頂、神社に祀られている地蔵を神輿で浜まで下ろし、そのままふんどし姿の地元の男たちが海水に浸かる。神輿も半分ほど漬けたら、そこで地元の子どもたちがワラワラと集まって、全員で神輿の上に鎮座する地蔵を頭から海水で洗う。地蔵を綺麗にし終わったら、浜に上がり全員で体を乾かす。地蔵はそのまま浜で一晩を過ごし、深夜に今度は神主たちの手で山頂へと戻される。
それで行事は終わりだった。
地元のテレビ局は夕方で帰ってしまったが、新也達は深夜の祭事まで取材をすることにした。
新也が妙な気配を感じたのは、体を乾かすために全員が浜から上がってきている最中だった。浜にはドラム缶がいくつか並べられ、そこに薪がくべられ赤々と燃えている。
次々に上がってくる大人や子どもたちの最後尾に、頭の上までずぶ濡れになった子供がついてきていた。少し長めの黒髪が表情を隠してしまっている。小学校低学年くらいの男の子だ。他の子どもたちと一緒で、作務衣の白い衣装を着ていたが、足元は裸足でペタペタと歩く姿がこの寒さでは痛々しかった。
「大丈……」
新也は声をかけようとして、思いとどまった。
波打ち際に立つ少年の足元が、時折水に溶けて消えているように見える。
少年はそこから動けないのか、ペタペタと足音をさせるばかりで一向に前には進んでいなかった。
と、少年が新也を振り返った。
「っ……」
少年の眼窩にはぽっかりと黒い穴が空き、眼球がなかった。ただの黒い穴がこちらを見つめている。
そっと新也は後ずさった。トンと、背中が藤崎の体に突き当たる。
「あれ……」
と指差してみるも、
「どうした?……何かあるのか?」
と、藤崎には何も見えない様子だった。
いえ、と言葉を濁して、新也はその少年の方を見ないようにして夜を待った。
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