第3話 時の支配者

「何処へ向かっているんですか!」

トライクが信号待ちで停まっている時に、後からヘルメット越しだったので、美旗は少し声を張って眉椿に尋ねた。

「都内のマンションです!…もうすぐ着きます!」

美旗の声に少し反応が遅れたが振り向き、眉椿も声を張って答えた。

都内の一等地にそびえるタワーマンションの地下駐車場の前に着くと、一人の警備員に制止されたが、眉椿は右肩からかけていた小さめのサコッシュから、あるIDカードを取り出し警備員に渡すと、警備員はカードを腰に備え付けた小型のチェックデバイスに当てると

「オーケーです、今開けます。」

と機械的に眉椿にカードを返しながら言うと、車両止めの遮断機が警備員の声に反応するように上がり、警備員は眉椿らの乗るトライクを右手でいざなうように通してくれた。

広い駐車場内を奥に向かって走っていると、そこはまるでモーターショーでも行っているかのように各国の高級外車、スーパーカーなどが整然と並んでいて、自動車に興味の無い美旗でも思わずキョロキョロと周囲を見渡し、

「自動車のイベントでもあるんですか!」

と声を張って聞いてしまった。

「え?…ああ、車ですか?ここの駐車場はいつもこんなですよ!」

眉椿は少しだけ美旗の方へ顔を向けて声を張りつつ答えるとオートバイの駐輪場へトライクを停めた。

すると、すぐ目の前に入り口があり、奥にエレベーターホールが見え入り口右側に備え付けの入力式インターホンがあった。

眉椿は部屋番号を入力し返答を待っていると、

「…はい…」

と小さく聞き取りづらい男性の声が帰って来た。

「眉椿です…急にすみません!…お時間は取れますか?…」

眉椿も小さめの声ではっきりと言った…

「!…大丈夫です!今開けます!」

今度は小さめだがはっきりとした口調で返事があると、入り口の自動ドアが静かに開いた。 

二人はエレベーターホールに入り、3つ並んだ真ん中のエレベーターに載ると、眉椿は48階のボタンを押すと、その場で腕組みをしぼんやりとし始めた…

美旗は隣で改めて眉椿の顔を横目で眺め、

「大きめのブラウンの瞳に長いまつ毛…名前忘れたけど、最近人気のベテラン俳優さんに似てるのかな?…」

そう考えると名前が出て来ない事に思考が苛立つ美旗であった。

二人はエレベーターを降り、左手に歩いて三軒目の部屋の前で止まり…眉椿は483号室のインターホンを押した。

そして、インターホンのマイクから

「どうぞ!」

との声があり、眉椿はブラウンの重厚なドアを開けてレディファーストの定石で美旗を先に部屋へ通してから自分も入った。

「良く来てくれました!」

部屋の豪華さに見とれる間もなく美旗に部屋の主が両手を差し出し握手を求めて来たので、ひきつった笑顔で美旗も両手を出し握手に答えた…

「私…この人知ってる!!…有名なクロスチューバー!…タイムゴーラウンドさんだ!!…」

「初めまして、時司 牧志(ときつかさまきし)です!…宜しく!!」

美旗がどぎまぎしているのを余所に時司は柔らかな笑顔で自己紹介した。

「はっ…初めまして!…古城美旗です!!…宜しくお願いします!!…」

美旗は緊張したまま時司の両手を握り頭を下げた。

時司は美旗の両手を離すと、隣の眉椿にいきなり抱きつき、

「久しぶりです!!…元気でしたか?」

と眉椿を抱き締めたまま言うと、

「君も元気そうだね!…良かった!」

眉椿は時司のハグに答えて優しく抱きしめた…

美旗はボーイズラブの漫画にはまっていた過去を思い出し、デレた顔で二人に見とれてしまっていた…

二人は部屋の中央の居間に案内されると格調高いヨーロッパ調の調度品で彩られたテーブルや椅子が、これから対談形式の首脳会談行われるように配置され、テーブルの向かいに中型サイズのカメラが備え付けてあった…

