第2話 新たなる善意と英雄と呼ばれた男

世界は未だ混沌としていた…

まるで俺がしてきた事が無意味だったと言わんばかりに…

しかし、俺が手に入れた力の源はまぎれもなくこの混沌とした世界からもらったものだった…

そして、力を持つ者は俺以外にも大勢存在しており、世界が英雄を求めているのを感じずにはいられなかった…

「貴方が行ってきた行為は、無駄ではありません!」

雑居ビルの二階の一室に構えた事務所の秘書兼アシスタントの古城美旗(こしろみはた)は、21歳とは思えない落ち着き払った物言いで、雑然と資料が並べられた中古のデスクで椅子にもたれかかり、数年前から始めたタバコをふかす俺に決定事項のように断言した…

「ん?…ああ、ありがとう…」

物思いにふけっていた俺は、はっとなり美旗に顔を向け苦笑いしながら礼を言った。

不思議なものだと思えた…彼女は「力」は持ってはいないが、確実に彼女の言動には救われていた…

何処で見ていたかはわからないが、俺が最後の敵と闘い勝利した後、世界各国あらゆる機関からの誘いが引く手あまただった…

俺は全部の誘いを断り、借金をして小さな事務所を構えた。

「理(ことわり)の相談所」

なんの相談所か解りにくいと自分でも思ったが、何処で調べて来るのかは解らないが、備え付けた電話がバカみたいに鳴り止まなかった。

「人手がいるな…」

口に出てしまうほど、少し電話の対応や雑務に疲れた俺は、求人サイトに人を求めた。

「すみません、求人サイトを見てお電話させていただいたのですが…」

初めての応募者から電話の声だけで俺は彼女を採用した。

「どうして応募したのかな?」

初出勤の日に俺は彼女に質問した。

「…理(ことわり)の意味を知りたいと思いました…」

彼女は複雑な表情で、うまく言えない自分を恥じているようだった…

「一緒に仕事していれば、その内解るようになるよ…」

俺は精一杯、彼女の気持ちを汲んで答えた…

「古城美旗(こしろみはた)」は今年の春に21歳になったばかりで、短大を卒業したものの就職活動は全滅してネガティブの塊のような日々を過ごしていた。

ある日、アルバイトくらいはしなきゃと思い求人サイトを物色していた時、

この「理(ことわり)の相談所」が目に止まった。

「年齢性別、経験問わず…」

「9時から5時までの就業…」

「時給二千円?…何これ…」

「交通費全額支給…」

「仕事内容…秘書兼アシスタント?·…」

「…秘書か…どんな事するんだろ?…」

「ご興味あれば…ご興味??こちらまでご連絡ください…」

「所長…眉椿透(まゆつばきとおる)…変な名前…」

「なんか…胡散臭いけど…ご興味は…あるかな?…」

「…理(ことわり)ってどういう意味だろ?…」

「まあ、でもこんな私で役に立つんだったら、どこでもいいかな…」

美旗は時給と興味本位とネガティブな善意だけで事務所へ連絡して、眉椿と少し話しただけで採用が決まった。

「電話連絡だけで採用?…ますます胡散臭いな…大丈夫なのかな?…」

そして…美旗は眉椿がかつて世界を救った英雄だと知る事となった…

美旗は長かったロングストレートの髪をショートボブに変え、初出勤して所長の眉椿と対面した、汚い雑居ビルの二階の狭い事務所の中は少しタバコ臭くて、書類らしき物があちこちに置き去りになっていた。

「…散らかってますね…」

美旗は見渡した部屋に絶望しつつ、眉椿に言った。

「いやぁ、一人で色々やっていると片付かなくってね…」

眉椿と名乗る男は照れてるのか恥じているのか解らない表情で苦笑いして答えた。

美旗はとりあえず、散らかっていた書類などの片付けを始めて眉椿の仕事を理解してしまった…

「…この人…あのニュースでやってた…世界を救った英雄…なの…」

嫌でも目に止まる各国からの要請依頼や嘆願書、個人に至るまでの書類が山のように積まれた中古のデスクの片隅に、申し訳なさそうに置かれた小さな灰皿にタバコの灰を落とし、眉椿はぼんやりと同じく中古のデスクチェアにもたれかかり、タバコを美味しそうにふかしていた。

