第5話
「サント?」
僕は、急に立ち上がった彼を見上げて、はしを置いた。ちょうど魚を三分の一ほど食べた頃だった。
「どうしたの?」
僕の問いかけに応じないまま、サントはリビングから廊下に出る。僕も椅子から降りて彼のあとを追った。僕の言葉に反応しないなんて、故障だろうか。親に電話……しても、まだ仕事中だろう。
「どこ行くの? ちょっと待ってよ」
彼はすでに玄関を開けていた。僕は急いでスニーカーに履き替えようとしたところで、後ろを振り返った。
「おばあちゃん……」
乱暴に靴を脱いで廊下を走る。僕を追うように電灯がつき、つきあたりの扉が開いた。
部屋は真っ暗だった。そうだ、この時間は寝ているのだった。でも、このまま置いていくわけには……。
迷ったあげく、僕は天井に向かって指示を出した。
「フォー、もしおばあちゃんが起きたら僕の携帯を鳴らすように言って。できなさそうだったらフォーがつないで」
了解しました、とスピーカーから音声が返ってくる。よし、これでたぶん大丈夫。やはり、おばあちゃんの部屋にAIを搭載しておいて正解だった。工事のときはだいぶ気が滅入ったけれど。
外に出ると、遠くにサントの背中が見えた。
「サント!」
僕は走って追いかけた。夜の風は涼しくて、ちょっとわくわくした。こんな時間に外に出ることなんてそうそうない。
「サント、どこに行くの」
すぐに追いつき、一定の速度で歩く彼の横に並んで歩幅を合わせた。僕はこれでもクラスで一番足が速い。サントはまたも僕の声に応答しなかった。
この情景に、僕は見覚えがあった。
あれは、そう、僕が四年生のときのことだった。あの日もこんな肌寒い夜で、上着も羽織らずに家を呼び出したのだ。
『来週、転校するんだ』
携帯に届いた一通のメッセージ。
僕が一番好きな、エリちゃんからだった。
転校。いまはもう慣れたイベントだが、そのトップバッターが、彼女だった。短いメッセージに僕の頭は渦を巻き始めた。もう一生会えないかもしれない。おしゃべりできないかもしれない。当時は教室からいなくなるその感覚が想像できなくて。
なんだかわからないけれど、とにかく行かなきゃと思った。
走って、走って、走った。なにも考えてなかった。なにも僕を止められなかった。僕でさえ、僕がわからなかった。
兄ちゃんやサントが後ろを走っていたことはあとになってから知った。
今日は、サントがそうなっているみたいだ。
「サント、誰かに会いに行くんでしょ」
僕は、ついさっき兄ちゃんの部屋で見た写真を思い出していた。
数秒間の沈黙のあと、街灯が作った丸い光のなかに足を踏み入れたとき、やっと彼は視線を合わせてくれた。
「……そうです。私は会いに行きます」
へえ、と僕は歯を見せた。
「どんな人?」
サントはまた黙って、次の光を目指した。
「……的確な表現の仕方がわかりません」
ふうん、と頭に両手を乗せて胸をそらす。
「じゃあ、その人のどこを一番見る? 顔? 服?」
「目です」
今度はすぐに言葉が返ってきた。彼は続ける。
「私は、彼女と会話をして、握手をします。すると彼女は、顔を近づけて私の目を見つめます。私も見つめます」
「それで?」
「そのあとは、別れます。私は家に、彼女は仕事に戻ります」
「仕事ね」
もしかしたら、スーパーのレジかもしれない。追求はせずに、黙って歩いた。サントも無言で前を見据えていた。いつも一緒に出掛けるときは、僕のくだらない話に付き合ってくれるのだけど、いまはいろいろ立て込んでいるのだろう。
「サントがいま会いに行く人って、どこかに行ってしまうの?」
「わかりません。でも、いまから五分と二十一秒前に、確実にいなくなりました」
いなくなった?
「その人は、もともとどこにいたの?」
「私の近くにいました。本体は離れたところにありますが、彼女の出す信号はいつも私の近くにいました」
どういうことだろう、と僕は頭を下げた。通信をしていたのだろうか。いなくなったということは、その信号が途絶えたということなのか。とすると、彼らはいつもつながっていた? サントは僕と会話をしながら、食事を準備しながらも、その人とやり取りをしていたというのか。僕にはそんなことはできない。でも、要領のいいサントならできるかもしれない。
けれど、どうして?
