最終話 はなよめにされた○○

 


「メイド雇う必要あります?」


 家に帰ってくるなりトチ狂ったことを言い出した旦那様に私はツッコミをいれた。


「ダメですか」

「ダメですね。だいたい、私がいるんですから雇う必要ないでしょ」

「えー、だってワターシの前じゃメイド服着てくれないじゃないですか。他所では仕事着として着てたらしいのに」

「どこの世界に自分の家で夫相手にメイド服で家事する妻がいるんですか⁉︎」

「他所は他所。ウチはウチですよ!」


 ダメだこれ。歳のせいでボケてる。前に比べて変態度が増してる。


「とにかく、メイドは雇いません。さっさと席に着いてください。夕食のシチューが冷めちゃいますから」

「おっと、それは失礼。ワターシ、長旅の疲れでお腹ぺこぺこですから沢山食べますよ」


 白髪混じりの旦那様が椅子に座る。

 その向かい側に私も座る。

 今までと変わらない。これからも変わらない座り位置である。


 久々の夫婦での食事。

 思い出話にも花が咲く。


 私が旦那様と出会った時のこと。

 屋敷を逃げ出した私を翌日には旦那様が見つけ出したこと。

 旦那様が死に物狂いであの薬の完全版を作り出したこと。

 それが私の死ぬ寸前で間に合ったこと。

 そのせいで女神さまだとかなんとかに見つかって罰として私が女神さまのところでメイドとして奉仕させられていたこと。

 三十年間分のあれやこれを語り合った。


「都合がいいことこの上ないですよね」

「女神さまさえいなければもうとっくにクロエとの間に子供がいてもおかしくなかったのに」

「だーかーら、それは前にも言いましたよね? ご主人……旦那様と私が夫婦になるためには約束の三十年間も待たなきゃいけないこと」


 真・新生薬と新たに名付けられたそれは本来は作れないもの。この天っ才以外には。

 愛のためなら! と言って軽々しくも禁忌に触れた魔法使いに常識は通じない。

 そんな私たちに女神さまはおっしゃった。



『まさかこんな尊いカップルがいるなんて、女神感激。尊過ぎて消滅しそう……。でもルール的にあなた達の行為を見過ごせないの。お仕事だから。だけど、女神の天罰というか提案を呑んでくれるなら許しちゃうよ? 適当だって? ……神様とか自分勝手でなんぼでしょ』



 旦那様の薬と女神さまの力で私は人間になった。猫に戻ることはもうできないし、猫の話す言葉もわからない。猫のように軽やかに動くこともできない。

 猫耳メイドでいた頃よりはできることは減ってしまったけど、ご主人……ロイドといれるだけで私には充分だ。

 何かを得るためには何かを犠牲にしなきゃいけないことくらいわかってたから。


 それに、知り合いの猫には女神さまのところで合ったし。

 バロンなんか先に死んだと思ってた私にビビっていた。あれは面白かった。

 母猫や兄弟猫には応援された。申し訳なさがあったけど、優しく抱きしめてくれた。


「どうかしましたクロエ?」


 食後、ソファで一緒にくつろいでいた旦那様が心配そうに顔を覗かせた。

 シワが増えた顔にはまだあの頃の少年の面影が残っている。若く見えるとは思っているけど、若過ぎはしないだろうか。前よりムキムキだし。


「なんでもないですよ。ちょっと、これを貰った時のことを思い出してただけです」


 首元には未だに魚の形をした鈴付きのチョーカーがある。私の宝物が。


「あぁ、それなんですが……。今度、それをこの子に付け直してあげませんか?」


 旦那様が指差したのは私の代わりにと大切にしていた猫のぬいぐるみ。


「そのチョーカーは猫であり、人間でもあったクロエには似合ってたのですが首輪がモチーフですし、妻に首輪をつけさせている夫というのも……ねぇ?」

「別に私は気にしないけど、でも……これってご主人にとってのぬいぐるみと同じくらい大切にしてきた物だから」

「わかってますよ。離れ離れの二人を繋ぎとめてくれていたものですからね。だからこそ、その二つを一緒にしてあげたいんです」


 その代わりに、とロイドが手荷物の入った鞄から何かを取り出す。

 小さな木の箱だった。


「こちらを差し上げます」


 中にあったのはシンプルなデザインの銀の指輪。内側に猫の絵が彫られたものが二つある。


「結婚指輪です。クロエ、この天っ才魔法使いのワターシと結婚してはくださいませんか?」


 してやったり顔で、だけど真剣な眼差しで差し出されたそれを私は躊躇なく取り出す。


「もちろん、こちらこそよろしくお願いします。ご主人で旦那様な私の愛してるロイド」
































 数週間後、一組の夫婦が結婚式を挙げた。


 田舎の町にも関わらず多くの人が集まったその式には何故か人間と変わらない数の猫も集まったらしい。


 人々はその話を聞いて、かの有名な魔法使いが猫のお姫様を人間に変えて花嫁にしたのではないかと噂をした。


 いつしかその噂は絵本になり『はなよめにされたネコ』というタイトルが付いたそうで。

 表紙にはネコ耳のついた黒髪の少女と、魔法使いの格好をした笑顔の少年が手を繋いでいるとか。



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はなよめにされた◯◯。〜うちのご主人、天っ才過ぎて困る。あと、私にデレデレ過ぎて困る〜 天笠すいとん @re_kapi-bara

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