「あの…」

美旗はそんな眉椿をみかねて尋ねた…

「はい?…何か解らない事でも、ありましたか?」

ぼんやりしていても、美旗を気にかけていたようで、眉椿からはしっかりとした返答があった。

「あの…お忙しいのでは、ないのですか?…」

美旗は、ぼんやりとタバコを嗜む眉椿に少し不安を感じてしまい思わず聞いてしまった…

「え?…ああ、すみません…古城さんには今の状況が、よくわからないですよね…」

眉椿は少し慌てるようにタバコの火を消し、美旗に来客用の合革で作られたツインのソファー(当然中古)に座らせ、テーブル(これも当然中古)を挟んで向かい側に腰掛けると、美旗に仕事内容と眉椿の経歴を話し始めた…

美旗にとっては、胡散臭いどころかまるでファンタジーの物語を、グレーの決して高そうに見えないスーツを着こんだ、中年に差し掛かろうとした男から聞かされる光景を客観的に見てしまい、なんとも言えない表情を美旗にとらせた…

そして、ふと思った…私のスーツもグレーだ…お揃いだ…

美旗は自分がグレーの少しタイトなリクルートスーツを着ていた事を思い出して、気恥ずかしくなり、思わず眉椿から視線を外しうつ向いてしまった…

美旗が理解した仕事内容…

「主に力(超能力らしきもの?)と呼ばれる能力に対して、各国または個人からの事案や問題発生に関する要請や依頼を相談所に来てもらうか出張してのカウンセリング業務…」

「私の仕事は眉椿の業務に関しての秘書兼アシスタント(補佐?雑用?)と言うところなのかな?…」

後、眉椿からの提案で「時給は二千円ですが、仕事内容によっては考慮します。」

との事であった。

美旗はかなりの時間を書類整理に追われていた。

「国別…と言うよりは、団体と個人別の方がわかりやすいのかな?…」

美旗は独り言をぶつぶつ言いながら、くたびれた書類棚に並べていると、自分のデスクの後ろの窓を全開にして、眉椿はタバコを燻らせてつつ一枚の書類に目を通していた。

美旗に対しての眉椿なりにタバコの匂いや煙を気をつけての事であった…

「…古城さん…少し出かけましょう!」

ガタッと急にデスクからタバコを消しつつ立ち上りながらそう言うと、持っていた書類を折り畳んで小さめのサコッシュにしまい、事務所入り口の右側に3つ並べて備え付けた一番入り口近くのロッカーから、バイクのヘルメットを二つ取り出すと、ひとつを美旗に手は渡した…

美旗は微妙な表情でヘルメットを受けとると、

「…オートバイですか?…」

と「何処へ行くのか?」と言う事より「自動車じゃないんだ…」と、そちらの方が気になった…

「いや…トライクだよ…戸締まりお願いします!」

眉椿は少しウキウキしながら答えると事務所を出て階段を降りて行った。

「…トライク?…」

美旗は眉椿の言っている意味が解らないみまま眉椿の後を追った。

「フォン!!…オン!!フォン!!」

美旗が階段を降り事務所がある雑居ビルの入り口を出ると、眉椿がオートバイのエンジンに火を入れ、アクセルを軽く吹かして美旗を待っていた。

「やっぱり…ここに来た時に止めてあった銀色のオートバイじゃん…」と心で思いつつ、眉椿に近づくと、ここへ来た時はよく見ていなかったが、オートバイの後輪は二つあった…

「…後ろにタイヤが二つあるんですね?…」

美旗は特に興味はなかったが、変わったオートバイだなと思い眉椿に聞いた。

「うん…こういうオートバイをトライクと言うんだよ…オートバイの免許ではなくて自動車の免許で運転できるんだよ…」

眉椿は変わったオートバイの説明を簡単にすると、エンジンが暖まったのかヘルメットをかぶり、トライクに股がると美旗に

「後ろへ乗ってもらえるかな?…」

と美旗をトライクへ乗るよう促した…

250ccで4サイクル4気筒のバイクを改良して後2輪にしたトライクは、それほどの大きさはなかったが、二人で乗るには充分な大きさだった。

「…スカートじゃなくてパンツで良かった…」

美旗は本日の自分の服装に安堵した。


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