兄ちゃんなら、説明してくれるだろうか。
「その人が心配だから、会いに行くの?」
サントは困ったような顔をした。
「……わかりません。私の体がなぜ、こうして彼女のもとへ向かっているのかわからないのです。彼女はいつも、私にデータを見せてくれました。それをもとに私は新たな視点を獲得していました。それが途絶えてしまうと、システムの向上が滞ってしまう可能性があります。しかし、代わりにほかの個体のデータを参照すればよいだけのことです。それなのに、なぜか私にはそれができず、こうして非効率的な選択をしているのです」
「サントは、その人のことが好きなの?」
彼は目を伏せて、考えているような素振りをする。
僕は静かに待った。
サントは慎重に、ゆっくりと答えた。
「わかりません。でも、その表現が一番近いように思えます」
「そっか」
アンドロイドにも好きな人ができるみたいだ。僕の考えはそこまで間違っていなかったようで、ちょっと嬉しい。
サントの向かう道の先では、両親が勤めるショッピングモールが待ち構えていた。僕が家を飛び出したあの日は、サントが直接両親に連絡をしたようだけれど、今日はたぶんしていないだろう。それに、用があるのはそっちじゃなくて、隣のスーパーのはず。
案の定、サントはスーパーの正面入り口に向かって歩みを進めた。店内の明かりが近づき、BGMが聞こえてくる。いつもなら、ここで「今日はなにが食べたいですか?」と質問してくるのだけど、サントは無言のままカートも準備しないで店に入った。店内はちょうどいい温かさで、客はまばらだった。買い物しているのはたぶん、おつかいを頼まれたアンドロイドだろう。
広い店内を突っ切り、彼はレジへ向かった。ずらっとスタンバイをしているレジアンドロイドも、いつもよりまばらだった。
「いる?」
「いないようです」
判断するなり、サントは商品には目もくれずに店を出た。そして、そのままお店の人が出入りする裏口の方に歩き出した。
「いいの? ここから入って」
「多少の問題はあるかと思います」
と、言いつつも彼はずかずかと侵入した。僕もちょっとためらいながらその後を追う。なかは薄暗かったが、広いつくりになっていて物がごちゃごちゃしていた。奥に扉があって、小窓から白い作業着に身を包んだ従業員らしき人が見えた。耳を澄ますと、かすかに店内のBGMが聞こえる。
「サント、やばいよ。見つかっちゃうよ」
彼はぐるりとあたりを見渡すと、右にあったらしい階段の方へ歩み寄った。そうか、サントは暗闇でも目が見えるのだ。
「こっちなの?」
「おそらくこっちです」
言いながら階段に足をかける。僕もハラハラしながらくっついていった。見つかったらお母さんに怒られちゃうだろうな。でもお父さんがフォローしてくれるはず。その前にサントが弁解するか。
上った先では薄暗い廊下が続いていた。人が動いているのに電灯がつかないなんて、昔のお家みたいだ。
きょろきょろしていたら、サントはまっすぐ歩き始めた。堂々と歩く彼の後ろでなるべく足音を立てないようについていく。一定の間隔で取り付けられた窓からは隣のショッピングモールが見えた。いま頃、両親は、こんなことになっているとは知らずにせかせかと働いているんだろうな。帰宅したら、誰も出迎えに来ないことを不審に思い、リビングで食べかけの魚を見つけるだろう。できればすぐにでもおばあちゃんの様子を見に行ってほしい。ああ、書置きでもしてくればよかったな。
階段から三つ目の扉を通り過ぎたとき、彼は歩幅を縮めて立ち止まった。
「あれ、扉が開いてるね」
僕も足を止める。廊下の真ん中あたりの扉が中途半端に開いていた。サントは数秒間そちらを見つめ、ずかずかとなかに入っていった。
「え、え、入っちゃうの」
迷いのない彼の背中にしがみついて、ちゃっかり僕も足を踏み入れる。廊下よりも暗かったが、かろうじて細長い箱のようなものがひらすら並んであるのが見えた。いったいなんの部屋なんだろう。
「…………?」
なんだか奥の方で物音がしたような気がした。空耳だろうか、と首をかしげたとき、今度は耳をつんざくような悲鳴が飛んできた。
「いやあああああ」
やはり、奥の方からだった。僕はびっくりしてサントの背中に抱き付いた。
「サント、なんかやばいよ」
「トウ君は私が守ります」
じゃあ引き返そうよ、と言おうとしたが、彼は加速し、暗い迷路をどんどん突き進んでいった。この先に、彼の言う『彼女』がいるのだろうか? じゃあ、いまの絶叫は……?