「これ…いつも見ているタイムゴーラウンドさんのスタジオだ!!…ここで撮影していたのね!!…」

そう思うと美旗は一人落ち着きなくキョロキョロと部屋を見渡した。

「どうぞ!…二人共おかけください!…」

時司に促され二人はカメラに向かって右側の席に案内され座った。

「…親会社のガーゴイルが、記念に映像を残して欲しいらしいので、お付き合いください!…」

時司はそう言うとカメラのスイッチを押して回し出した。

「クロスチューブをやって行くのも大変なんだね…」

眉椿は少し呆れてそう言った…

「いやぁ、すみません…これも映像サイトを続けて行くためには、仕方ないですね…」

時司も呆れているようだった…

「…今回は依頼と言うか…眉椿さんにしか出来ない事だと思いまして…」

時司は言いにくそうに話始めた…

「…過去、現在、未來の同期が狂い始めてしまったようで、僕一人では同調しきれなくなってしまいました…」

時司はいきなり不可思議な話を始めた…

「彼が消えた後、安定していたのではなかったのか?…」

眉椿は怪訝な顔して、時司に尋ねた。

「はい…確かに暫くの間は安定していたのですが…眉椿さん…彼(悪意の根源)の姿は不安定だったのでは?…」

時司は抱えている不安を確認するように眉椿に聞いた。

「…ああ…彼は姿を維持するのが大変だったようだ…俺には突っ立っているようにしか見えなかったが…」

眉椿は完全に他人事のように答えた…

「フフ…あなたの光は例えブラックホールでさえも飲み込めないですからね…」

時司は眉椿の物言いに笑みがこぼれた。

「…やはり…そうでしたか…」

顔を戻して時司は少し考えこむと黙りこんだ…

「…いったいなんの話をしているんだろ?…

美旗は話し合う二人の顔を見比べながら答えを探していた…

しかし、こうじっくり二人の顔を見てみると、それぞれ違った美しさが見えた…

時司は言うまでもなく、音楽プロモーションビデオの出演がメインで喋らなくでも、視聴者を魅了する銀髪が美しい花のように美旗には見えていたし、眉椿は年齢を感じさせない顔立ちと細身で身長も美旗とは10センチと変わらないが、奥底に眠る力強さを感じていた…

「俺が、もう一度…彼と対峙すればいいかな?…」

眉椿はすでにやるべき事を理解しているように言った。

「時のバランスは、あるべきもの…存在するべきものが塵ひとつ欠けても次元という形式に歪みが生まれてしまいます…」

時司は困惑した表情で語った。

「あの時は…興奮してかなり感情的になってしまっていたからな…後の事など考えていなかった…」

眉椿は申し訳なさそうに困った顔の時司に言った。

「いえいえ…あの時のあなた判断は正しかったと思います!…ただ…僕の力が及ばなかったと…」

時間という概念のすべてを手中に治めていた時司は、謙遜と言うよりは恥じるように語った…

「やっぱり…何がなんだか私にはわからない…」

美旗は二人の問答のような会話を理解しようと試みてはみたが、「力」という能力の事がまったく解らなかったので、会話が段々耳に入らなくなっていった…

すると、

「古城さんでしたね…あなたの「力」を借りたいのですが…」

時司は美旗に視線を移すと急に無理を言い出した…

「…え?…「力」…私には力なんてありません!…」

驚いた美旗はキッパリと言った。

「大丈夫です…あなたにも「力」は存在していますよ…」

時司は優しい笑顔で答えた… 

「…「力」と言うのは…解りやすく「超能力」とでも言いましょうか…僕達は「混沌(カオス)」と呼んでいますが…生命が本来兼ね備えている能力です…それを発現するには、自分の中のすべてを受け入れる必要はあります…様々な葛藤がうねりとなり、超能力は発揮されるのです!…」

時司は美旗に物語を聴かせるように話した。

「…力…超能力…カオス…難し過ぎて私にはよく解らないです…」

美旗は表情を曇らせ正直に言った…

「そうだよね…この事を言葉にて伝えようとすると、どうしても曖昧で突っ込みどころ満載になってしまう…ただ…言えるとすれば、どんな「才能」も本人の認識と自覚無しでは発揮出来ないと言う事にはなるのかな?…」

時司は続けた…

「例えば、僕のカオス…「時空間認識」と言うのだけれど…僕は子供の頃からなんとなく、「すべてがひとつで全部」なんだと認識していたんだ…何故だか解らなかったけどね…まるで数学の公式が解らないのに答えだけ理解しているようで、自分でも気持ちが悪い感覚だった…誰に話しても理解してはもらえない事も自覚していたから、悩んだし、苦しい思いもした…でも「この世界」を理解出来ると言う事は楽しい事でもあったんだよ…科学的にはどうだろう…11の次元や超弦理論などはあるけど…僕が理解している世界は……言葉で言うとすると…三千以上の次元が美しく等しく…過去、現在、未來の時系列がまるでDNAの螺旋のように労りながら折り重なり合い、円を描くかのように形を持つ球体を成すかの如く有限に反応しながら無限に拡がり続けている…と言う認識を自覚してから僕は、自由に「世界」を行き来できるようになり…それ以来、他人は僕の事を「支配者」と呼ぶようになっていったんだよ…」



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