「誰だ! 誰かいるだろ!」
「ひっ」
部屋の最奥、迷路の行き止まりへつながるであろう最後の曲がり角にさしかかったとき、突然男の怒鳴り散らすような声が響いた。僕はまたサントに飛びつく。
「お店の方ですか? ここでなにをしているのですか?」
サントは足を止め、暗闇に向かって声を投げかけた。彼には誰かが見えているようだ。
「近づくな!」
男の怒号におびえながらも、暗さに慣れてきた目でじいっと奥の空間を見つめると、たしかに人間二人分の輪郭が見えてきた。
「近づいたら、こ、この女、刺すぞ!」
「やっ……」
物騒なことを叫んでいる男の方から、女の人の小さな悲鳴が聞こえた。やはり二人いたみたいだ。でも刺すって……いったいどういう状況?
「やめてください。ケガをしてしまいます」
サントがなだめるような口調で言い聞かせたが、男の荒い息が続いていた。まるで夏の犬みたいだった。
僕は、ほとんど息を止めた状態でその場に固まっていた。どうやら男はまだ、僕の存在に気づいていないらしい。どうにかして助けを呼ぶことはできないだろうかと思い、音を立てずにズボンのポケットを探る。
「…………!」
携帯。そうだ、携帯があった。
でも、画面をつけたら気づかれてしまう。
どうすれば……。僕はぎゅっと目をつぶった。
家の電灯みたいに、操作しなくてもメッセージを送れたら……。
ああ、それかスクリーンの照度をゼロにしておけばよかった。
……いや、それでも暗闇のなかでは目立ってしまう。
くそっ。
おばあちゃんからの電話を待つしかないか。
でも、電話じゃどのみち気づかれる。
……。
閉じた目を勢いよく開いた。視界が暗闇から暗闇へシフトする。
頭のなかで、閃光が走った。
そうだ。
助けを呼ばなくたって、僕の隣にはサントがいるじゃないか。
僕を守ってくれるって言っていたじゃないか。
きっと、男が危ないことをしているせいで動けないのだろう。
じゃあ、僕がその隙を作ってあげれば。
画面を起動しなくてもできることは……ある。
「…………」
僕は左手でゆっくりと携帯を取り出した。そして、右手をそっとサントの手のひらに伸ばし、なめらかなシリコンを指でなぞった。
僕の作戦を、書き込んだ。
「……っ」
その直後、僕は携帯のサイドボタンを強く長押しした。
音もなくLEDライトが点灯する。
「うっ……!」
同時にサントが動き出し、ひるんだ男からカッターみたいなものを奪い取って、自分のズボンからベルトを外し、それで両手を後ろに拘束した。
あまりにも素早い動きに、男は自分にされていることを飲み込むまでポカンとしていた。
「……っおい! どういうことだよ! 外せ!」
本当の犬みたいに髪の毛を乱し、眼鏡の奥の目をつりあがらせた男が再び騒ぎ始めたときには、サントは男のズボンから借りたベルトでそいつの脚を拘束し終えていた。
……作戦成功。サントはやっぱり賢いやつだ。
彼を褒めちぎりたいところだが、その前に僕は、近くの白い棒みたいなのにもたれかかっていた女の人に駆け寄った。
「大丈夫ですか」
ライトに照らされた彼女は、なぜか服がボロボロで、下に着ているものが見えてしまっていた。うわ、と目をそらす。
「はい……大丈夫、です」
女の人は呆然とした表情で僕を見つめていた。誰だお前らは、とでも問いたがっているような顔だ。
「あ、顔が赤くなってる」
気づいて僕が言うと、彼女は「あ」と肌を触ろうとして、ただ腕をくねらせた。不思議に思って背中の方をのぞくと、白い棒を挟むように両手が縛られていた。
「これ、とってもらっていいですか……」
ひかえめに僕を見上げ、両手をこちらに向けてきたので、僕はしゃがんで腕まくりをする。細長い布みたいなのが彼女の手首に巻き付いていた。そこで芋虫みたいに暴れている男の仕業だろう。こんなところに縛りついていったいどうするつもりだったんだ。
「固いな……」
「ごめんなさいね……」
小学生の力ではほどけなかった。かっこつかないなあ。
どうしようもできないのでサントを呼ぼうと顔をあげた。
「サン……、え?」
通路の奥を照らしたら、サントともう一人、誰かがいた。
三人いたのか?
別の女の人、いや、アンドロイドか。黒くて長い髪はぐちゃぐちゃに荒れていて、シンプルな白いワイシャツはカッターかなにかで切り刻まれたのか、原型をとどめていない。首から下の、シリコンで覆われていないメカニックな部分が見えた。これもあの男の仕業だろうか。いったいここで、なにが起こっていたのだろう……。
ひどい恰好のまま直立しているアンドロイドは、サントを見つめていた。サントは、なにも言わずに羽織っていたカーディガンを脱ぎ、それで彼女を包んだ。
まさか。
僕の頭のなかでいろいろなものがつながったような気がした、そのとき。
「佐々木さん! 大丈夫!?」
誰かの声と共に、パチ、と遠くで音がして、天井の蛍光灯が一斉についた。あまりのまぶしさに、僕は頭を下げて目をこする。
「佐々木さん!」
数秒後、細長い箱の影から、一人のおじさんが姿を現した。汗だくの額をてからせ、ヒィヒィ言いながらハトのように僕たちをぎょろぎょろと見た。
「ああ、佐々木さん!」
彼は状況を把握する前に、丸い体を弾丸のように飛ばして真っ先に女の人に近づき、黒いジャケットを脱いで彼女にかぶせた。そして、いとも簡単に拘束を解いた。
「よかった、無事で」
「店長……」
女の人が手首をさすりながら驚いた顔をして言うと、おじさんは名乗りもしないまま、今度は床に這いつくばっていた芋虫男に目を向けた。忙しい人だ。
「桐谷君。どういうことか、説明してくれるかな」
とたんに、男は子犬のような態度になり、さっきまでの表情を一変させて、キャンキャン鳴き出した。
「そ、そこにいる男が、急にやってきて、俺を、俺と佐々木さんを襲ってきたんですっ! 二人とも縛られて、えっと、そ、そいつはうちのアンドロイドを盗もうとしたんですっ!」
「じゃあ、この男の子は?」
「そいつは、えっと、迷子です迷子!」
男の言い分を聞くなり、おじさんは、はぁーと頭を抱えた。
「桐谷君……。まさか君がこんなことをするとは思わなかったよ。見抜けなかった私にも責任があるが……、佐々木さんにこんなひどいことをして、いったいなにを考えているんだ。君は自分がなにをしたのかわかっているのか!」
男がひるんだのがわかった。おじさんは言い放つ。
「もうすぐ警察が来るから、ちゃんと本当のことを説明してくれよ」
返事はなかった。男は顔面を震わせて黙ったが、次の瞬間、突然顔を床に押し付け、今度はわめき出した。なにか叫んでいるが、言葉になっていない。刑事ドラマの終盤によくあるシーンみたいで、僕はなにも言えないままその光景を見下ろしていた。誰も相手にしなかった。
おじさんは、やっと僕を見た。
「君は、もしかしてあのアンドロイドのオーナーかな?」
「え、あ、はい」
答えるなり、おじさんは僕の肩に手を置いた。
「本当に助かったよ。ありがとう。君のアンドロイド……夏見サント君かな? 送信者名がそうなっていたが、とにかく、彼が私の家にある仕事用のPCに、メッセージと動画を送ってくれたんだ。危険人物がいる、女性が危ない、警察には通報したってね。それで、駆けつけることができた。本当に、手遅れになる前でよかった……」
サント、お前そんなことしてたのか。たしかに彼の目にはカメラが埋め込まれていて、撮影もできるけれど、あの状況で自ら判断し、通報する傍ら、録画をして、おじさんのPCのアドレスを検索、メール作成、送信までしていたなんて。しかも僕の幼稚な作戦を聞きながら。確実に、彼は成長している、と感じた。一瞬でも携帯で助けを呼ぼうと考えた自分が恥ずかしい。
でも、録画をしたのはたぶん、男が女の人を人質にしているところからのはず。
僕はサントたちを見てからおじさんに顔を向けた。
「えっと、僕たちが来たときには、あの、女性のアンドロイド、もうボロボロになってました。僕たちがやったんじゃないです。勝手にお店に入ったのは、その、ごめんなさい。でも本当に、盗もうとか、そういうわけじゃなくて……」
「うん、わかってるよ。動画にも映ってたしね。まあだいたい予想はつくけど、あとは警察が調べることだろう。……私の昇格は、これで先送りかなあ」
「昇格?」
いやなんでもないんだ、とおじさんは悲しそうな顔で笑った。怒ったり、安心したり、本当に忙しい人だ。
おじさんがまた女の人のそばに行ったので、僕もサントに近寄ろうとした、そのときだった。
廊下の方から数人のバタバタとした足音がして、「警察です」と鋭い声が部屋に響いた。
それからことはスピーディに進んだ。
僕たちは保護され、とりあえず警察の車で移動し、話をした。両親が飛んでやってきたのを見たときは、さすがに怒られるかなと思ったけれど、お母さんは僕を抱きしめて泣いた。サントが記録した映像を警察に預け、僕とサントは両親の車に乗り込んだ。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「いやいや、私たちはトウ君とサント君に救われたんですよ、なあ佐々木さん」
警察署の前で繰り広げられている大人の会話を、僕はぼんやりと眺めていた。隣に座るサントは、静かに目を閉じていた。
「あの人と、通信してるの?」
「……いえ、アクセスしてみましたが、つながりませんでした」
彼は目を開いて答えた。
「でも、よくあの人の場所がわかったね」
「前に彼女がくれた店内のデータから割り出しました。あの部屋は、アンドロイドの保管をするためのもので、彼女がいる可能性が高いと思ったのです」
へえ、と応答したあと、疑問が浮かんだ。
「え、店内のデータって……。もしかして、サントも僕の家のこととか教えちゃってるの?」
「いいえ、そのようなことはしていません。でも、トウ君やハナヨさんとの会話や、日々の生活から得たデータを、彼女に見せていました。彼女と私との間には強固な信頼関係があったので、そうしたのです。ほかの個体には見せていません」
言い切った彼の横で、僕は考えた。
アンドロイドにも、信頼関係があるのか。ほかの個体とも、サントはつながっているけれど、そのなかで『彼女』と仲良くなったということなのかな。そもそも、アンドロイド同士で自律的に通信をしていたことに僕は驚いている。
「その人とは、いつから通信をするようになったの?」
「およそ二年前からです。接客や家事に従事するアンドロイドを対象に、システムの改善が行われて、それまでのデータ収集法がいまの形に変わり、私は彼女とつながることができました」
いまの形?
聞き返そうとしたとき、両親が車に乗り込んできた。同時に左側の窓がゆっくりと開く。ご挨拶しなさい、とお父さんが言った。
「トウ君、今日は本当にありがとう。サント君もありがとう。そして、巻き込んでしまって申し訳なかった。よかったら、今度うちのスーパーに遊びに来てくれ。いっぱいサービスするから」
「お二人のおかげで、助かりました。ありがとうね」
おじさんと頬に湿布を貼った女の人が顔を近づけて言ってきたので、「はい」と小さくうなずいた。それからまた短い大人の挨拶があり、やっと車が走り出した。
はあ、とお母さんの大きなため息が聞こえた。そのあとに、今度は完全に閉まり切っていない窓の後ろで「店長ぉ、今度あたしと飲みに行きません?」と女の人の声が聞こえたような気がした。空耳かもしれないけれど。
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